第一話 芽吹き ―2―

 上空で瞬く光に最初に気付いたのは、夢希が“ヒトガタ”と認識した『戦花』の一つ、『パープル・リリィ』を駆る男、白百合姫の騎士であるフリック・マルガスだった。

(……? 何だ? あれは戦花の蕾か!? まさか増援……いや、渡来人か!)

 “姫”が突然、『水の国ル・ブルゥン』との国境を偵察すると言い出したのは昨日のことだった。

 姫の我が儘は珍しい。だからといって、どんな危険があるかも分からない行動を許すわけにはいかない。しかし姫も折れない。結局、近衛を二人連れることを条件に我が儘は認められた。

(それがよもや、このような!)

「どうした、フリック?」

 目の前の『水の国』の戦花達を牽制しながら、もう一人の騎士、レイラ・ユピテーが聞く。

「上だ! 渡来人かもしれん!」

「なにッ!? ……姫!」

 レイラの駆る『ライラック』が、姫の駆る『ホワイト・リリィ』を庇うように後退する。

『渡来人』は、異世界からこちらへ紛れ込む人間だ。そしてその異世界人は、この世界の者よりも力や知識で優れた能力を見せることが多い。歴史上、その数は多くはないが、その内ごく一部の人間がこの世界に与えた影響は甚大だった。そのせいで今、こうして危険があると言っても良い。味方とできれば頼もしいが、相手はこちらのことを何も知らない。敵となれば極めて危険だ。ならば姫の安全を優先するレイラの行動は側近としては正しい。

 その様子を見て、対峙していた『水の国』の戦花達も上空で新たに花開こうとしている“それ”を認識した。

「上から現れた……? なら、渡来人の可能性が高い! 私達の領土に現れたのなら、私達で保護する!」

『クリムゾン・ローズ』を駆るロサリア・フレイの言葉に、前で敵と対峙していた部下達も牽制を続けつつそのように身構えた。

 そんな中、フリックはその、上空に新たに現れた戦花に、言いようのない不快感を感じていた。それは、渡来人の戦花が、より強い力を持っている傾向がある、ということだけによるものでは無い。

(あれはやけに不愉快だ……。ならばあれは、姫と出会わせてはいけない者だ!)

 それはまだ、淡い予感でしかない勝手な決めつけだったが、フリック自身にとっては、信じるに値する直感だった。

 フリックはパープル・リリィの右手に持たせたライフルを、上空でその存在を確かにした戦花に向けると、躊躇いなく火弾を放った。


 花びららしきものに周りを包まれたはずの夢希は、だが、何かの中にいるような閉塞感を感じながらも、周りの景色がハッキリと見えていることを不思議に思う。

「……花がリボンになって集まって、あのヒトガタみたいになったっていうの……?」

 自分が今、先ほど見たヒトガタのようなものの“中”にいる。それは、勘や推測ではなく、自分を自分だと確認するような“理解”だった。

「全天モニタってやつ……?」

 正式名称は知らないが、宇宙空間で作業するロボットの中にはコクピットの全周囲のモニタがリアルタイムで外の様子を映し出すシステムが採用されているものもあり、それは昔のアニメ作品で描写されていたようなものと同じだと聞いたことがある。

 しかし、ここがコクピットだとして、夢希の周りには、何も無い。このヒトガタがロボットのようなものならば、操縦するための機器があるはずだと思った。

「どうすれば動かせる……?」

「想えばいいのよ……。願えば良いのよ……」

「誰っ!? ……って言うか……、何……?」

 突然に耳元で聞こえた声に、夢希は反射的にそちらを見た。

「…………妖精?」

 先ほど周囲を見た時には存在しなかったはずの、そうとしか言えない何かが、そこに居た。

「私はスーラ。スーラ・フェイ。それ以外の何者でも無いわ。でもそうね……貴女の言葉で言うなら……」

 そう言って“妖精”が瞑目すると、不意に、夢希の中に「『パス』が繋がった」とでもいうような感覚がした。

「そうね……この子の、貴女とのインタフェース、といったところかしら?」

「……このヒトガタに……意思でもあるっていうの?」

「普通は無いのではないかしら? 有っても伝達できないだけかも? ならきっと、この子は、というより、私が、特別なのね。……それよりも、呆けてて良いのかしら?」

 そのスーラの言葉に、夢希が意識を周囲へ向けると、強く刺すような何かが、下方から自分に向けられているのを感じた。

 そちらを見れば、先ほどのヒトガタの内の一体から向けられた、『敵意』や『害意』とでも呼ぶべき意思が、錐状の形を持って、その先端が向けられているかのように、感覚的に、だが明確に感じ取れた。

「このヒトガタがそう感じさせている……」

 それはまるで、自分の感覚や感性といったものが、拡張され鋭敏化したように夢希には感じられた。彼女が生まれた時代がもっと早ければ、『ニュー・タイプ』という言葉を使っていたかも知れない。

(第六感って、こういうの……?)

