第七話 衝突を前に ―1―

 ――土の国、王宮内。軍議の間に、土の国の主要な戦花乗りたちが集まっていた。

「お? 珍しい顔だと思ったら、オルガじゃないか。後の二人はどうした?」

 最後に入室したタラックの軽口に、オルガは刺すような視線だけを返した。

「……おお、怖ぇ、怖ぇ……」

 タラックはそう言って、肩を竦めてみせる。

 タラックとて、ブルー・ローズなる水の国の戦花にやられて、三人の内オルガ一人だけが生き残ったというのは聞き及んでいる。こう声を掛けたのも、女というだけで重要な任務を与えられているオルガに対するやっかみでしかない。

(ン? 何モンだ……?)

 この場にいるべき人間が、一人多い。それに気付いたタラックの視界が捉えたのは、鼻から上を黒い仮面で覆った一人の男だった。

(……気にくわねぇな……)

 特殊任務のオルガを除けば、力を持った人間――ゴルジェイが定めたところのキャピタン級――だけが集まるはずのこの場所に、新参者がいる。それだけで気に食わないというのが、タラックという男の自尊心だった。

「皆、着席せよ。間もなく、王が入室なされる」

(同じ渡来人なら誰にも負けない……と言いたいところだが、こいつだけは別だ。こいつのおかげで俺は戦いに生きる実感を得られるってモンだ……)

 長く宰相という立場で、時には王の意向を受けず独断で指令を下すことも許されているこの男は、計り知れないと感じる。

(だが、老人はせいぜい頭を使って王の役に立てば良い……。俺は戦場で結果を出し続けるだけだ……)

 奥の専用口から土の国の王、テランド・ロ・ガイアストンが入室してくる。ゴルジェイと同じくそれなりの老齢であるはずだが、軍服の上からでも、その下に衰えを知らぬ筋肉質な肉体が隠されていることが窺える堂々たる体躯からは、覇気や風格というものが目に見えて発散されているようだった。

 テランドは着席するや否や、本題に入る。

「水の国と光の国が結託したという。所詮は弱者の足掻きではあるが、しかし、これまでにない明確な反抗意図である。ならば! ここに至り、最早我らが恩情をかける理由は無し! 疾くブルゥンディ・ベルの大地を統一し、マナの導きを持って『チキュウ』への道を開く! その為に、諸君の武勲に期待する!」

 王の力ある声、その発言に、場の空気は熱い緊張感とでも表現すべきものに包まれた。

(ようやくか……!)

 この世界に落ちて、もう十年近くを過ごしたタラックとしては、そう思う。

 もし戦いというものがなければ、この世界の退屈さに自決さえ考えていただろう。そういう意味で、テランドに地球のことを吹き込み、戦いを激化させたゴルジェイには二重に感謝もしていた。

「……正式な配置は追って通達する。諸君は王の言葉を良く部下達に伝え、心身共に決戦に備えよ」

 ゴルジェイの言葉の終わりを待って、スッと手を挙げた者がいた。タラックだった。

「それは了解しましたが、ゴルジェイ殿。見慣れぬ者がおりますが、紹介はしていただけないので?」

「ああ……では紹介しよう。この男はフリティア・カムシャー。私が大穴の側で拾った男だ」

「大穴で……? ゴルジェイ殿が、自ら?」

「ああ。強く鋭い意思の力を感じたのでな。面白いと見に行けば、この男を拾った」

 強い力を、危険ではなく面白いと言ってのけるゴルジェイという男を、やはり見くびれないとタラックは感じる。

「……信用はできるので?」

 このタラックの言葉には、黒仮面のフリティア自身が答えた。

「この国に命を救っていただき、宿願果たす機会まで与えていただくからには、全身全霊余さず王に捧げる所存」

「ほぅ? ならばなぜ顔を隠す?」

「この下にあるのは、身に刻まれた屈辱の証ゆえ、王と宰相のほかに晒す気はない」

「それで信用しろと?」

 この時点で、タラック自身、ムキになりつつある自覚はあった。

「我が許した。不服か?」

「……いいえ。浅慮でした」

 だが、王にこう言われれば黙るほかない。

 そのタイミングで、黒仮面が挙手した。

「王よ、このフリティア・カムシャーに発言を許していただきたい」

「……許す」

「有り難く。……これからの戦いにあたり、是非ともこの私を、水の国の、青い薔薇の戦花のいる戦場へ配置していただきたくお願い奏上いたします」

 それには、これまでだんまりだったオルガが反応した。

「待て! あ……いや、王よ、恐れながら、その役目、このアタイに任命していただきたい!」

 どちらも椅子を降り、膝を突いてテランドへ拝礼する。

「フム……どちらも恨みを持つ相手か。ゴルジェイ、ブルー・ローズとは水の国で新しく現れた渡来人だったな? どう見る?」

「若い女と聞き及んでおります故、その知識よりも、これだけの恨みを生むだけの大きな力を持つなら、それを地球への道を開く力へと利用する方が、有益と判断します」

「フゥム……」

「失礼。ならばまずはこのタラックを、そのブルー・ローズとやらに当ててみるというのはどうでしょうね?」

 タラックは、フリティアとオルガ二人からの射るような視線を、涼しい顔で受け流す。

(そんな面白そうな相手なら、こんな奴らにくれてやるものかよ)

「……いいだろう。タラックを先駆けとして、水の国側にはフリティア、オルガ、あとは……ムンタキム。以上を配置する。残る三名は光の国側に我と共に当たってもらう」

「ハッ!」

 王の断固とした物言いに、異論が出るはずもなかった。


「陛下、タラックに任せて良かったので?」

「フリティアとオルガは憎しみが強すぎる。大きいとはいえ個人の力など、地球への道を開く為のマナ量全体から見れば誤差ではあろうが、それでも汚染されるマナは少ない方が良かろう?」

 軍議の間を出て、廊下を歩くテランドとゴルジェイの会話だった。

「タラックにやれるとお思いか?」

「やれんでも良いさ。あれはあれでそれなりの力になる」

「……まあ、そうですな。しかし、やはり自ら出陣されるのですか……」

「お前達が教えてくれた、文明、というものを求めるのも、その為に犠牲を許容するのも、全てはこの国を、この世界を、思えばこそだ。だからこそ、“俺”は王として恥ずかしくない振る舞いをせねばならん。後ろでコソコソしてなどいられるものか」

 二人きりの時は、テランドはゴルジェイに気安い。その口調もやや砕けていた。

「ですが、御身が失われれば、その高潔な誇りも、ただ殺戮の事実の中に失われましょう」

「分かっている。いざとなれば潔く退く。俺の誇りなど、その程度のものだ」

「それは勇気ですよ」

「そう言ってくれるゴルジェイがいるから、俺は戦えるのだ」

「無事で帰ってこられますよう、祈っております」

 ゴルジェイはそう言って立ち止まり頭を下げ、自室へ戻る王を送った。

(……そう、まだ、無事でいてもらわねばな……)

 伏せて隠されたその表情には、不敵な笑みが浮かんでいた。

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