第四話 燃える執念 ―2―
「闘争心が人を強くする! 惰弱な考えでは土の国に呑まれるだけだッ!」
頭の片隅で、感情的になりすぎていることを自覚しながらも、フリックはその自分の行動を間違っているとは思わない。
(青いバラなどというものが、存在して良いはずがないのだ!)
その考えに取り憑かれているフリックは、ただ青薔薇を散らせば全てが上手くいくと信じて疑いない。
「ならばッ! 俺がそれをやる!」
――ダァン!
「グゥッ?!」
一直線に青薔薇に挑みかかるパープル・リリィは、だが直前で横槍を受けた。
「この殺意をまき散らす男は抑えて見せます! ユキ、プリム、手筈通りに!」
「分かった!」
「了解です!」
夢希たちはローラに後を任せ、白百合の方へ向かう。
「青ばかり見て……朱に足蹴にされただと!?」
「屈辱に思うなら、付き合ってもらう!」
「おのれェッ!!」
フリックは怒りの感情にまかせてローラの戦花に斬りかかった。
姫を守るように立ちはだかったライラックに、先行したサクラソウが仕掛け、引き剥がそうとする。それに対して、ライラックはあくまでもホワイト・リリィを護るべく立ち回る。
「レイラ! 私は大丈夫です!」
「しかし!」
「フリックの暴走が無ければ、私とて無駄に戦うつもりはなかったのですから、収めて見せます! レイラも血気に逸らぬように!」
「……分かりました。無茶はなさいませんように!」
「勿論です」
そうして、ライラックとサクラソウは互いに視線で牽制し合いながら、共にこの場を離れていった。レイラもプリムも、お互いに本気でやり合うつもりが無いことはうっすらと感じているが、残る二人のために、その場で無駄なマナの消耗を避けるためだ。
そうして残った白百合は、様子見に徹していた青薔薇へ正対した。
青薔薇と相対した白百合は、問う。
「……どうして貴女は……。……どうして私の前に現れたの?!」
「理由が必要なら! 貴女と出逢うために!」
「ッ!! ……私と……? どうして……!」
「手を取り合うためよ!」
「そんなことが……」
「できる! 私達なら!」
「!! ……それがそう簡単にできるならッ……!」
「元々が土の国が始めたことなら、水と光の因縁なんて、呑み込める!」
立場など考えず、自分にもう少しだけでも柔軟さを許せば、夢希の言葉は本当なのだろうと、イリアは思う。
(だけど、それを簡単に言えてしまうのって……)
「……それは貴女が、渡来人だから言えることでしょう!」
「……お客様ってこと!? 違うでしょッ!」
「何が……」
「私は! 成り行きとはいえ、自分の意思で、戦うと決めた! 決めて、ここにいるの! ……だけどそれは、貴女とこんな馬鹿げた事をするためじゃない!」
そう、イリアもまた、どこかでこの争いを、この世界での戦争というもの自体を、馬鹿馬鹿しいと思っている。だから、夢希の言葉はただ、自分が言葉にできなかったことを、ただ曝いているだけに過ぎないのだと実感した。
初めて視線が交差したあの瞬間、言葉でなく理屈でなく、ただ心で解り合えたような知覚があった。だからこそ、こんなにも彼女の言葉が簡単に受け容れてしまえるのか、それとも、彼女の言葉を受け容れてしまえる自分だから、あの瞬間があったのか、イリアには分からない。
分からないが、二人が出逢うべくして出逢った、という夢希の言葉は、ただ真実ではないかと直感した。例えそれが、願望でしかなかったとしても。
ならば、これもまた、受け容れるべき事を受け容れるだけのことではないか、と思った。
「耳を貸すなッ! 姫ッ!」
「……! フリック!?」
フリックのパープル・リリィが二人に割り込むように、夢希に斬りかかる。
「済まない、ユキ! そいつは異常だ!」
躱しながらその声の主をちらりと見れば、傷だらけのオーストリアン・カッパーが見える。
「後は引き受けます!」
告げながら、夢希は、その全身にどす黒い殺意を纏うように見えるパープル・リリィが、息も吐かせず襲いかかってくるのを迎撃する。
「俺の姫を誑かすなァッ!」
「その言い様……気持ち悪い男!」
「俺の忠義を気持ち悪いと言うかッ!?」
「女を所有物のように言う、どこが忠義だッ!」
「貴様なぞに分かるものか!」
「そんな自己中心的な価値観なんて……分かりたくもない!」
罵り合いながら、二つの戦花は激しくぶつかり合う。それ故に空域のマナの消耗も激しく、それを無意識に嫌って、戦いの場はいつしか『大穴』の淵へと移っていた。
「落ち着いてよ! ユキ!」
「分かってる!」
「分かってない!」
夢希は、スーラの言葉を聞き流しながら、パープル・リリィを迎え撃つ。
「おおおォォッ!!」
――ガァン! ガァン!
