第三話 戦場で ―1―
「ディアのカーネーションの周り! 横っちょをウロウロしてたら邪魔でしょ! 空を飛んでるの! 地を這うウィーズじゃ無いのよ! 空間の広がりを意識しなさい!」
赤薔薇からの檄に、桃色の戦花は並飛行する戦花達に慌てて指示を出し、進行方向に対して斜めに面を向ける三角のポジションを取る。水の国の戦花達の、フォーメーションの訓練の一場面だ。
戦花と言ってもピンからキリで、単独で戦闘力の劣る戦花は、三人から五人程度のチームを組んで事に当たる、というのが、土の国の戦い方を研究した結果の取組だった。
指示を出すロサリアの横では、青薔薇の夢希がその様子を俯瞰している。
「こんなのが……軍隊だっていうの?」
「……ええ。そう思うのも、尤もだと思いますけどね? 青薔薇の君」
夢希の率直な感想に、ロサリアがそう応える。
「……さっき、赤薔薇の君って呼んだの、根に持ってます?」
「ま……多少は。……とはいえ、これをまとめようというのなら、私でも道化だってやらなくちゃいけないってことくらい、解ってはいるつもりですけれど」
「……同情します」
「それなら、役割を代わっていただける方が嬉しいのですけれど?」
「いえ、流石にそれは……」
「解っています。ただの愚痴ですよ……。まあ、半数以上が実戦経験の無い部隊なら、良くやっている方でしょう」
「そういうレベル……なんですか」
「土の国の精鋭と比べれば、ごっこ遊びと言われても仕方ありませんが……長く争いなど無い平穏に暮らしてきたこの世界の歴史を見れば、戦争なんてするようになったのは最近です。そうそう慣れませんよ」
「逆に言えば、土の国は慣れている、と?」
「慣らしたんでしょう、軍事顧問とやらを兼任する渡来の宰相様が、ね。私から見れば、それをできる男なんて、余程の傑物か狂人ですよ」
「男?」
「ええ、ゴルジェイというそうです。争いの中に兵器を持ち込んで、悲惨にした男です」
「それを……倒せば、この争いは終わるのでしょうか?」
「そうであればいい、とは思います。難しいでしょうが」
確かに、兵器が開発される以前から、闘争の熱狂を知り、平穏に飽いた人々は、争いの刺激を求めたという歴史を考えれば、首魁を倒せばそれで終わり、というものでもないのだろう、とは、夢希も思う。
「南方の山岳地帯は既に土の国に掌握されて久しく、じわじわと北上してきているという話ですから、結果がどうなるにせよ、これからが歴史の転換点になるかも知れません。……そんな時期に現れた貴女に、特別な期待をしてしまうのは、私だけではありませんよ?」
「やめて下さいよ。私は自分が生き残るために、できることを必死にやるだけです」
「その結果、私達の救世主になったとしたら?」
「……結果が出てから考えますよ」
訓練はマナの減少を戦花の肌で感じる度に空域を移して続き、日が傾きはじめる頃には、多少は連携と呼べるものが見られ始めていた。
翌日のことだった。
――ファンファンファン!
