第八話 ランテルの空 ―1―

「ウィーズ隊の配置はそろそろ完了する。戦花隊が仕掛けるのに合わせて出て行くが、身を潜めている森からランテルまでは距離があるから、しばらくは戦花に乗る君たちだけが頼りだ。街への損害は抑えて欲しいが、戦花の無事が優先だ。この戦いは端緒でしかないのだから」

 今は眠るように草原に寝そべる、クジラ。その中だった。

 ロサリアの訓示を受けるのは九人。三人一組、三チームの人数だ。

「申し訳ないが、シアナ様と我々紅薔薇隊はここを守るために動けない。近隣の町や村へ一チームずつ出したら、これしか出撃できないのが我々の現状だ。だが、情報では、相手もそれほど多くの戦力を防衛に割いているわけではないはずだ。できれば迅速に片づけたい」

 近隣の町といっても、広大な土地にぽつぽつと点在する程度なのがこの世界の事情だ。だが、それでも相手の勢力圏なら、後方からの襲撃を警戒しないわけにもいかなかった。

「なに、我々には、奇跡を実現する青い薔薇がいる。勝つさ。夢希がリーダだが、散開後はチコとインティがそれぞれのチームの指揮を執る。先程のブリーフィング通りだ。さあ、全員無事でこの作戦を完遂しよう!」

「ハイッ!」

「ああ、夢希はちょっといい?」

 ロサリアの檄を受け、各々が自分の戦花へ駆けてゆく中、夢希だけが呼び止められた。

「済まないな、夢希。この戦いを乗り切るために、希望のシンボルになってもらう」

「……まあ、アイドルやってるロサリアさんに比べれば、気楽ですよ」

「アイドル……間違ってはいないんだろうけど……だがまあ、そう言ってもらえると助かるよ」

「生き残るためですからね。できることはやるべきです」

「そうだね。戦うことが目的じゃないものな……」

「後ろを気にしなくて良いのなら、やってみせますよ」

「ああ、後ろは任せてくれ」

 二人は握った拳どうしを軽く打ち合わせ、別れた。同じバラの戦花乗りだからだろうか、二人ともお互いに、不思議と特別な連帯感のようなものを感じている。もしかしたらそれは、友情、と言い換えても良いのかもしれない。

 それほど多くの言葉を交わしたわけではないのに、ワンシーズンを共に戦い抜いたチームスタッフに対するのと同じような気持ちを抱いていることを夢希は不思議に思う。

「少し、妬けますね」

「ロサリアさんとは、そういうんじゃないよ」

「そうと解っていても、です」

 そう言ってくれるイリアに対する気持ちは全くの別物で、この気持ちは経験の無いものだから、夢希としてはまだ戸惑うこともある。それでも、絶対に失いたくないと解るから、戦えるのだと思えた。


 夢希達は、水の国のウィーズ達が潜む森をフライ・パスして、見晴らしの良い平野に出た。ランテルはまだ遠くに小さい。

 だが、そこで前方に壁のような意思が構築されつつあるのを感じた。

(低空を飛んでいても、気付かれた……?)

「攻撃的な意思を感付かれたかな……?」

「夢希はそんなにトゲトゲしてないわ。相手の目が良いだけよ、きっと」

「スーラが言うなら、そうなんだろうけど、どっちにしても奇襲は失敗か……」

 先手を打てれば優位に立てると考えていたが、こうなれば、相手がまとまって出て来てくれるなら探す手間は省けるし街への被害を減らせる、と、考えを切り替えた。

「みんな! 敵は迎撃態勢を整えつつある。初撃は予定通りに行かなそうだけど、その後やることに変わりない。散開後、着実に敵を減らしていきましょう!」

「了解!」

 チコとインティのチームが左右に離れてゆく。夢希のチームはそのまま正面から進む。

「イリア、レイラ、私は戦闘の専門家じゃないから、細かいことは言えない。臨機応変によろしく」

「はい」

「任せろ」

 そうしていよいよ接敵しようというところで、夢希は遠くに“嫌な感じ”を見つけた。

(急いだ方が良いのかも知れない……)

