第41話 マシューの終わり

「待ってくれ! ケイティ! 僕たちは愛し合ったはずだろう?」

 僕の喉から発せられる声は、老人のようだった。


「もし、マシューが私を愛しているのなら、喜んで送りだしてくれない? まさか一緒に貧乏生活をしようなんて言わないわよね」

 ケイティは微笑んだ。僕は絶句した。


「ありがとう。楽しかったわ」

ケイティはたくさんの荷物を侍女に持たせ、馬車に乗り込んだ。




「頼む! 僕はケイティがいないと……ごふう……」

 走り出す馬車にすがろうとして、盛大にこけた。顔には、土埃がついた。


「がっ。はは……ぐぅ……喉が……」


「ごめんなさいマシュー。あなたはもう少し、お金持ちだと思ったの」

 ケイティは馬車の窓を開けてハンカチを振った。


「待ってくれ! こんなに好きだったのに――」

 叫ぼうしたら声が、出なかった。



「ケイティ」

 涙を流した。



 いままで口八丁に生きてきた。そのツケが喉に来たということか。相談できる執事も、もういない。



 屋敷にもどったが、だれも出迎えてくれる人はいない。




 どこで、間違ってしまったのだろう。




 ケイティの散財を止められなかったことか。


 アニマを領土に連れて来れなかったことか。


 殿下を怒らせてしまったことか。



 ――すべてのはじまりは、アニマを婚約破棄したからだ。



 彼女がバチェラーに出て、賞賛を受けるような令嬢だと見抜けなかった。アニマはいつの間にか、僕の領土で使用人の信頼を勝ち取り、頼んでもいないのに、領土の事業計画書までも作ってくれたではないか。


 そんな才女はほかにいない。



 逃がした魚は大きすぎたということか。



 去年の飢饉で我がバーナード領だけでなく、タウンゼントや、他の貴族も厳しいと聞く。


 この屋敷も爵位も、売り渡すことが決まっている。それでも、ケイティの作った借金は完済できない。



 ああ! ケイティ!!! タイプの美しい女性だった!!! なぜ、散財する!!!! あたまはひとつ、手はふたつ。足はふたつしかないのに。なぜ、そんなにたくさんのドレス、靴、宝石が必要だったんだ。




 マシューはだれもいなくなった屋敷で叫んだ。




 ――がふっ。。。。。



 マシューの喉に今度こそ、異変が起こった。




 強烈な痛みの後、マシューの喉から声が出なくなった。






 マシューはその後、借金から逃げて、貴族社会からも逃げた。





 その後のマシューの消息を知るものはいないが、噂では、だれもが避けるきつい仕事をしていたそうだ。

 

 彼はずっと人形に話しかけていたという。しかし、彼はしゃべることができなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る