第八話 ランテルの空 ―2―

 立ち上る光の粒子の中で、次の敵を探す、ということを当たり前のようにやろうとして、夢希はハッとした。

「鈍感に……なっている?」

 閃きのように浮かび上がってきた考えに、夢希は独り言ちる。

 戦うということに、殺すということに、痛痒を感じなければ、自分の感性は鈍っていると思える。

「……違うでしょう? だって……かつて戦争を経験した兵士は、重いトラウマに苦しんだって……。だったら、ヒトの本性が闘争とか殺戮とか、そんなものじゃないって、信じられる……!」

 そう言い聞かせなければ、どこまでも堕ちてしまえそうだと思えた。

「ユキ……?!」

「……でも、楽しみの中で人を殺すなら、それじゃあ、人殺しを楽しむことと、何が違う……?」

「違う。それは違うわ、夢希!」

 スーラが慰めでそう言っているわけでないことは、解る。それでも考えずにはいられない。

 ほんの五年ほど前にはまだ、夜、寝る前に『死』というものを考えて、震えるような恐さを感じていた少女だった。だが、今は?

(大人になるって、鈍感になってしまえるって、そういうこと……?)

 思いながら、そうじゃないと、夢希は感じる。

 訳も分からない状況に放り込まれて、ただただ必死だった。

 ――だから、戦いに恐怖を覚える暇が無かった?

 目の前で、『死』を突きつけられた。でもそれは、“向こう”とは違って、人が光になって消えるような現象だった。

 ――その、非現実的と感じる光景が、死の実感を、殺人の実感すら、遠ざけた?

 最初は夢のように思っていたこの世界で、自分の身体に生きている感覚が無いではない。それでもやはり、どこか“向こう”とは違う、と感じている。

 ――この世界が、“そういうもの”ならば、私は既に……。

 だが、どんな推測も、夢希に納得を与えるものではなかった。

 同時に、それは今はどうでもいい、とも思う。脳裏に閃いた憶測が正しかったとしても、それを恐いとは思わない。

 本当に恐いと思うのは、この鈍感さが、周りの誰かを、大切な人を、失わせるかも知れないことだった。

 そう、それは恐い、と感じる。

 それを恐いと感じることに、安心もする。

 ――まだ、私は、正常だ。と。

 そんな考え方をすることが異常なのかも知れない、という不安も、心の隅で感じてはいる。

 そこまで考えて、恐怖や不安を振り払うように、頭を振った。

「……なんにしても……今はただ、戦うしか出来ないじゃない……」

 夢希は、自分の中の弱気を無理矢理に納得させるように、呟いた。

 呟いて、夢希の背筋にゾッと怖気が走った。

 誰かの視線を感じたのだ。それは、鋭い敵意や殺意ではなく、気色の悪い悦びと感じさせる、べたつくような視線だと感じる。

「何なの? この気持ち悪さ……!」

 その感覚を放つ方を見れば、まだ遠くからこちらを俯瞰する黄色の戦花を、青薔薇が見せた。

「あいつ……味方がやられてるのを、楽しんでただ見てるっていうの……!?」

 許せない、と感じた時には、青薔薇はそちらへ飛び上がっていた。

「チコ! インティ! 前面は片づけた! 私は戦花を叩きに行く!」

 その言葉を青薔薇は伝えてくれているという確信に、返事は待たない。

「イリア! レイラ! 敵の戦花は近づく前に叩く!」

 それは、マナの消耗を考えてのことではあったが、それだけでなく、向かう先の敵の、ランテルに損害を与えることを躊躇わないような人間性を直感するからでもあった。


「ハッ! そっちから来てくれるとは好都合だ!」

 タラックはあれだけの敵と、制約のある中でせせこましく戦うつもりはなかった。その為に邪魔となるなら、ランテルを潰すつもりもあった。夢希の直感は正しい。

「隊長! 先行しすぎです!」

 タラックの後ろから、部下として付けられた戦花二体が追いついてきた。

「ちょうど良い、敵が来るぞ! 数も同じだ。青いのは俺がやる。お前らは他をやれ!」

「なッ……勝手な……!」

「聞こえてるぜ! だが生き残れば不問にしてやる! 気張れや!」

「……チッ」

 タラックは、部下の不満などどこ吹く風で、青薔薇を誘うように一人その場から離れていった。


「ユキ、怒ってはダメよ?」

「大丈夫だよ、スーラ。腹立たしさはあるけど、私は冷静よ」

「うん、それで良いわ」

「イリア、レイラ、増援の方をお願い!」

「分かったわ!」

「すぐに片づけるさ。……ああ! 姫は張り切りすぎないで下さいよ!」

 レイラの、少し情けないような感じのするイリアへの懇願に、夢希は思わず微笑みを浮かべながら、黄色の戦花へ向かった。


「ヘッ! 考えることは一緒かい! 嬉しいねぇ!」

「何なの! あなた!」

 急に方向転換して斬りかかるダンデライオンと、それを受ける青薔薇がぶつかり合う。ダンデライオンは増援と違ってライフルを携帯してすらいない。それだけを見れば潔いと見えるが、夢希の感性は、相手がそんな手合いではないと感じている。

