6章 アニマの誕生
第40話 或る王太子の結末
バチェラーの妃が決定し、3ヶ月が経とうとしていた。殿下とリンジー様の結婚式も間もなくという時。国をあげて、皆が幸せを感じていた時。
バイラル王国は突如、黒き色に支配され、悲しみに包まれた。
コンラッドは事情聴取に呼ばれ、出頭した。
騎士詰め所の会議室には
全員で黙祷を捧げた。
騎士団長は……泣いていた。肩幅が3人分はあり、髭がバリバリにとがっていて、子どもが泣いて逃げる御仁が、泣いていた。
騎士団長は花柄のハンカチで目をぬぐった。
「コンラッド。犯行が起こった状況を詳しく話せ。犯人の【白騎士】の特徴もだ。絶対に、捕まえるぞ」
コンラッドは姿勢を正し、言った。
「7月×日。夜の9時頃のことでした。殿下と従者のロイド。5人の騎士は隣国のフリージア共和国元首と会談後、バイラル国城下町を馬車で南下中、スミス鍛冶屋前の路地で件の【白騎士】と遭遇しました。その姿を見た殿下は馬車を下り、何かを言って【白騎士】に近づきました。そして白騎士に刺され、殿下は……」
鼻水をすする音が聞こえた。騎士団長はまた、泣いていた。今度は花柄ではないハンカチを使って鼻をとると、ぶふふふふふーんという音がむなしく部屋に響いた。
コンラッドは続ける。
「殿下は重傷でした。血が吹き出し、その……臓器も出るほどに酷い傷でした。ロイドが近くの町医者に案内し、そこで永眠なさいました。正直、医者ではどうしようもないと思いました。あまりにも酷い傷でした」
地面が揺れて、地震かと思ったら、騎士団長が地団駄をしたのだった。
「スミス鍛冶屋近くの医者。あそこはヤブだ。医院の裏の樽のなかは死体だらけなんて噂もある。なんであんなところに連れて行った?」
コンラッドは当時のことを思いだした。
「ロイド氏が急ぐようにいいましたし、一刻を争いました。スミス鍛冶の向かいが医院で、あの老人は診療所の2階に住んでいました。他の医者を探している時間的猶予はなく、最善だったかと」
「たしかにな。それほどの傷であれば、どんな名医でもむずかしかろう」
コンラッドはテーブルに置いてあった紙をとった。
「各自、この手配書を見てください」
そこには白く塗装されたフルプレートアーマーに、細長い槍を携え、白い馬に乗った騎士が描かれていた。
「馬上ですので、正確ではありませんが、身長が160センチから170センチの間。フルプレートを着ているので、憶測ですが、痩せ型。この白い騎士、なにかに似ていませんか?」
コンラッドの問いに、他の騎士達は首をふったり、隣の騎士と目配せしていた。
「殿下はあの時、【白騎士】に『エドワード王のコスプレか? 実によくできている。是非、近くで見せてくれ!』と言ったように聞こえました。ピンと来て、殿下の本棚を全てひっくり返すと、この本が出てきました」
コンラッドが手にしていたのは1冊の本だった。【エドワード王の憂鬱】そこの挿絵に白騎士と似ている絵があった。
「でかしたぞコンラッド! ここから何がわかる?」
騎士団長が叫ぶ。
「殿下が本や演劇を好きだったことを知っているもの。もしくは本などを執筆しているもの。演劇関係かと思います」
「でかしたぞ!! 犯人までたどれるか?」
騎士団長のうなずきで椅子が揺れた。
コンラッドは手を組み合わせた。騎士団長がそれを真似する。
「バチェラーを覚えていますか」
「当たり前だ。リンジー様はいったい、いかほどの悲しみか」
騎士団長は海よりも広い肩をふるわせ、号泣した。
「最終日。事件というほどではありませんが、参加者のひとり、アニマ様が式の途中で逃走するということが起きました」
「まわりくどい。結論を言え!」
「アニマ様が臭います。あの方が逃走する際、私も相手をしました。幼少期から、特殊な訓練を受けていないと、あのような人間離れした動きはできないでしょう。そして、アニマ様は……おそらく、殿下のことを慕っていました。動機も、失恋による恨みと、こじつければあります。話はもどりますが、白騎士が殿下を刺した時に、我々も指をくわえて見ていたわけではありません。剣で斬りかかりましたが、あっという間に剣をはじかれました。馬で追跡した騎士は、城下町の路地をすごい速度で突っ切られて、見失いました。どれも常人の動きではありませんでした。体格も一致します。私は、かぎりなく黒に近いと思います」
全員が、自らが着ている喪服を確かめ、悲しみにくれた。
「アニマ様はいまどこに?」
「所属している演劇ギルドにいるのを確認済です」
地面が揺れて、今度こそ城が傾いたかと思ったら、巨漢の団長が立ち上がったのだ。
劇団ギルドにつくと、アニマ様は控室にいて、この後の夕方の劇に出演するということで、若干ピリピリとしていた。
王城で対峙したときも思ったが、アニマ様は我らが騎士団長よりも、迫力があり、からだは小さいはずなのに、団長の方がちいさくなってしまったようだ。
お付きの赤髪の女性が特に当たりが強かった。この方、どこかで見たような気がする。
アニマ様に聞き込みを行ったところ、7月×日の夜8時40分頃から、9時半ぐらいまでずっと舞台に出ずっぱりとのことだった。その前も後ろも出演する機会があった。劇場から、事件現場までは馬で40分はかかる。
監督や他のスタッフに聞いても、同じ内容だった。
劇を見た客に話を聞いても同じだった。
鉄壁のアリバイだ。
コンラッドは赤髪の女性にたずねた。
「失礼ですが、バチェラーに参加していた、ドラクロア様では?」
「そうです。それがなにか?」
やはりそうか。なぜ、確信がもてなかったというと、印象が違っているからだ。どことなく、アニマ様に似ていた。顔というより、雰囲気か。
「ここでなにをなさっているのですか」
「アニマ様の付き人になりました。バチェラーで演技に惚れ込んでしまって。ついて行こうと思ったのです」
コンラッドは迷ったが、聞くことにした。
「最後にひとつだけ。私は失礼ですが、アニマ様がセシル殿下殺しの犯人に関係があるのではないかと考えます。あなた様はどうですか」
ドラクロアは一切の迷いがなかった。
「アニマ様が残酷なのは、舞台のうえだけです。いつものアニマ様は大人しく、優しい人で、だれかを殺すようなことはできません。ましてや、殿下を……アニマ様は……好いておられました……。犯人だなんて。あんまりです」
ドラクロアは話しているうちに泣いた。コンラッドは慌てて、あたまを下げて、去った。しかし、気になって振りかえると、ドラクロアの目は、コンラッドからいっさい、離していなかった。逃げるように劇場を出た。
それから、ずっと調査を続けた。半年後、一応の決着がついた。犯人は逃走し、追っても捕まらないだろうと判断され、調査は打ち切られた。
殿下はうらみを買うような人ではなかった。国の政治も安定している。弟君の暗殺の線も調べたが、証拠はでなかった。
なぜ、殿下は殺されなければならなかったのか。あの【白騎士】はどこに行ってしまったのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます