第26話 バチェラー2日目 結果発表
王城の応接間に集められた私たちは、神妙な面持ちで結果を待っている。
ドラクロアとヴィヴィアンをのぞいた2日目のメンバーだ。
ニーナは失格かと思ったが、途中まで演技をしたおかげか、殿下から継続して参加するように言われた。
ニーナは結局私が選ばれる演出なのよ、と言った。
変装を解いた殿下とロイドは中央の椅子に座っていた。
3日目に進む為のバラは4本用意されている。
空間が歪んで見えるほどに呼吸が苦しくなり、胸を押さえた。
「さっさと終わってくれないかな。早く帰って湯浴みしたい」
ニーナがぼやいて、あくびをした。
初日こそ余裕を見せたリンジーは、落ち着かない様子だった。
ハーマイオニーは美しい姿勢を維持し、殿下から目をそらさない。
「では――」
殿下が立ち上がった。
私も思わず、立ち上がった。
他の令嬢は、座ったままだった。
「大丈夫ですよ。呼ばれるまで座っていてください。アニマ嬢」
「は、はい」
「姉さま。おっちょこちょいだね。恥ずかしい」
ニーナがくすくす笑う。
ロイドが立ち上がり、バラの乗った銀のトレイを殿下に差し出す。
殿下はバラを1本とって、私たちを見つめた。
今度は、上から重たい物で押しつぶされているみたいだ。息が上手く吸えず、浅い呼吸を何度もくりかえした。
殿下の細かな動きひとつ、見逃すことはできない。
「ハーマイオニー嬢」
「はい」
ハーマイオニーは立ち上がったが、その時にすこしバランスを崩した。リンジーはすぐにフォローに動くが、逆にハーマイオニーを押してしまって、ふたりしてこけた。
「なにやってんの!」
「あたしは助けようとしたの。ハーマイオニーちゃんも緊張することがあるんだ。カワイイね」
「うるさい! 余計なことは言わなくていい!」
ハーマイオニーがこずくとリンジーは嬉しそうにあたまを押さえた。
「大丈夫ですか」
殿下がリンジーとハーマイオニーに駆けよる。
「はい。大丈夫です」
急いで立ちあがったハーマイオニーの声はすこし裏返った。
「バラをもらっていただけますか」
「はい。喜んで頂戴します」
ハーマイオニーの手が小刻みに揺れていた。
殿下は元の椅子の前に立ち、ふたたび、沈黙が満ちた。
リンジーは少し体を揺らして首を小刻みに上下させていた。
私は歯を食いしばり、眉間に力が入っていた。
ニーナは足をバタバタとさせ、早く帰りたいなーとぼやいていた。
ロイドに目配せして、殿下はバラを持った。
その目は、中空をさまよっていた。
「んんんんんん、んんんんんんんん」
気がついたら、声にならないうなりをあげていたらしい。あわてて口をつぐんだ。
「リンジー嬢」
「嘘でしょっっ」
リンジーの絶叫がこだました。
「バラをもらっていただけますか」
「あたしを選んでくれるのですか」
リンジーは目をぱちくりとして言った。
「もちろんです」
「ああ、とっても幸せな気持ち。でも、ほんとうにあたしでいいのかな」
緊張がとけたような、ほっとした笑顔を見せて、リンジーはバラを受け取った。その仕草はいちいち可愛らしかった。
殿下は再び中央に立って、私とニーナを見渡した。
覚悟していた。私は落とされるし、ニーナは演技以前にわがままを言い続けた。とても受かると思えない。
永遠とも思える時間をうつむき、やり過ごす。いつも感じていた諦観が、私の胸に宿る。
殿下はバラをとった。
えっ?
いま、バラをとったのか。
と、いうことは。
ニーナが選ばれる!
ニーナの何かしらが、殿下に刺さったということだ。
ほっとして、全身の緊張を解いて、目を閉じた。
「アニマ嬢」
「はい?」
あまりに気の抜けた声で我にかえった。
自分の座った椅子から動けなかった。
殿下は私の失礼を気に留める様子もなく、わざわざこちらまで歩いてきてくださった。
「アニマ嬢、バラをうけとっていただけますか」
「はっ?」
「どうでしょう。受け取れますか」
にっこりと笑い、殿下はバラを差し出してきた。バラの新鮮で、強いかおりがして、思わず、手に取る。
「あの?」
私はバラを見つめた。
「どうしました?」
「なぜ、私にバラが渡されたのでしょうか?」
「アニマ嬢にバチェラーの3日目に参加してほしかったからですが」
「は、はぁ。えっ? 私、たしか悪役令嬢として? 呼ばれて? 違いましたっけ」
椅子から立とうとしても、立てず。発声の仕方も忘れていた。
「アニマ嬢は、バラをうけとったのです。3日目に来てくださいますね?」
殿下は笑った。
「は、はい? そ、そう……ですか?」
やっと現実の実感が、手に持ったバラによってもたらされた。
ニーナがほとんど目がなくなるほどに、私をにらんでいた。
殿下は中央に戻った。
やっとすこしだけあたまがまわるようになって、殿下の狙いが読めた。
2日目は全員合格だ。
その方が新聞が盛り上がると考えたのではないだろうか。みんながどの令嬢が殿下に選ばれるのか楽しみに予想しているのだ。
殿下に選ばれた驚きが、すこし収まってきて、体のこわばりも緩やかになっていく。
殿下は予想どおり、最後のバラをとった。
ニーナが流石に前のめりになって、腰を浮かせた。
私を見つめ、嬉しそうに笑うニーナ。私も笑いかける。
殿下はバラをとって、ワインを楽しむように、バラを鼻のまわりに動かした。
「良い香りです。今年とれたバラは格別の出来のようですね」
そう言って、だまった。
バラを持ったまま、長いことそうしていた。
ニーナは貧乏ゆすりのように、苛立たしいようすで足を動かしていた。
殿下はバラを持って、一歩前に進んだ。
ニーナは今度こそ、立ちあがった。
殿下はそれを見つめ、ロイドに近づいていく。
銀のトレイの上に、バラを置いた。
ニーナと私は目をあわせた。
ロイドが立ちあがった。
「これにて、2日目は終了となります。バラを受け取った、ハーマイオニー様、リンジー様、アニマ様は1週間後、王城へお集まりください。皆様、長丁場、大変お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。最終日となる三日目、お目にかかるのを楽しみにしております」
会場から息が漏れるのが聞こえた。
いっせいに皆の緊張がとけたのだろう。
私の緊張は逆に最高潮に達した。
立ったままのニーナは顔に青筋を立てていた。
「ちょっとちょっと。殿下! 私のこと、忘れてますよ。こんなことを私から言わせるなんて、礼儀知らずもいいところですね。はい、バラを。ほらっ。もらってあげますよ」
ニーナはへらへらと笑って言った。
殿下も満面の笑みで返した。
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