第22話 バチェラー2日目 夜の部①
バチェラーの夜の部が王城の馬場にてはじまった。
等間隔に火を灯してあって、真っ暗ではなかった。
馬の嘶きが聞こえる。
令嬢達と目が合う。みんな、瞳がせわしなく動いていた。
なぜか、夜の部は非公開とされ、殿下とロイド、バチェラー関係者以外は参加できないと言われた。
――そこに。背が高くて、白い、なにかがやってきた。
白い馬だ。こちらを伺うように、近づいてくる。
馬にはブロンドの長い髪の男が乗っていた。
殿下とはまた違った、ワイルドな色気を持つ男性だ。頬に刀傷があり、立派なひげが生えていた。
この男性に見覚えがあった。
私が出演する劇によく来てくれた方だ。なぜここにいるのだろう。
ハーマイオニーも気がついたようだ。
1日に2本劇をやる場合、ハーマイオニーが出演している劇の時間が後になる。この男性は後の劇も見ていたのだ。
着ている衣装は殿下と同じ、白のスーツで、乗馬ブーツも白だ。
「ちょっと格好をつけすぎたかもしれません」
男性は言った。
私たちは互いに見合う。低くて、よくとおる声。殿下の声だった。
「セシル殿下……ですか?」
ハーマイオニーが言った。
「ええ。どうです? なかなかのものでしょう」
殿下と声をあわせるように、ロイドが自慢げにうなずいた。
「す、すごい」
リンジーが感嘆の声をあげる。
「そうです。そうです。もっと褒めてくださって構いませんよ」
ロイドが微笑む。
「皆様にはこれから演技をしてもらう予定です。いつもと違った格好のほうが、やりやすいかと思いまして」
殿下が髭をさわる。付け髭なのだろう。
殿下の変装はロイドがやったものなのだろう。変装に時間がかかるから、夜の部にしたということか。
ロイドの正体をようやく思いだした。彼は俳優ではなく、メイクの重鎮だ。それも、特殊メイクで名をはせた方だ。演技の本で読んだことがあった。
なぜ変装して、私の劇を見に来たのか。その後のハーマイオニーの劇を見るためだろう。変装は、忙しい公務を抜けるためにやっていたのかも知れない。
ロイドが声を張った。
「今回はこちらからお題を出します。殿下と一緒に馬に乗っていただき、告白をしていただく即興劇です。告白のセリフ、内容は各自決めていただき、それを拝見させていただきます」
令嬢たちはざわつく。新聞記者の予想は当たっていた。政治を化かし合いだとするのならば、王太子妃に必要なのは演技力。だからハーマイオニーや私、演技経験者、演技がうまいリンジーが残っているのだ。
まてよ。私から見たら、ドラクロア【強肩のドラクロア】はすさまじく才気あふれる演技をした。では、なぜ、彼女は選ばれなかった? ほかにもなにか隠された評価条件があるのかも知れない。
そして私は、なんでバチェラーに呼ばれたのかようやくわかった。
演技の比較対象として呼ばれたのだ。
それだけでも、光栄なことだ。
ハーマイオニーを盗み見る。なにかを考えている表情だ。すでに頭の中で演技を組み立てているのだろう。
このバチェラー。ハーマイオニーが圧倒的に有利だ。むしろ、ハーマイオニーを勝たせるために仕組まれていると思うぐらいだ。後は未経験のリンジーとニーナがどこまでやれるかだが。
振り返ってニーナを見る。
「やばい。白馬の変装殿下、かっこよすぎ」
私は、ため息を漏らす。
「ニーナ。どのような演技をするか、すこしは考えている?」
「ううん。今回もなにもしない。私なら大丈夫でしょ」
「……。それで他の令嬢に勝てると思っているの? ハーマイオニー様だっているのよ」
「うるさいなあ。殿下は私の顔が好みとか、そういうことなんでしょう」
「一緒に考えるから、演技だけはやりましょう! ねっ?」
ニーナは私が肩に置いた手を払いのけた。
「うるさい!!! 恥をかきたくないし、失敗したくない!! 見世物みたいになりたくない!! でも私は、殿下に選ばれるの。わかった? 姉さまがそんなだから、私がこんなに頑張らなきゃいけないんじゃない!!」
