第三話 戦場で ―2―
「青い……バラ! あれが水の国の、新しい渡来人のヤツ……」
ヘデラックは、上空のブルー・ローズが呆けていると見て、先手を打ちに出た。
「この十年を前線で生き抜いたのは、伊達ではないのだぞ!」
それは、ヘデラックの矜持であり、責任感でもある。若者を危険から遠ざけるのが大人の仕事だと考える男だった。故に、自らがあれを引き受ける、その決断は迅速だった。
「それに……向こうも若者なら、戦争ってもんを教えてやらにゃならん!」
そう独り言つつ、愛機『アイヴィ』のライトグリーンを、できる限りの速度で青薔薇の背中に向けた。
だが、その意思の強さが、夢希にその存在を教えたのかも知れない。
――ギィン!
背後からの一撃は、振り向きざまに、容易く受け止められた。
「あなたも無駄に生命を散らそうっていう人!?」
「……ぐぅッ!?」
青薔薇がそのまま振り抜いた右腕に、アイヴィは簡単に吹き飛ばされるように下がった。
「……思っていた以上のパワーだ。それに……何だ? あの、熱を持つような意思は……。……ならばッ!」
ヘデラックはそう感じる自分を不思議に思いながらも、それに感化されるように昂揚する気分を自覚して、嬉々と目の前の相手に挑みかかっていった。
「舐めないでって言ってる!」
「チッ! 小娘と聞いていたが、やるッ! 大きな力を持ったなら、若者らしく、増長していればいいものを……!」
「油断や慢心に足を掬われる悔しさなんて、ティーンの前に懲りたッ!」
「若い小娘が……戦いに慣れていると言う!?」
だが、そのセンスは本物だと、ヘデラックも認めないわけにはいかなかった。
戦花というものは、ブースタやバーニアといったものではなく、マナによる魔法的な現象で飛んでいる。それは、翼に頼る鳥よりも自由と言っていい。
ヘデラックが、兵器が現れてからの戦争を生き抜いて来られたのは、力が無いなりに頭を使って、その自由さを上手く使ってきたからだった。
それを、おそらくは感覚的に、この青薔薇のパイロットは恐るべき早さで学習している。
正面からの力押し一辺倒だった攻撃は、既に見られない。空間を立体的に、上手く活用し始めている。
守りにしても、相手の攻撃を受けて、敢えて大きく距離を取り、マナの消耗していない空域を確保に動くのはもちろん、相手の振る剣の勢いを利用して相手の背後を取りに行くような動きも、この娘はもう使いこなしつつある。
ヘデラックのアイヴィは、戦花としてそう優れているわけではない。だが、よりパワーのある戦花に乗りながら、自分よりも早く生命を散らした若者達がいた。
目の前の娘がそうではないということに、ヘデラックは、自分の心が安堵していることに気付いた。
(バカな……! 敵だぞ!?)
そう考えても、心はもう、この相手を憎むべき敵とは感じていない。親心のようなものが生まれていることに自覚がある。それは、愛妻が身籠もっていることと無関係ではないのだろうとも思う。
「……だからといって、やられてやるわけにも、いかんのでな!」
持てる全てで相手をする――その決意は、自分が生き残るためか、目の前の娘を更に育てるためか、当の本人にも判らなかった。
だが、技術や経験によるアドバンテージが失われていけば、基本パフォーマンスで上回る側が優位に立つのは道理だった。
夢希がパイロットスーツ代わりに着用するレーシングスーツは、スラッグのバッテリと接続しなくとも、生体発電のおかげでパワーアシスト機能を発揮している。急な動きで身体に掛かる負荷も軽減されるから、体力的にも、時間と共に夢希が有利になった。
距離を取ろうとするアイヴィに簡単に肉薄して、青薔薇は休む間もなく攻め立てる。
「若い女性に纏わり付かれるのは光栄だが、俺には愛する妻がいるんでな!」
「殺し合いの中で……軽口を叩くなッ!」
ヘデラックは、内心の焦りを押し殺して軽口を叩き、相手のメンタルを揺さぶろうとする。
その試みは成功しているが、元より頭に血が上っている夢希には、さほど効果的とは言えなかった。
それでも、与えたのが小さな影響でも、全くの無駄ということでもない。
その小さな影響は夢希の戦花に力みを与え、ヘデラックには付け入る隙ができたと見えた。
「凍れッ!」
瞬間、アイヴィの、前に向けた左手から発した魔法的な冷気は、だが、青薔薇を捉えることはなかった。
「……これを躱すかッ!?」
夢希は無意識でマナの変異に危機感を感じて、本能のまま躱したのだった。
そしてそれは、今度はヘデラックが隙を見せたということだった。
その隙を直感的に感じ取って、夢希は考える間もなく反射的に剣を振るった。
――パアァッ……!
(ダメェッ!!)
その、脳裏を掠めた、光がひときわ煌めいて散るイメージに、そして、頭の中に直接響いたスーラの声に、夢希の中に、下がろうとする強い意志が生まれた。
その意志は青薔薇の前進を強力に抑え、結果、青薔薇の剣はアイヴィの胸元に横一文字の浅い傷を残すに止めた。
夢希は、自分は冷静ではなかった、と、冷や水を浴びせられたように感じて、青薔薇を後退させた。
(場に呑まれていた……? ……今のが私の本性だとは思いたくないけど……)
「良かった……ユキ……」
「……ごめん、スーラ。カッとなってた……」
「マナは人の想いをカタチにする。だから、終わらせることが救いだとしても、それを怒りや憎しみで行ってはいけないわ!」
「……ええ、そうね……。それじゃ、良くない結果を招くって、何となく、解る」
「なら、もう二度と忘れないで!」
「…………努力する」
「もう!」
そうして落ち着けば、いつか紫の戦花が自分に向けたような鋭い敵意を、目の前の敵が見せていないと、今更ながらに気付く。
そうすると、こちらの攻撃を上手くいなし、受け流し、意表を突いた動きで死角から打撃を繰り出していたその相手の動きが途端に、自分に手本を示していたようだと感じた。
(教授されていた……?)
自分が、戦いの中で、敵の動きに対応していっている自覚はあった。だが、それが相手に誘導されていたのかも知れないと思うと、恥ずかしい気持ちになった。
「……年の功だとでも言うつもり?!」
その夢希の強がりと、青薔薇から何となく感じる雰囲気の変化に、ヘデラックは、潮時か、と感じる。
すると、その思いを理解したかのようなタイミングで、戦場に柔らかい風が吹いた。少なくとも夢希には、そう感じられた。
(! この優しさは……彼女のものだ……)
夢希がそう感じて風の吹いてきた方を見れば、広がった戦闘空域の西側から、白の戦花が姿を見せた。
「退く!」
そう宣言したアイヴィが後退しながら、上空へ不思議な色に光る花火のようなものを打ち上げると、他の光の国の戦花達も迅速に後退を始めた。
「ユキ! 追わなくていい!」
背後から伝わるフローラの声に、夢希は、無意識に白百合の方へ向かおうとしていた自分に気付き、踏みとどまった。
「あの緑のは厄介だから、引き受けてくれて助かった。お疲れさま」
そんなフローラの労いに応えてから再び西の空を見れば、そのスカイブルーの中に、求める純白は、もう見えなかった。
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