第44話 愛しているよ、アニマ

 劇場の奥に隠し扉があり、そこがシリルの部屋だった。


 部屋のなかのソファーの前には、ごちそうが並んでいた。


 全員が飲み物を持って、立ち上がった。


 私が音頭をとる雰囲気になった。

「シリル様の誕生と、あらためてのロイド様の歓迎。皆様の活躍に乾杯!」


 なぜか乾杯はされなかった。


「アニマの活躍が抜けてるよ」

 ハーマイオニーが言った。


「いえ、私は」

「アニマ様の活躍があってこそ、ですよ」

 ヴィヴィアンが言った。


 ドラクロアが赤い髪を振りまわし、言った。

「アニマ様の活躍に、乾杯~」

 

 みんながコップをあわせ、飲み物がこぼれる。



 

 ロイドの隣に座って、ワインを注いだ。

「ああ、そんな。アニマ様にそんなことはさせられません」

「いえいえ。今回の最大の功労者はロイド様ですから」

「照れますな。ただし――」


「「もっと、褒めてくださってもよいですよ」」

 私とロイドの声が重なった。

「ほほっ。一本取られましたな。わたくしのソウルとやらも、すでにアニマ様のなかにあるということですかな」



 ロイドが言った。

「アニマ様が最初に殿下を刺して、殺害したフリをして、そのまま逃げるという計画を聞いた時は、肝を冷やしました。あなた様なら逃げることができるでしょうが、動きなどから、すぐにアニマ様だと特定されて、一生隠れないといけない。わたくしは反対でした」


「そこで、ドラクロア様に協力してもらって、上演中にを演じてもらうことにしました」


「アニマ様を演じるのは、難しそうですがやり遂げたドラクロア様はすごいですね」


「ええ。彼女とロイド様、シリル様、皆様のおかげで今回の計画は成功しました。本当にありがとうございます」


「なかなかに骨が折れました。ある筋から臓器を入手して、殿下に血とともに入った袋を服に隠すことで、ごまかすことができました。医者にも協力してもらって。若い死体を用意して、殿下に仕上げました。まあ、なによりアニマ様の動きがすごかったです。騎士を圧倒していましたね」


 照れくさくて、ロイドをバシバシ叩く。ロイドの顔が青くなったので慌ててやめた。


「すみません。私自身、あれだけの力が出せるなんて思ってなくて。馬鹿力だってようやく気がつきました」


 立ち上がり、あたまを下げた。

「これからどうぞ、よろしくお願いします」


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」




 パーティーはお開きになった。

 



 シリルの部屋でふたりきりとなった。

 

 ソファーに座った。

「信じられない」

 シリルが言った。トパーズの瞳が私を射る。


「何が信じられないのですか」

「アニマと一緒にいることがだ」


「またですか! そんなに毎日驚いて、逆に面白くなってきましたよ」

「朝起きて、信じられない。昼になっても、まだ信じられない。夜になったら、やっぱり信じられない」

 シリルは私の肩に触れた。

「このまま、触れさせていてくれ。そうしないと、アニマがどこかへ行ってしまいそうだ」


「どこにもいきませんよ。私は」

 背中から抱きしめられた。シリルの息づかいを首筋に感じる。髭がくすぐったい。心臓の高鳴る音がシリルに聞こえてしまいそうだ。


「ずっとそばにいてくれ。アニマ」

「もちろんです」


 シリルは横に座って、私を抱きしめた。

「初めて会ったときから、好きだった」

「初めてって、いつですか?」

 

「アニマがデビューした【悪役令嬢の掟】の時。既存の作品を自由にねじ曲げたアニマを好きになったし、同時に嫉妬した。アニマはすごく自由なんだって。なんにもしばられていない人だからこそ、ああいう演技ができるんだって思った。だから驚いたよ。その後のアニマの不自由さと、家族との関係を知ったときは」

 

「私は不自由で、友達もいなかった。友だちが欲しくて、他の方の魂をこの身に宿せるようになったと思う。そのともだちがストーリーによってねじ曲げられるのを許せなかったの。舞台の上だけは、自由でいたかった。だからこそ、シリルにも自由でいてほしかった」

 シリルは強く私を抱いた。いい匂いがして、多幸感がのぼってくる。私の髪をなでてくれた。



 この3ヶ月、この計画をした時から、ずっと動き続けていたし、なにかが1つでも遅れたり、間違っただけで、失敗する危険なだった。

 成功確率をあげるために、あえて聞かないように、考えないようにしていたことをいい加減聞かないと。




 私は、つばを飲みこんだ。




「でも、ほんとうにこの結末でよかったのですか?」

「それは言わない約束だ」

「しかし……。このシナリオは私にとって都合が良すぎるのです。シリルは王になる道もあったし、素顔が一部の場所でしか出せないような状況にならなくても。……他にも道が」

「でも、それでは、大好きなアニマと一緒になることはできないし、演劇からも離れることになる。それは、いまの状況とどっちが辛いだろうな」

「シリル」

「アニマ。君が危険を冒してやってくれたおかげで、自分でも信じられない毎日を過ごせている。夢で描いたかのようだ。感謝しかない。アニマと一緒にいれて、演劇ができるなんて。1年前の俺では考えもしなかった。アニマをバチェラーに招待して、ほんとうによかったよ」



 私はたまらず、立ちあがる。

「では、もう言いません! 私だって……シリルを……あのままリンジー様と結婚させたくなかったので」

「すべてはアニマのおかげだ。ありがとう」

 シリルも立ちあがった。




「バチェラーで最初からあれほど予防線をはられていたのに、まさか私のことが好きだなんて、こっちのほうがいまでも信じられないです。こんな顔なのに」

 シリルは私のあたまを軽く叩いた。

「ダメだ。絶対にアニマを卑下させない。まだ信じてもらえないのか」

「夢みたいですから。まさか一緒になれるなんて思ってなかったから。もういい加減、夢じゃないんだなって、今は思いますけど」


 シリルは私を見つめた。

「信じないなら、無理やり信じさせる」

「どうやって?」

 私はそのトパーズの瞳に吸いこまれる。





「愛しているよ、アニマ」

 シリルは私にキスをした。

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