 その感覚は、大気中に漂う“何か”が、空に浮くそれぞれのヒトガタに引き寄せられているのを感じさせた。

「違う……。あの何かが、ヒトガタを浮かせている、チカラだ……」

 そしてその“力”が、敵意を向ける紫のヒトガタが手に持つものの先端に、より多く集まりつつあるのも夢希には“視えた”。

 間もなく、その敵意が飽和したと感じた。

「来る……!?」

 その直感通り、紫のヒトガタから放たれた敵意は火弾となって夢希へ高速で迫る。

「この子を形作っているのは、人の想いをカタチにするマナ。ならば、この子は貴女の想いに応えるわ」

 夢希はそのスーラの言葉を聞きながら、正面から飛んできた火弾を、反射的に、寝返りを打つように自然に、ローリングして躱した。

 その、人機一体とでもいうべき動き、ヒトガタが夢希の思うがままに動く感覚は、夢希に、気持ち良い、と感じさせた。それは、レースの時にイメージ通り理想的な走りを実現した時にも感じる、ゾクゾクと全身が沸き立つような高揚感だった。

 そして、幼い頃からそのレースの世界で負けん気を育ててきた夢希は、明確な敵意を向けられて黙っていられるほど品行方正ではない。

「そういうこと、するんならッ……!」

 駆けるような速度で落ちていた夢希のヒトガタは、周りの“力”をより多く吸い込みながら、グンッ! と急激な加速をして降下した。


「!! 速い……ッ!」

 フリックが、その、速い、という認識に至った時にはもう、その青い戦花は、フリックの正面に迫っていた。

 そして、その接近した勢いそのままに、蹴りを繰り出した。

 フリックの防御は間に合わず、その蹴りはパープル・リリィの胸部を強かに打撃した。

「……ッ! グゥッ!!」

 操者がその打撃の痛みをそのまま感じることはないが、強烈な打撃に吹き飛ばされた加速度に脳や内臓が揺り動かされれば、思わず苦悶の声を上げるのは当然だった。

(このままでは……!)

 このまま森の木々に、そして地面に叩きつけられれば、戦花といえど無傷とはいかない。

 フリックは頭の方へ飛ぶ意識を強く持って、念じる。

 背中から一直線に地面へ叩きつけられようとしていたパープル・リリィは、その念に応え、その軌道を直線から弧に変えて、背中を木々に掠めながら、なんとか激突を免れた。

「迂闊でしょう! なぜ撃ったの!?」

 そこへ、姫を庇いながらライラックが接近し、フリックを責めた。それは機械的に拡張されたような音声では無く、まるで戦花自身が喋っているかのような声として聞こえている。

「良くないものを感じた……! 姫を守るためだ……!」

「その結果がこれじゃ、余計に危険を招いただけでしょう!」

「言われなくとも!」

「……二人とも」

 フリックとレイラの言い合いに、姫が割り込んだ。

「あれだけの力を見せる戦花まで増えれば、じき、この空域のマナも心許ありません。ここは退きます」

「はっ!」

 姫の、静かな、だが、有無を言わさぬ言葉に、二人は声を揃えた。そこからの撤退は迅速だった。


「お飾りの姫ではない……か。良い引き際だね。さて……」

 その素早い決断に、白百合の評価を上方修正してから、ロサリアは気持ちを切り替えた。

 あの、『光の国ラ・ブルゥン』の紫百合を蹴り飛ばした、青い――おそらくは自分と同じく薔薇の――戦花。それが見せたスピードは、恐らくは、水の国で最もパワーのあるこのクリムゾン・ローズを上回っていた。凌駕していた、とまで言い換えてもいい。

 それを目の当たりにして、ロサリアは、間違えることは許されない、と気を引き締めた。

「……そこの……そう、あなた! 私達はあなたと敵対する意思はない! この言葉が伝わっているなら、右腕を挙げて欲しい!」

 遠ざかる白百合達を見送っていた夢希は、その後方から聞こえた声の通り、振り向いて、そして、ぎこちなく右腕を上げた。

 ――その赤薔薇の言葉が意味するところを正しく理解している、という事実と、それが明らかに日本語ではない、という認識のギャップに、軽い混乱を覚えながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る