「……何事? まさかまた紫の……?」
宮殿の庭で、戦花の地上戦の訓練に参加していた夢希は、突然聞こえた音に振り返った。
そう間を置かず、格納庫に続く扉から、赤薔薇が現れる。
「みんな、集まって!」
ロサリアの号令に、夢希はその脇へ、部下達はその正面に整列する。新参がリーダの脇に並び立つ、それが、夢希が知らぬ間に決められ、不本意ながらも受け容れたポジションだった。
「北のノラークに光の国が侵攻、押し返しつつあるようですが、万が一に備え少数を救援に向かわせます」
先ほど北の空から飛んできて、慌てて宮殿に駆け込んでいったのは、その伝令だったのか、と、夢希は納得する。
「フローラのチーム。そこに、ユキにも付いてもらいます」
「はい!」
「……私、ですか?」
フローラ達の返事に対して、夢希の返事はやや歯切れが悪い。
「先日現れた紫と白の戦花は、北に飛び去りました。あのレベルが現れると対処できる人間は限られるのです」
「……なるほど。そう言うことなら」
ロサリアによれば、夢希が現れた時に戦っていた白百合の戦花は、光の国の、第二王女のものだという。ならば、イリアがその王女なのだろう。
夢希からすれば、お姫様が先陣切って戦うというイメージはあまりないのだが、この世界に現れた時もその戦場に白百合は居たのだから、出てこないと決めつける道理はない。
それに、白百合に纏わり付く紫の戦花には、何となくだが因縁めいたものを感じずにはいられない。
「いつかは決着をつけなくちゃいけないのなら……」
昨日の訓練の時に見た兵士達と比べても、まだ戦士ですらない自分は、戦いというものを――もっと言えば、殺し合いというものを――知らなければならない。
そんな決意を持って、夢希は北の空へ飛んだ。
いくつかの小さな集落をパスして北上すると、大きめの建築物が遠くに見えてきた。それがノラークの砦だという。ここまで、夢希の体感で三十分は経っていない。以前に見た『世界地図』と、出発前に確認したこの国の地図を信用するなら、ここまでは五百キロメートルを越える距離があったはずだ。
(だとすると……もしかしたら戦花って、音速を超えて飛んでいるかも知れない。しかもフルパワーじゃないのに……)
夢希の時代には旅客機も音速を超えるスピードで飛んでいるから、そのスピードに経験が無いではない。だが、個人で音速を超えると考えるとワクワクしてしまう。これは、スピードを競うレースの世界で生きてきた夢希にとって、職業病のようなものだった。
砦に接近すると、砦の手前には、ここまでで見たのと比べれば大規模と言える町並みが見える。
そのままパスして北西へ飛ぶと、そう時が経たぬうちに、前方の空にいくつかの火線が見え始めた。
その“戦場”に、夢希は、最初の空で自分に向けられた敵意、あるいは、悪意や害意や殺意、不安や恐怖や絶望、そういった外向き内向きのあらゆるネガティヴな“感触”とでもいうべきものが、蠢くように絡み合い広がって、場を支配していると見えた。
(戦場っていうのがみんな、あんな狂気的な混沌に支配されているのなら、戦争っていうものが人間をおかしくしてしまうのって、当然だって解る……)
その理解の先には、自分もあれに取り込まれてしまうのではないか、という恐怖と、こんなものはどうしたって有っちゃいけない、という、決意にも似た闘志があった。
そして夢希は、その闘志で恐怖をねじ伏せて、戦場へと向かっていった。
戦っている戦花の数は、そう多くない。夢希は、遠方もはっきりと見せる戦花の中に映るそれらの戦花を一通り認めると、自然、溜息が漏れた。そして、その事実に気付き、苦笑いが浮かぶ。
「無意識に、彼女を探していた……?」
戦闘空域はじわじわと光の国との国境方面に移動しているが、間もなく夢希達はその中に飛び込んでいく。
その戦いの中で、それがどちらの国の戦花であるのかは、こうまで近づけば、その身に纏う意思の形とでも言うものが、戦花を通じて感触のあるもののように明確に感じられて、判別できた。
光の国の戦花は、突き破らんとする攻撃的なものを、水の国の戦花は、それを跳ね返そうとするものを、それぞれ感じさせる。それはどこか、男と女の関係を、夢希に連想させた。
フローラ隊は、戦闘の密度の高い場所へ一直線に向かっていった。打ち合わせ通り離れた夢希は、まず高度を取って、戦場を俯瞰する。
と、前方で、ゴウッ! と音がして、そちらを見れば、そこには激しく燃え上がる戦花があった。攻撃的な魔法現象は、マナの消耗も大きく乱発はできないが、直撃となればこうも効果的だった。
夢希は、まるでその熱波がこちらを襲ってくるような感覚に囚われ、なのに背筋はひどく寒く感じた。
炎の中で、その焼けて崩れ落ちた戦花の欠片達が、次々と光の粒子になって舞い上がり、大気に溶けるように消えていく。
次の瞬間、夢希は一際大きな光が散るイメージを視て、そのパイロットが死んだことを理解した。
「今のは……生命の……輝き……」
それが力なのだ、と、ただ感じた。
そして、それが簡単に失われてしまったことに、自分でも訳が分からないような、強い憤りを感じた。それは、心の奥の『炉』に静かな炎が灯るイメージを夢希の脳裏に閃かせた。
その、上空で動きを止めた夢希に向かって、接近する戦花があった。
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