第七話 衝突を前に ―2―

「本当にこれが、飛ぶっていうの?」

 半信半疑の様子で夢希が傍らのイリアに問う。

「ええ。城艦と呼ぶくらいですから、城であると同時に艦なのです。渡来人には不思議なようですね?」

 それは、夢希が“クジラのよう”だと感じた、水の国の“宮殿”だった。二人はその、格納庫にいた。

「だって、百歩譲ってこの宮殿が戦艦だとして、地球じゃ戦艦って、空を飛ぶものではないもの」

「ですが、あちらには空を飛ぶ兵器はあると聞きましたが?」

「平和条約以降、国連軍以外が戦闘機を飛ばしたことはないはずだけどね。でも、紛争地帯ではドローンっていう小型の飛翔体を、偵察や爆撃に使ってるそうよ」

「あちらでも、平和を求めるのが人間なら、争いを否定できないのも人間、ですか……。人間個々がユニークな想いを抱くなら、全として平和だけを求めるのは絶望的なのでしょうか……」

「私は、競技の世界に生きてきたから……人間の闘争本能って、憎しみなんてない形で発散できるって思う。それに、この世界に元々は争いなんてなかったんなら、またそうできる可能性はゼロではないでしょう? その為にもまずは……」

「進んで争いを起こす土の国を、打倒しなければならない、ということですね……」

「……イリアの気が進まないというのなら、私だけが手を汚せば……」

「いいえ。私も、貴女と同じものを背負う覚悟です。貴女の隣に立ち続けるために」

「そ、そう……」

 ――ポォン、パァン――

 不意に向けられる真っ直ぐな好意に、相変わらず照れて言葉に詰まる夢希だったが、チャイムに救われた。

「城内の総員に告げます。間もなく当宮殿は、城艦『ヴァッサヴァル』としての運用に入ります――」

 すぐ近くから生身で話し掛けられているように聞こえるその声は、スピーカから聞こえるものとは違うと感じる。その放送が終わるや否や、夢希は不意に、ふわり、とした浮遊感を感じて驚いた。

「! ……そうか、魔法なら助走もなく飛ぶよね……」

「夢希?」

「ああごめん、大丈夫、ちょっと予想外の飛び方だったから」

「そういうものなのですね……。いつか、ゆっくり、あちらのことも聞かせていただきたいですが」

「うん、戦いなんて絶対に終わらせて、いつか、必ず……」

 そんな決意を乗せて、“空飛ぶクジラヴァッサヴァル”は、南へ向かって空を泳ぐ。


 ヴァッサヴァルの目的地は、前線に近い中で最も大きな街ランテル、その手前の平原だ。

 城艦はそのサイズの割に、飛行したとして、それほどマナを消耗しない。それは、それがこの世界にとって“当たり前”のことであるからだ。何も無いところに火弾を生む、それは不自然だからこそ、マナの消耗が激しい。そして、戦花が飛ぶことは“不自然”だった。それはまるで、人という形をしたものは重力の呪縛から逃れることは出来ないのだと、暗示しているようだった。

 ともあれ、いかにマナの消耗が小さい城艦とはいえ、戦闘行為を行うとなれば当然、負担は大きい。いざとなれば参戦するが、まずはランテル攻略の後方拠点、そしてその後は前線を押し上げる橋頭堡となるのが今の役割だった。

 国の主たる女王を乗せた宮殿を旗艦として、前線へ向かう――それは、乾坤一擲の作戦に思えるが、後方に憂いを残さぬ事で戦力を前面に集中する為に必要なことだった。水と光、二国が同盟してもなお、それだけの戦力を集中させなければ対抗できないと思えるのが、土の国の戦力だった。

「光の国との同時作戦、上手くいくかな?」

「兄様が張り切りすぎなければ良いのですが……」

「ああ……、結局ローラさんがあっちへ向かったからね……」

「前線指揮官が国を離れようなどと、許されるわけがないのです。ローラ様が賢明で助かりました」

「結局、人員交換はローラさんとイリアたちだけか……」

「電撃的な決着を目指すなら、連携を一から構築するには時間が足りませんから」

「連携か……イリアとは何となく大丈夫だと思えるけど、レイラさんとはぶっつけ本番か……」

 イリアが(その頑なな主張によって)水の国側に来るにあたり、レイラとしては、イリアの側近である自分が付き添うのは絶対に譲れないことだった。

 そのレイラは、今もイリアの後方に控え、夢希の動向を値踏みするように凝視していた。

「良い子なのですよ?」

「……うん、イリアを大切に想ってるのは、分かる」

「私は、二人なら問題ないと思っていますけど」

(レイラさんは割り切りのできる人だろうし、イリアが信頼しているのだから、その心配はしてないけど……。何となく苦手と感じるんだよなぁ……)

 レイラは、イリアの同世代として幼い頃から側に仕え、共に育ち、年々凛々しく美しく育つイリアに対して育んだ感情は、友情や敬愛を越えて、親愛よりも強いものとなってレイラの胸の中にある。イリアの幸せを守りたいと思いながらも、夢希に対して嫉妬のような感情を抱かないというのも無理な話だった。

 夢希としても、そういった感情を何となく無意識に察しているから、苦手にも思うし、同時に、決して嫌いにもなれないのだった。

 ――ポォン、パァン――

「目的地の安全確保のため、先行偵察に出る戦花は、出撃準備を始めて下さい――」

 チャイムに続いて流れたその放送に、夢希は自分の中でスイッチが切り替わったように感じる。

「じゃあ、行こうか。イリア、レイラさん」

「ええ」

「……ユキ。私のことは、レイラ、で良い。特に戦場では」

「……分かった。レイラ」

 夢希もレイラも、相手のイリアへの想いを疑ってはいない。それはある意味では確かな信頼感とも言えた。

 だから、夢希は、まだぎこちなくてもレイラが譲歩してくれたと感じたし、それに応えたいとも思えた。

 そんな二人の心の内を知ってか知らずか、仲を深めたように見える二人のことを、イリアは微笑みながら見つめていた。

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