「仲間がやられているのを、見ているだけなんて!」

「俺は、貴様のような強いヤツとやり合えれば良いのさ! 奴らの事など知るかッ!」

「なんてヤツ! 戦いを趣味のようにして!」

「こんな世界なら、そうもなるだろうがッ!」

 力任せに青薔薇の剣を振り払うダンデライオンに、夢希は自分が感情的になりつつあることに気付き、距離を取る。

「土の国って、ウォー・アディクトの集まりなの?!」

 ダンデライオンが再び距離を詰めて斬りかかる。上段から振り下ろされる右腕に、受けようとした夢希の直感が僅かに違和感を訴えた。夢希はそれを疑わず、受けると見せて退いた。退いたことで生まれた空間をダンデライオンの左腕が斬った。

「チィッ! 勘のいい女が!」

 言い捨てながら、青薔薇を逃がさんと追撃する。夢希は一呼吸置いたことで、それを冷静に対処していく。

「俺とてなぁ、戦いを楽しむことだけが目的じゃないさ!」

「だったら何が!」

「土の国の王様はなぁ! 俺らのいた世界に興味津々なのさ! なら、それに付けば、俺だって戻るチャンスもあるかもって、期待もするだろ!」

「土の国は……地球への道を開く、その為にこんな戦いをしてるっていうの?!」

「少なくとも、今の王様はそうさ!」

「それが本当なら……他にやりようもあるでしょうに!」

「マナに道を開かせるために、この世界の大多数の人間の意識を地球の方へ向けさせようってんなら、三つの国を統一するのが、それを武力でやるのが、手っ取り早いんだろうよ!」

「力で抑えつけて……? 馬鹿にしてるんじゃない!?」

 高速で飛びながら、会話をしながらも、お互いに激しく武器をぶつけ合う。

 だが、直線的――あるいは直情的――なダンデライオンに対し、夢希は会話の中で多少感情的になりながらも冷静さも失わず、手数勝負には付き合わない。そして青薔薇が振るう剣は、徐々にタラックのダンデライオンを押し込んでいく。

「チィッ! 勇敢すぎる女はモテないぜッ!」

「女々しい男が言うなッ!」

「俺を……女々しいだと!?」

「ノスタルジアを戦いの原動力にしてるような男でしょう!」

「だったら、貴様は向こうに未練が無いとでも言うのかッ!?」

「無いとは言わない……だけど、守りたいと思うものができれば、割り切りもする!」

「ハッ! 女々しいのはどっちだ! そんなセンチメンタルじゃ、どこだって生きづらいだろ! ここで終わらせてやるよッ!」

「力を振りかざすだけの男になんて!!」

 タラックは距離を取ってから、渾身の力を込めて突撃する――に見せた。二刀を途中から見せて切り札を切ったと見せつつ、力任せな攻撃ばかりを見せつけて、ここぞという所で動きの“変化”を使う。それがタラック流の駆け引きだった。力押しだけでは難しい相手にも今までそうやって勝ってきたのだ。今回も上手くいくイメージはあった。

 だが、そのイメージが明確すぎた故か、あるいは純粋にその敏感さ故か、夢希の感性は、その行動を直感した。

(ひねくれ者のやることは……!)

 だから夢希は、真っ向直進した。

 ――誰よりも、速く。

 それは、夢希が幼い頃からレースの世界で追い求め続けてきた想い。

 そしてマナは、青薔薇は、その想いに、応えた。

「……は?」

 タラックには、青い戦花が大きくなって、そして消えたと見えた。それが、近づき、通り抜けたと認識できなかったのは、青薔薇の“圧”が大きく膨らんだように感じられたせいもあるだろう。

 慌てて周囲を見回そうとして――それができないと悟った。

(今の一瞬で……斬られたというのか……? ……ハハッ……)

 自分がしてきたことが、自分の身に降りかかる。そんなことがあるなんて想像すらしなかった自分が、滑稽に思えて笑えた。

 そのタラックの皮肉な笑いは、間もなく光の粒にほぐれて、大気に溶けた。

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