第25話 バチェラー2日目 夜の部④

 殿下は馬上で私のドレス、宝石、メイクを見ていた。

「アニマ嬢は、どんどん綺麗になっていきますね……」

 殿下はため息のようなものをもらした。


「ありがとう、ございます」

「演技も期待しています」

「お任せください」



 私はソウルをおろした。

 

 悪役令嬢として即興劇を演じる。




「殿下と1年以上、会えないのか」

 私は星に話しかけるように言って、馬の尻をすこし叩いた。馬がすこし速度をあげた。

「やめろっ。すぐ帰ってくるよ」

 殿下は馬を落ちつかせ、言った。


「そっか。だったら、あたしがおまじないをしてあげるよ。かしてっ」

 殿下を馬から下ろし、自分が手綱をにぎった。


 皆から歓声があがった。


 殿下の手をとって、後ろに乗せてあげる。


 腹から声を出して、ドレスの裾ごしに馬の腹を叩くと、軽快に走りだした。


「いい子ね。あたしだって馬に乗れるし、そうだ。一緒にいかない? あたしがそばにいればさ、戦争だって勝てる。とてもいいと思う」

「ダメだ。戦うのは男の役目だ」

 馬の蹴る音がうるさい。殿下は肩越しにおおきな声を出す。


「古いなぁ。時代に取り残されちゃっているよ。しょうがない。殿下は城を守ってなよ。あたしが戦地にいくから」

「そんなこと、できるわけがないだろう!」

「なーに怒ってるの。冗談だよ。でもさ、もし戦争に行くっていうなら、こっちにも考えがあるんだよね」

 私は沈黙した。


「それでも、行かなくてはならない」

 殿下は悲しげな声を出した。


「別の男と結婚するから。それでも、いく?」

 馬の腹を蹴って、手綱を引っ張った。馬は加速していく。


「待っていてはくれないのか」

「女はね、時間というものが男の3倍の価値があるの」

「なんだそれは」

「行くなら、あたしのことは忘れてね」




 それっきり殿下とはあわなかった。




 1週間後、戦地へ行った殿下から手紙が届いた。

 あたしはその手紙に返事し結婚が決まったと書いた。






 2週間後、殿下から手紙が届いた。結婚をやめるように書いてあった。戦況は悪化しているとのことだった。あたしは2ヶ月後に結婚すると書いた。









 3ヶ月後、殿下は結婚を決めたことを手紙で怒っていた。あたしは、結婚して幸せだと書いた。














 半年後、殿下はまもなく戦争は終わると書いてあった。あたしは妊娠したと書いた。










 さらに3ヶ月後、殿下は戦地で亡くなったと報じられた。あたしは妊婦用の喪服を着て、式に参列した。






 式で見知らぬ軍人に呼び止められ、手紙を渡された。それは殿下の最後の手紙であった。


 殿下は私を憎んでいた。自分が国の為に戦争をしているのに、私が結婚して幸せになっているのが許せないと書いてあった。でも、子どもには会ってみたいと書いてあった。そして、帰ったら、君の家族を紹介してくれないかと書いてあった。



「私を恨み切れてなかったのね。殿下らしい」

 息を吐いた。


 殿下の死体は綺麗な状態だった。そのまま、動き出しそうだった。色とりどりの花が棺を満たしていた。


 私は殿下の頬をなでた。肩と背中がたまらないとばかりに痙攣した。思いのままに泣いた。



 屋敷に帰り、喪服を脱いだ。その際にお腹にいれて膨らませていたフルーツを全部、くずかごに捨てた。着替えを手伝っていた侍女は卒倒しそうになった。


 私の旦那の役をしていた従者に暇を出し、黒以外のドレスはすべて捨てさせて、私の役目は終わった。


「もっと、私を恨んでくれたらよかったのに。怒りにまかせて、帰ってこれたら、よかったのにね」


 私はベッドで泣いた。背中に殿下の気配を感じた。振りかえったが、だれもいなかった。








 私は我に返り、殿下にお辞儀カーテシーをした。

 私に見えていた屋敷もベッドも、王城の馬場の景色にもどった。


 殿下はもう、涙を隠さなかった。


 私の肩に手を置いた。


 

 殿下のトパーズのような瞳は、潤んでいた。

 何度かうなずき、私を見て、微笑んだ。


 私はあたまを下げた。


「すごい! アニマ!! とっても良かった!!!」

「アニマちゃん。良すぎて鳥肌が立っちゃった。このまま鳥になったらどうしてくれるの? それもあり?」

 ハーマイオニーとリンジーが褒めてくれた。


 ドラクロアが赤い髪を振り乱し、拍手した。

「アニマ。すごいよ。神に愛されし、才能だ」


 ヴィヴィアンが何度もうなずく。

「アニマ様を見ていると、色んなアイデアが浮かんできます。とっても良い演技でした」



 ニーナは興味なさそうにその場に立っていた。帰らなかっただけ偉いと強く思った。



 殿下が落ち着いたところで、いよいよ、2日目の結果発表がはじまる。



 一瞬で演じた興奮が冷え切っていくのがわかる。

 腕をふるわせたのは、冷たい夜風のせいだけではない。

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