 その感覚が正しかったことは、遠からず知れた。


「さすがはゴルジェイ、と言いたいところだが、思ったより敵は早いな!」

 タラックは、ゴルジェイの指示で向かった先で見つけた大きな力が青薔薇であると直感し、そう、どこか嬉しそうに独り言ちた。

 ランテルの空に、地面から湧き上がるように、光の粒子が立ち上り、消えてゆく。タラックはそれを見た。

「おいおい、流石にペースが速すぎるんじゃないか?」

 そう言ちるのは、その力を脅威であると直感するからだ。だが同時に、そこにワクワクと高揚感を感じてもいる。それが、この世界で戦いにしか悦びを見いだせなかった男の性だった。

 そうする内に、ランテルの様子が見える位置まで近づく。とはいっても、距離としてはまだ遠い。自身の戦花『ダンデライオン』の目があればこそ、高度を上げてようやっと様子を窺えるというレベルだった。

「どういう戦い方だ……? だが、面白い……」

 タラックが見たのは、地を滑るように走り、ウィーズを刈るように切り裂いてゆく、青い戦花の姿だった。


「ユキ!?」

 レイラが驚くのも無理はない。イリアとて、まだ距離があるにも拘わらず地上へ降りた夢希の行動に驚いていた。

「確かに、相手が防衛するなら、戦場は固定される。マナの消耗は兵器を持たない戦花の方が命取りになる……」

 だから、地上戦になること自体は決められていたことと言っても良い。

 だが、夢希の行動はまだ早すぎるように思えた。しかし、驚いた点は、そこではない。

「……まるで、地を滑るよう……」

 知らなければ、そう見える。だが、夢希にとっては違う。

 青薔薇の足元は、前後に延び、そして底面は高速回転するタイヤ様となって地面を咬み、青薔薇を力強く前進させていた。――それは、夢希にとって何より親しんだ、スラッグの再現だった。

 そのスピードは、戦花のサイズ故か、“本物”を軽く凌駕していた。それだけのパワーを見せてもなお、マナは不必要に失われることはない。それはきっと、夢希にとってその形が“当たり前”だからなのだろう。その姿は溌剌として、美しいとさえ思わせる雰囲気が漂う。

「……ッ! レイラ! ユキを支援します!」

「ハッ!」

 一瞬見とれたイリアたちだったが、すぐに夢希の後を追った。


 夢希にとってそれは、ほとんど無意識の行動だった。

「……ああ、そうか。こうしていれば良かったんだ……」

 だから、実際にこうなってから、そんな感想が湧き上がった。

「マナが応えた形……これがユキにとっては普通の形なのね……」

 夢希にそんなスーラの言葉は聞こえていない。一番多感な時期には離れようとしてみたこともある。それでも半年持たずに戻ったのが、スラッグの世界だった。それほどまでに夢希という人間に馴染んだそれが、今こうして再現されている。その事実に、その快感に、夢希がハイになるのも仕方のないことだった。

 青薔薇は、飛ぶような速さで走る。上空からの攻撃を警戒していた防衛ウィーズ達は慌ててそちらへ銃撃を開始するが、統率のない射撃など掠りもしない。いや、例え統率されていても、当たらなかったかも知れない。

 夢希の感情に呼応した戦花が、夢希に、前面から向けられる敵意を明確に感じさせていたからだ。更には世界をスローモーションに見せてすらいた。

 地球と比べれば数世紀単位で劣る土の国の技術力では、まず精度を求めた結果、連射力は望めない。銃を撃つタイミングが手に取るように解り、放たれた銃弾すら目視できれば、夢希の思うがままに応える戦花がそれを躱しつつ接近するのは容易だった。

 心持ち表面装甲が膨らんでいるように見える青薔薇は、複雑な、だが美しいスラロームを地に描き、瞬く間にウィーズ達が構成するブロックへ切り込み、切り裂いた。

 次々と光の粒子へと還るウィーズたち。青薔薇の背中を狙うウィーズたちも、イリアとレイラに潰された。

 ランテル前面に展開した防衛部隊の壊滅に、さほどの時間は掛からなかった。

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