第四話 燃える執念 ―1―

「そもそもが、どうして光の国とも戦っているんです? 戦争を仕掛けてきたのは、土の国でしょう?」

 それは、先の戦いの後、夢希が感じた率直な疑問だった。

 それを、この、女王への報告の席でぶつけてみようと思ったのだった。

「……水の国と光の国の戦いは、それぞれの国で土の国との前線を経験して闘争に取り憑かれた人間が、退屈を嫌って起こした衝突が始まりと、考えられてはいます。……ですが、最初の頃は、純粋に力を競い合う、あなた方の言うスポーツ、のような一面もあったようです。でもそれも、犠牲者が出てしまえば、人が憎しみに染まるのにそれほど難しくはない、ということなのでしょう」

「そうして互いに憎しみばかりを積み重ねてきた、と?」

「土の国との確執に比べるならば、そうまでには根深いとは思いませんが……?」

「……ならば、同盟を結ぶことは出来ないのか、というのが私の意見です」

「……同盟……」

「手を結ぶ……協力するんです。力を合わせて一緒に、土の国だけを敵とするんですよ」

「……なるほど、現状を打破するためには、有効な案だとは思いますが……」

「なら、試す価値はあるのでは? 光の国だって、土の国の侵略の方が迷惑でしょうから、折衝……いえ、交渉の余地はあるでしょう?」

「……そうですね……ええ、回りくどいのはやめましょう。わたくしの率直な本音としては、それに吝かではない、と言えます。ですが、それを目指すとして、どうやって最初の渡りをつけるか、まずはそこです。争いあいになってからこちら、交流と言うほどのものは、まるでないのですから」

「……私の感覚的なことで言えば、光の国の第二王女なら、少なくとも聞く耳は持ってくれる、と思います」

「この前、城下に潜入していたという方ですね? 貴女と接触したと聞いていますが」

「なんて言うか……あの人がこの国の街並みを見下ろす姿に、敵意のようなものはまるで感じられませんでした。戦いのための準備としてあそこにいたわけではないという気がします。……と言っても、何の確証も無い、直感的な印象でしかないのですが……」

「それが渡来人の直感というなら……信じる価値はあるでしょう」

「……自分で言っておいて何ですが……本当に?」

「言われてみれば、なぜ今までそういった発想がなかったのか、と思うような考えを、力ある戦花を産んだ貴女が啓蒙してくれた、ということには、意味があるように思う、ということです」


 西北西へ低空を飛び続けると、やがて前方左手側に『大穴』の淵が見えてきた。

「こんな……」

 それは内側にただ深い闇を抱え、視界の奥どこまでも続いて限りないように見えた。

「何があればこんなことに……」

 夢希は、地球的な尺度で考えても仕方ないとは思いつつも、巨大隕石とか、古代文明の超兵器とか、そんな空想をしてしまう。

「ユキ、大穴にはあまり近づきすぎないように。マナの濃度が濃いので不測の事態が起こらないとも限りません」

 そう警告する、朱と黄の戦花『オーストリアン・カッパー』は、女王付きのローラのものだ。名目としては、彼女が女王の名代で、夢希とプリムがその護衛となる。

「不測……? どういったことが起こるんです?」

「濃いマナは、人の精神に干渉することがある、とか、魔法現象の暴走を引き起こす、とか、そういった言い伝えが、この大地の全土にあります。だからか、この大穴の付近で衝突が起こることは稀なのです」

「稀だから、それが事実だと確信を持って言えない、ということ?」

「事実だとすれば、そういった目に遭ったものが生還していない、ということかも知れません」

「用心に越したことは無い、ということ……」

 そういった危険を承知でこのルートを選ぶということは、人が寄りつかない分、発見されにくい、ということでもあるのだろう。

(この世界に外交ルートというものが無いのなら、直接コンタクトを取るしかないものね……)

 イリアが単身で水の国に現れたように、この世界の監視網はそれほど密ではない。それでもこうして隠密的に行動するのは、二国間の和平を目指すなら、無駄な戦闘を良しとするべきではない、と考えるからだ。

 とはいえ、いずれは接触は避けられないのだから、そこで戦闘になってしまえば無意味な行動のようにも思える。それでも、夢希は、イリアとなら戦わずに済むだろう、という思いがあった。

 そして、夢希には不思議と、イリアとの再会に不安はなかった。必ず出逢えるという確信、とまで言ってもいい。

 それは夢希の中では、水の国での出逢いを、光の国で繰り返す、そんなイメージの再会だったが、しかし、そのイメージが現実となることは無かった。

「……! あれは!」

 あるいは、夢希のその強い確信が、白百合を招き寄せたのかも知れなかった。

「こんなに早く遭遇するなんて……!?」

「ローラ様っ!」

「白と、濃淡の紫……姫と、護衛ですか。……ユキ、いざとなれば、貴女がホワイト・リリィに接触して下さい。相手が仕掛けてくるなら、私がパープル・リリィを押さえます。プリムはライラックを」

「了解です!」

「やるしかないものね……!」

 夢希たちはゆっくりと上昇して、前方からやって来た白百合たちと相対した。


「ユキ……!?」

 予感があった。だが、確信があったわけではない。だからイリアは思わず驚きの声を漏らしたが、それは、これを予感していた自分に対する驚きだったかも知れない。

「なぜここにいる! 不愉快なヤツが!」

 フリックがまた、冷静さを失っている。それをどこか不思議と不快に思うイリアの心が、彼女を冷静にさせていた。

「落ち着きなさい、フリック。相手からは敵意を感じません」

「ッ! ……御意に」

 感覚的な印象もそうだが、相手は両手を上に上げるジェスチャで、明確に戦意の無いことを示しているようだった。

「光の国の第二王女であらせられるなら、聞いていただきたい! 私はローラ! 水の国女王陛下側近にして次期女王候補の一人であります! こちらに戦う意思はなく、この度は、私が女王陛下の名代として、あなた方に会談の場を設けていただきたく、接触を試みた!」

 両後ろに薄紫の戦花と青の戦花を従えた、黄混じりの朱の戦花から、はっきりと良く通るその声は聞こえた。

「話し合い……その場を求めるというの?」

「そうです! 今、この大地に覇を唱えんとする土の国の横暴を挫くならば、我々が争う事は、彼の国にとって利にこそなれ害になることは決して無い! ならば我々が今、目指すべきは、共に――」

「戯れ言をォッ!」

「! フリック!?」

 ローラの言葉を最後まで聞かず、激昂したフリックが全身から敵意を迸らせて飛び出した。

(どうして貴方はそうまでにユキを敵視するの……!?)

 自分に原因があるとは想像できないイリアは、そのフリックの態度を苦々しく思う。思って、自分が既に相手を、特に青薔薇の彼女を味方のように感じていたことを自覚した。

(あの、ユキが現れた日から、私は変だ……)

 国境周辺の視察の際に起こった遭遇戦、そこに現れた青い薔薇を見てから、心がざわつくような感じがある。だから単身水の国へ向かわずにはいられなかったし、そこで、ユキに出逢った。

 あの瞬間に自分の身に起こったことを、正しく認識している自信はない。だけど、あの瞬間、お互いに何かを理解し合ったと確信できる。魂が惹かれ合った、と言っても良いかもしれない。

 だからだろうか、こうして戦花で対峙して、彼女と戦う、ということを考えると、どうしようもなく哀しいような気持ちになる。

 だが、フリックによって戦端は開かれてしまった。

 ならば戦わなければならない、そう自分に言い聞かせることで、心の中の哀しみを無理矢理に押し込めて、イリアは臨戦態勢を取った。

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