気迫と共に打ち下ろすパープル・リリィの剣は、受けた青薔薇がその場に留まることを許さないほどに、力強い。
「ッ! あの男の……パワーが増している!?」
「ユキ、すごく嫌な……でも、強い気持ちが、あの紫の戦花を強くしてる……!」
「ほんとに……迷惑な!」
パープル・リリィの振り下ろす剣の勢いをどうにか受け流し、耐えながら、夢希は反撃の機会を窺うしかなかった。それほどにフリックの攻撃は苛烈だった。
「お前は姫を狂わせる者だッ!」
「狂った男が言うなッ!!」
――ドゴッ!!
「ッチィッ! だがこの程度!」
夢希は意表を突いて相手の胴に蹴りを入れるも、付け入るに充分な隙を作るには至らず、ましてや決定打になるはずも無い。
(我慢比べは得意だけど……)
ただお互いの集中力だけが問題になるのなら、夢希は負けるつもりは無い。そうしてレースで実績を残してきた自負もある。だが、目の前の相手が纏うどす黒いオーラのようなものが徐々に大きくなり、それに連れて、敵のパワーが更に増しているように感じるのが気になる。
「あの人の……強い想いに、マナが力を与えて続けているのよ……」
「マナって、あんな悪意でも増幅するっていうの!?」
「マナそのものに善悪があるわけじゃないもの」
(スーラの言うとおりなら、時間を掛けるほど不利になる……!)
そう思いつつも、打開策は思い付かず、ただ耐える時間は続いた。
その状況を打破したのは、夢希にとって、いや、フリックにとってこそ、思いがけない出来事と言えた。
二人の戦いから距離を置きながら、イリアはその戦いの傍観者だった。
だが、切り結びながら夢希を責めるフリックの姿に、言いようのない醜さを感じ、イリアは、自らの内に、耐え難い生理的な嫌悪感が湧き上がってくるのを感じた。
「……何だっていうの……こんな……。こんなの、もう……やめなさいッ!」
その、衝動的なイリアの激情はマナと結びつき、それは小さくも灼熱の炎となり、白百合の手元からパープル・リリィへ向かって高速で迫った。
――ゴウッ!
フリックの注意の外から飛んできた炎は、音を立ててパープル・リリィの肩口を直撃した。
「なんッ! …………あァン? ……ひめ? ……姫が……これを、やった……?」
それが飛んできた方を見て、そこに居たのが白百合だけという現実を認識して、フリックの思惟は激しく混濁した。
パープル・リリィにぶつかった炎は、纏わり付くように全身へ延焼し、その身を包んでいた黒いオーラを飲み込むように、蝕んでゆく。
「……姫が……俺に……? ……俺が……?」
「ハッ!? ……フリック……?」
「駄目ッ!」
自分が無意識にしてしまったことに気付いたイリアの白百合は、燃える戦花へ向かおうとするが、青薔薇に抱き止められた。
そして燃え上がる戦花は、そのコントロールを失い、『大穴』へと吸い込まれるように落ちて、その闇の中を僅かに照らし、間もなく消えた。
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