確かに美貌があれば、私が頑張ればいいだけなのだ。
「余計なことを言ってごめんなさい」
「私は姉さまと違って演技なんてできないわ! する気もない! 貴族の娘なのに、演劇なんて労働しないといけないなんて恥ずかしくてたまらない!! ほんとうに、嫌!!!」
声が大きい!! ハーマイオニーに聞かれたらどうしようかと思ったが、案の定だった。
ハーマイオニーが妹の額に頭突きせんばかりに近づき、すさまじい眼光で射貫いた。殿下も馬に乗って、柵まで突っ込んできた。
ハーマイオニーが言った。
「ほんっっっと。あなたみたいな人は大っ嫌いっっっなの。貴族だからなんなの? 土地の問題を解決したり、経営について考えているよね。それは労働と何が違うの。殿下だって、これから王になって、国の為に働くのよ。あなたの屋敷で世話になっている侍女やメイドも、労働してるってバカにしているの? アニマが働いたお金で、なんとかやっていけてるのに、どうしてバカにできるの。偉そうなあなたにはいったいどれほどのことができる? 言ってみなよ」
なぜ、ハーマイオニーが我が家の懐事情まで知っているのか疑問だった。それになぜ、こんなにも嬉しい気持ちが沸いてくるのか、自分でもわからなかった。
「殿下に選ばれる有力候補だからって調子に乗ってますよね。今のは姉さまに言ったので、ハーマイオニー様には関係ない! 引っ込んでいてくださいよ!!」
殿下は馬を落ちつかせ、黙って聞いていた。
ハーマイオニーと妹はにらみあっている。
「すみませんハーマイオニー様。私から言って聞かせます。どうかお許しください」
間に入って、あたまを下げた。
「演劇のことを何も知らないで、馬鹿にするやつが私は許せないのよ! 働くことをバカにする奴もね。もう一度同じようなこと言ったら、はっ倒すからね!」
妹は去っていくハーマイオニーの背中にべー、と舌を出した。
殿下はハーマイオニーを見て言った。
「ありがとう。しかし、俺の言うことがなくなってしまいましたよ。すこしはとっておいてほしかったですね」
「殿下の変わりに口を動かしたまでですよ」
ハーマイオニーは口角をあげた。
「ほほっ。素晴らしく盛り上がる余興をありがとうございます。早速はじめさせていただきますね」
ロイドが抜群のタイミングで入ってきてくれた。拍手したいぐらいだった。
息を吐いていると、後ろから足音が聞こえる。
振りかえると、ドラクロアとヴィヴィアンがやってきた。
「やぁアニマ。せっかく王城に来たんだし、見て帰ろうと思ってね」
ドラクロアが言った。
たしかにふたりはバチェラーの関係者ではあるが、元関係者だ。
追い出されないかハラハラとする。
「あらあら。どちら様かと思ったら、殿下から選ばれなかった方々じゃない。どのツラさげてやってきたの? ここは部外者は立ち入り禁止なの。さっさと帰ってよ」
ニーナが見下しながら、得意げに言った。
ヴィヴィアンがピンクの髪をさわりながら、笑った。
「この人、典型的な嫌な奴の演技が上手すぎて笑えますね」
「なによ! 殿下ー! ここに部外者がいます!!」
ニーナは得意げに手を振る。
殿下は馬でこちらに近づいてくる。
「ドラクロア嬢、ヴィヴィアン嬢。なにをしているのですか?」
殿下の声は心なしか重く感じた。
ニーナがその場ではしゃぐ。
「そうですよねー。殿下、この邪魔者たちを追い出してくださーい! 邪魔、じゃまぁー」
「ふたりともよく来てくださいました。そんな遠くにいないで、もっと近くで見てください。おふたりは大切なバチェラーを戦ってくださった方です」
殿下は笑顔で去っていく。
ニーナの馬鹿にした表情がはがれ落ちた。
「だってさ。残念だったね」
ドラクロアが言って、ヴィヴィアンが笑う。
「姉さま、この人たちも感じ悪い! 感じ悪い人ばっかり!! 話さないでね! ムシムシ!」
私は苦笑いして、ふたりに良い位置を譲った。
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