第21話 マシューの悪だくみ

 僕の執務室に来た執事は喉に何か詰まったような顔をした。


「なにか喉に詰まった――」

「金庫があと半年ほどで空になります」

 執事は僕の言葉をさえぎって、言った。


「喉は、平気か?」

「喉は問題ありません。金庫です。問題は」



「状況を確認したい。僕はお金持ちの男爵だ。あっているか?」



 執事は喉に何か詰まったような顔をした。

「やはり、喉――」

「違います。当家バーナード領は火の馬車に油がまかれ、森に突っこむような状態です」

「その例えのわかりにくさは……喉からきているものか」



 執事は額につぶの汗をかいていた。

「暑いのか? 窓をあけようか」

「たしかに、窓をあけたほうが良いようです」

 執事は窓をあけて、言いにくそうに、顔をしかめ、喉に何か詰まったような顔をした。


「やはり、暑さではなく、喉か?」

「喉から、いったん、離れましょう。金庫のことをお話ししてもよいでしょうか」

「わかった。しかし、喉は大事だぞ。疎かにはするな」

 執事はうなずいたような、首をかしげたような、微妙な角度で首を振った。


「アニマ様が以前当家をおとずれた際、事業計画をたててくださったのです。その件を進めとうございます」

「待て。アニマは演劇をやっていたな。なぜ、事業計画などを立てたんだ? 俳優という仕事は事業計画を立てる仕事なのか」

「当家の歴史、問題点などを注意深く傾聴くださり、それから、なにも言わず、事業計画をその場でかき上げられたのです。こういったことをどこで学ばれたのか伺うと、本で読んだ、と。聞くと膨大な数を読破されていて。できあがったものも素晴らしい計画でした」

「そうだったか。しかしアニマを呼ぶことはできない。ケイティが怒って出て行ってしまったらどうするんだ」


 執事はだまった。喉に何か詰まったような顔をしていなかった。



「喉の具合はいいようだな。しかしお前も頭が悪いな。アニマが事業計画を作っているなら、その通りにバーナード領を立て直せばいいだろう」


「計画にはアニマ様の演劇ギルドの給料も入っておりましたし、完成版ができあがる前にアニマ様が屋敷に来なくなったので、続きを相談したいのです。また、あの時と状況がかわって、ケイティ様のその――。ドレスや宝石代が相当な額になっております。それに、最初はみんなアニマ様を怖がっていたですが、屋敷中の使用人と粘り強くコミュニケーションをとってくださり、いつの間にか、みんなアニマ様が好きになってしまいました。いらっしゃらなくなり、さびしくて仕事の指揮も下がっている状態です」


 執事は言いたいことを言えたからか、すっきりとした顔をしていた。


「アニマよりもケイティの方が可愛いから、使用人の指揮が上がっている、の間違いだろう? 可愛いは正義だ。復唱してみてくれ。せーの。カワイイは正義だ」



 執事は喉に何か詰まったような顔をした。

「喉――。おまえ、まさか、その喉わずらいはケイティがかわいすぎるからか? だめだぞ。ケイティはわたさない」


「よくお考えください。このままでは間違いなく破産です。そうしたらケイティ様はどうなりますか。どうかアニマ様を連れてきていただけないでしょうか」


 僕はブロンドの髪をかきむしった。


 ケイティの部屋へ行って事情を説明した。

「アニマって女をこの屋敷に連れてきて、お金と領土を管理してもらうってことね。別に……構わないわ」

「ありがとう。さすが僕の可愛いケイティだ」

「その代わり、もっとドレスと宝石が必要ね。アニマって子の立場をわからせるために」

「……わかった。明日、また、商人を呼ぼう」

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