第六話 式典の日 ―1―

『大穴』より北東、『水の国』と『光の国』の国境を挟んで、それぞれの国の砦が有る。それらのちょうど中間、国境部分の平野に、両国の『ウィーズ』が、忙しなく動き回っている。同盟条約の調印式典、その会場設営だった。

 どの国も、戦花を誕生させるに至る人物は、さほど多くはない。だが、ウィーズはそれに比べれば数は多い。だから戦いに出もすれば、こうした工事もする。

「形はどっちも色々だけど、色はそれぞれで似た感じになるのね」

「淡い色合いが私達の国、そちらはもう少し濃い色の方ね。これが土の国だと、もっと深い緑になるわ」

 行き交うウィーズたちを眺めながら、夢希の疑問にイリアが答える。同盟が決まってからこちら、二人はこうして一緒にいることが多い。

「でも、わざわざこんな式典を催すなんて……。これまでの歴史の中では無かったことなんでしょう?」

「こちらにも渡来人はいますから、その方々に知恵を借りて、こちらから提案したことなのです」

「そういえば、水の国は今、私しか渡来人がいないって言ってた……」

「三年ほど前にはいたはずですが……戦死なされたのですね……」

「らしいね。でも、そんなことがもう起こらないように、私達は力を合わせるのだから」

「そう、絶対に嫌ですもの。……貴女を失うなんて……」

「うっ。……そっ、そうね。でも、誰だって、生命はこんなことで失われて良いはずないもの」

 思いがけず好意をストレートに表すイリアに、夢希はいちいち照れてしまう。

(こちらの流儀なのか、イリアの性格なのか。どっちにしても慣れないと……。うーん……慣れるものなの?)

 この、くすぐったいような気恥ずかしさに、まるで慣れる気がしない夢希だった。


 ――その式典会場の作られていく様子を、遠くから観察する三つの人影があった。

「姐御、あいつらは揃って、何をしようっていうんです?」

「分かってなかったのか、ビエンナ。まあ、何かの儀式めいたことをしようってンだろうが、どうせアタイらにとって良くないことだろうさ。なあ、メイフィア?」

「……ええ。光の国と水の国は、手を組もうというのです。それをお互いに確かめる為の儀式、それをする場を作っているのですよ、オルガの姐御」

「手を組むと、どうなるんです?」

「アタイ達みたいに力を合わせるんだから、手強くなるんだよ」

「へぇ、そいつは面白そうだ」

「おい、ビエンナ。そうさせないためにアタイらは動くんだよ」

「……私達の任務は、偵察ですが……」

「分かっているさ、メイフィア。だが、叩いてみせれば、手柄に箔も付くだろう?」

「……姐御がそう言うなら、私は従うだけです……」

「へへっ! そう言うことなら……!」

「おい、バカ、ビエンナ! こんな警戒されてる所で戦花を出したら、すぐに囲まれるだろっ! ……それに、今じゃない。儀式が始まったところで、奇襲を掛けるのさ。その方が相手に打撃を与えるし、アタイらの連携ってヤツを発揮できるってもんだ」

「おお、なるほど。さすが姐御だ!」

「全く単純で羨ましいよ、ビエンナ」

「へへっ」

「……褒めてない……」

 土の国は、水の国とは逆に、男女比が男性に極端に偏っている。だからこそ、女性であるというだけでカムフラージュになるから、彼女たちは密偵としてここにいる。

 この会話を聞く限りでは、密偵としての適性や能力的な面には疑問符も付くが、そもそもが、光の国の王女が簡単に水の国に単身潜入できるような、大らかな世界だ。諜報などというものはさほど重宝されていないと言えた。


 ――そして、式典当日がやってきた。

 会場には賑わいは無く、静かな緊張感に支配されていた。

 数の多いウィーズが、二重三重の監視網を敷き、その所々に戦花が配置されている。夢希はその、南側の警戒に当たっている。イリアは光の国のインポータント・パーソンとして出席するため、ここにはいない。

(土の国に情報が漏れている可能性があると言っていたけど……)

 ただ条約を締結するというだけなら、ここまでの警戒はしない。だが、今回は光と水、両国の女王が自らこの場でその約定を結ぶのだ。それは、少なくとも記録にある中では、歴史上初めてのことだった。

 もし二国の女王が一つ所に集まるという情報まで漏れているなら、女王が直接狙われる危険もあるし、女王がいない王都が襲われる危険もある。故にどちらの国も主立った戦花は本国の防衛に当たっているため、この場はウィーズによる警戒がここまで密なのだった。

(普通に考えれば、女王の身柄の方が重要に思えるけど……)

 夢希が実際にその疑問をイリアにぶつけたところ、女王の戦花二体を同時に相手にするなら、土の国はかなりの戦力を動かす必要があるし、それだけの規模の動きがあれば事前に察知できる、ということだった。

「何を考えているの? ユキ」

「スーラ……えっと、女王の護衛より、本国の防衛の方に戦花を割くっていうのが、少し不思議に思ってた」

「女王様の戦花は強いもの。それはきっと、国や国民のことを想う気持ちの強さなの」

「そういえば、想いの強さが力になるみたいなこと、言ってたっけ。っていうかスーラ、女王様の戦花の強さなんて知ってるの?」

「……? そう言われれば……。何で……知ってるんだろう?」

「え?」

「私はこの子から生まれた、それは違わないはず。でも、この記憶は……?」

 自らの内の矛盾に混乱すると同時に、自分の存在が揺らぐ不安に襲われて、スーラは恐怖した。

「スーラ、落ち着いて。私から見たらこの世界なんて不思議なことだらけだもの。スーラが知らないはずの記憶を持ってても不思議じゃないよ」

 青ざめ、怯えるようなスーラを見て、夢希はそうフォローする。

「そう……そうね。そうよね……」

 スーラはそう自分に言い聞かせるようにして、表面上は落ち着きを取り戻した。

 それからしばらく、二人の間に会話は無かった。


 警戒中の夢希は、不意に、温かいと感じる力と、柔らかいと感じる力を感知した。それはどちらも大きな力だったが、脅威は感じない。

 それらを感じる方を見やれば、そこには夢希が今まで見たものよりも一回りは大きく見える戦花が、それぞれ二機の戦花に先導されるように国境の東と西の空から、式典会場へ向かって近づいていた。

(あれが、女王の戦花……)

 サイズは大きいが、そのフォルムは流麗な印象を与えるもので、だからか、見た目からはさほど威圧感は感じない。

(だけど、あの力が攻撃に向けば、並の戦花じゃ太刀打ちできない……)

 そう感じるだけの、マナの脈動とでもいうものを、その内に感じる。イリアやスーラの言葉が正しいことを感覚的に理解した。

 国境を挟んで着陸した戦花たちは、操者を吐き出した。水の国側は、女王シーミア・ル・アクアマリィ、女王付のシアナ、同じく女王付のローラの三名。光の国側は、女王ラクス・ラ・サンリリウム、第一王女サリカ・ラ・サンリリウム、第二王女イリア・ラ・サンリリウムの三名。水の国は淡い寒色系、光の国は淡い暖色系のドレスに身を包み、その、いかにも高貴な雰囲気に、夢希は思わず溜息を吐いた。

(揃いも揃って……。が違うんだな……)

 ルックスも然ることながら、スタイルからして違う、と、夢希はその理不尽に微かな怒りと悲しみを覚える。いずれも、身に纏うのは、意匠も目立たぬシンプルなスレンダーラインのドレスだが、だからこそ、その身体の凹凸がはっきり判る。ならばそれは、グラマラスラインと呼ぶべきではないのか――などと、夢希は八つ当たり気味に考える。

 夢希のルックスも、第三者から見れば羨む人間は決して少なくはない。だが、正しくスレンダーと言えるそのスタイルに関しては……如何ともしがたい。

(遺憾だ……!)

 突然、そんな思いが浮かんだ夢希だが、何に対してそう思ったのか、自分でも分かっていなかった。

 夢希が内面で無駄に感情を揺らしている内に、女王たちは、国境をまたいで設置された舞台へ到着していた。

 いよいよ調印式典が始まる。

 と、その時、夢希は南方から迫る害意を感知した。

「ユキ!」

「分かってる!」

 スーラの指摘とほぼ同時に、夢希は敵の来る方へ飛び上がっていた。

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