第33話 ふたりきり。ベッドでの出来事

 殿下と色々な話をした。好きな演劇の話。俳優。私の演技の話になったときは、何度も見ていないと気づかないような細かい指摘、多くのお褒めの言葉に、ほんとうに私の演技を好きでいてくれていることが伝わってきた。



 私はベッドに座り、殿下はすこし離れたソファーに座っていた。


 船を漕ぎ始めた。今日は色々あった。バーナード領に連れて行かれそうになったり、殿下が私のもとに来たり。


「ア……ニマ嬢」

「は……」

 一瞬、意識を失いかけていた。


「疲れましたよね」

 殿下は毛布をかけてくれた。


「ね、眠く……ないです。せっかく……殿下と……楽しい、演劇の話……こんなに楽しいことは……なかったので……まだ」

 そういいながらも、ベッドに吸い込まれた。







 うん?







 唐突に、覚醒した。





 

 私の手に、なにかが触れていたからだ。



 


 薄目をあけると、だれかの手が私の手に合わさっている。



 

 殿下はベッドを背にして、下に座っていた。



 殿下の手はしっかりと握られていて、もしかして、私が寝ぼけて握ったものかと思って、離そうとしたら、強く、殿下に握られた。


 すこし寝返りを打った。見られているわけではないが、熱をもつ顔を隠せるように動いた。手はとても温かく、心臓はうるさいぐらい動き回っていたが、殿下の手から、温かみのようなものが渡されている気持ちがした。




「アニマ嬢」

 呼びかけたのか、ひとり言なのか、判別がむずかしいほどのちいさな声。







 答えなかった。










 手がそっと、離されたので気がついたが、寝たふりをした。






 衣擦れの音がする。





 薄目で見ると。




 立っている殿下が見える。視界がぼやけていた。




 私は泣いているようだ。なにか夢を見ていたらしい。




 私が寝ているのか見ているようだった。




 規則正しい呼吸を心がけた。すさまじい緊張と、壊れそうな心臓を前に、それはむずかしいことだったけれど。





 殿下は長い時間、見つめていた。



 


 ドキドキして、耳はとれそうなぐらいに熱くて、痛い。心臓も私が生きていることを証明するように強く叩いていた。





 殿下はもうすぐ、自室の寝室へと帰るはず。そう思って耐えていた。




 私のまぶたにそっと、指が触れ、私の涙がぬぐわれた。



 その瞬間、思いだした。あれは夢だと思っていた。



 どこかの知らない国。高い建物がいっぱいで、茶色と黄色の美しい家屋が並んでいる。その国のおおきな劇場で私は演技をしている。演技は不評で、金を返せ、と言ったり、やじる人ばかりだった。


 泣いている私の涙を、殿下が拭ってくれた。

「大丈夫です。さあ、立って。アニマ嬢のソウルを、降ろして、見せつけなさい。あなたという存在のすべてを」


 泣き虫な私の涙を再度ぬぐってくれたところで夢は終わったのだ。




 ――ふたりきりの洞窟。あれは夢だと思っていたのに……殿下は実際に涙をぬぐってくださったのだ。




 心に暖かいものが流れこんだ。





 ――そのとき。



 ――口先に、なにかが当たって。




 濃厚な甘い香りが、鼻をくすぐった。



 薄目を開けると、殿下が目の前にいて。私に、キスを、していた。



 

 えっ……。どうして?




 あたまのなかを処理できない情報がめぐり、意識をうしないそうだった。


 一度、唇を離して、今度は、私の頬に、口づけをした。



 私は、強く、強く目をつむって、起きているのがバレないようにした。



 永遠にも感じる長い時間、私を見つめた殿下は、ようやく、部屋を出ていった。


 扉を閉める音と、同時に飛びおきた。




「は、はぁぁ?????????」




 叫び出しそうだったが、まだ近くに殿下がいるかも知れないので、まくらで声を抑えた。



 扉ががちゃり、と開く音がして、心臓が飛び出るかと思った。


 

 殿下がもどってきたようだった。



 一瞬で寝たふりにもどっていた。



「すみません。火を消し忘れていました」

 小声でそういって、私の寝顔をまじまじと見た。


「おやすみ」

 ろうそくの火を消して、暗くなった部屋から殿下は出ていった。



 私はそのまま、目を開けた。



「え、ええええ???????」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る