第24話 バチェラー2日目 夜の部③
ニーナは私に言った。
「姉さま! なんとかしてよ! ほんっっと。殿下ってイジワルで嫌い! ちょっとイケメンだからって調子にのってるよ。で、どうすればいいの?」
思いつく限りのアイデアを話した。
「わかったわ。ほんっと。殿下ってむかつく。嫌な奴!! なんで私がこんなことしなきゃいけないの」
殿下の馬に乗ったニーナが演技をはじめた。
「殿下と1年以上も会えないのです――」
ニーナは棒読みで言って、最後を噛んだ。
「すぐ、帰ってくるよ」
殿下も感情をこめずに言った。
「待って! やり直しさせてください!」
ニーナが殿下の肩を叩いた。
殿下はうなずいて、馬を最初の位置にもどした。
「殿下と1年以上も会えない――」
ニーナはいちばん最初のセリフを何回か繰りかえした。
「姉さま!! うまく言えない。なんとかしてよ!!」
演技の途中なのに、ニーナは私に言った。
「上手にできなくてもいいから、通しでやってみて。大丈夫。はじめてなんだから、だれも下手だなんて思わないわ」
「だめ!! 恥をかくわ!! なんでこんなに恥ずかしいことをしないといけないの? 私はやりたくない! やりたい人だけがやればいいでしょう!」
馬上で暴れるニーナを殿下は押さえてくれた。
「やめましょう。馬もかわいそうですし」
殿下はニーナを馬から下ろしてくれた。
「なんなの! ほんとっっ! こんなの、演技をやっている人が有利に決まってるよね! なんでこんな真似をさせられるの!! 私はタウンゼント家の令嬢よ!!!!!!」
ニーナは泣き叫んだ。
私は取り乱し、馬場に入った。
「私がニーナの代わりに2回演じます」
殿下の前であたまをさげた。
炎のゆらめきの音、馬のいななきしか聞こえない。しばらくして、顔をあげた。私は目を見ひらいた。
殿下は怒っているのか、泣きそうなのかわからないが、なにかがあふれ出しそうな顔をしていた。
「殿下……」
私は、言った。
「あなたがいま、妹の為に一生懸命にやろうとしていることは、しかたがないことだと思います。――しかし! それは認めない」
殿下の手のひらが強くにぎられていた。その腕を真横に振るった。
「ロイド!!!! ニーナ嬢を外に連れ出してください。アニマ嬢の邪魔です!!!!」
殿下に感謝した。ニーナに言いたいことを我慢してくださったのだ。
「申し訳ございません。殿下」
再度、あたまを下げた。
殿下は目を閉じ、首をふった。そして、ぱんっ、と手を叩いた。
「さあ、アニマ嬢の番です。期待していますよ」
殿下が笑ってくださった。私も笑みを返す。
「承知いたしました。期待に応えられるよう、頑張ります」
私は、殿下に手伝って頂き、馬に乗る。
そこで改めて、メイクやドレスを殿下から見つめられる。
怖かった。一夜を明かした後のドレスからどう思われるのか。
変装して、髭をはやした殿下はいつもの殿下とは雰囲気が違って、心なしか私を恐れていないように感じる。
殿下は何も言わない。気に入らなかったのだろうか。少しうつむく。
「……驚きました。綺麗……です」
その褒め言葉は他の令嬢の時と違って感じた。
「……あ、ありがとうございます」
私は今朝のことを思いだした。
王城で貸し出されているバチェラーの控え室に行った。そこに行ってドレスをどうすればいいか考えたり、休もうと考えていた。
ドレッサーや、全面鏡なども用意されている広い部屋だった。奥に向かい合った椅子があり、令嬢がふたり座っていた。
「ごきげんよう」
「おっ。アニマ。来たな。さっそくメイクをはじめるか」
「ドレスの合わせが先です! めちゃくちゃ、かわいくするんですから」
ドラクロアとヴィヴィアンがいた。
「どうしておふたりがいらっしゃるのですか!」
私は驚いて言った。
「つれないな。私たちの仲だろう」
ドラクロアが肩をすくめる。
「そうですよ。一度乗りかかった船ってやつです。あれ、馬車でしたっけ? 馬? まあいいか。さあ、アニマ様、座って。あれ、すごいドレスが汚れている……。もしかして、令嬢同士で殿下を取り合ってつかみ合いのケンカですか。バチェラー、激しいなあ」
ヴィヴィアンが楽しそうに笑う。
「うう……。すみません。せっかくご用意くださったヴィヴィアン様のオートクチュールを、汚してしまって」
「いいんですよ。ドレスって生き物ですから。綺麗に着るだけじゃなくて、たとえば、演劇で激しく動いて傷や汚れがつく。それもまたカッコいいんです。アニマ様が頑張ってついた汚れってことですよ」
私は、堪えきれず、泣いてしまった。
「ドレスと、メイクをどうしようかってほんとうに悩んでいたんです。殿下もこんな私のことを楽しみにしてくれていて……本当にお二人が来てくださって助かりました……」
「泣くなって。まぁ、その、私も嬉しいよ」
ドラクロアは頬をかいて、笑った。
「そうそう。アニマ様は、笑顔が似合います」
「わだじぃ……こんなに怖い顔なのにぃぃぃ。ありがどぉぉぉぉ」
ぐずぐずになった私をふたりはなぐさめてくれた。
ヴィヴィアンが持ってきてくれた、新作のドレスを着て、ドラクロアにメイクをしてもらった。
全身鏡の前に立つ。
「これが、わたし?」
横に立つ、ふたりに聞いた。
「いいね。最高だ」
「きれぇぇぇ。はぁー。今度モデルをお願いしようかな」
ドレスは白とピンク色が真ん中で分かれていて、甘さとクールさが同居している。このようなデザインはみたことがない。演じると豹変する私をイメージしてくれたとのこと。首元に殿下の瞳の色のトパーズのネックレスをつけてくれて、イヤリングも大きなトパーズを用意してくれた。動くと、ドレスはぴったりと私に沿うように動き、宝石が煌めいた。
鏡にうつるのは見知らぬ美しい令嬢のようだ。悩み多き険しい顔は、思慮深い令嬢のように変身させてくれた。
「これで、戦えるな」
ドラクロアが言った。
「はい……」
「どうした? メイクが気に入らなかったか」
「私、こんなに良くしてもらったのに……殿下に選ばれることはないんです。それどころか妹を選んでくれたらいいなって思っています」
ドラクロアとヴィヴィアンは顔を見合わせた。
「なにか……事情があるんだな。私たちはアニマの演技を見て、応援したいって思った。このドレスやメイクでより良い演技ができると思ってもらえたら嬉しい。まぁ、そんなところだ。なぁ?」
ドラクロアは言葉を選んで話してくれ、ヴィヴィアンに同意を求めた。
「ですね。そういうことにしておいてあげますよ。ドラクロア様」
私はその言葉を胸に刻んだ。
頬を張った。
もう一度、張った。
部屋に高い音が響いて、ヴィヴィアンが吹き出しそうになった。
「私、演技を頑張ります。メイクとドレス、さらに宝石まで用意してくださって。なんとお礼を申しあげたらよいかわかりません」
ドラクロアとヴィヴィアンは首をふった。
「アニマの演技を殿下に見せてあげて」
「承知しました。では、行ってまいります」
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