第12話 最後の1人と1日目のバチェラー終了

「あとお1人だけ、選ばせていただき、終了とさせていただきます」



 殿下の言葉にヴィヴィアンは気を失いそうになっている。リンジーがヴィヴィアンを支えた。ドラクロアは唇を噛み、血が出そうになっていた。




 心臓に悪すぎる。肌がすこしずつ切り刻まれていくようだ。





 私は大人しく、下を見ていた。






 染みやほこりひとつない白い絨毯を凝視していた。

 うっすらと入った絨毯の模様がぼやけて見えて、あたまがくらくらとした。






 今殿下は最後の1人を選んでいるところであろう。









「――マ嬢」

「えっ?」

 顔を上げると殿下と目があった。微笑んでくれた。






「は、はっ?」






 見渡したら、みんなが私と殿下を見ていた。






 えっ……。私! な、なぜ?????





「アニマ嬢。バラを、もらっていただけますか」


 急いで駆けよって殿下の耳元で話す。

「私は悪役令嬢役。振られ役として呼ばれたのではないのですか」

「誰がそんなことを言いました? 言った覚えはありませんよ」


 驚いて、微笑む殿下の顔を三度見たが、平然としていた。たしかに……振られ役と言われたことは……なかった。




 ヴィヴィアンを見る。




 既に泣き出し、リンジーに介抱されていた。


「私はここで終わりでかまいません。そのかわり、ヴィヴィアン様を選んでください」

「いいえ。アニマ嬢、あなたが2日目に進むのです」






 顔は醜くゆがんでいるに違いない。




 だれも見ていなければ、髪を振りみだし、叫びたい!



  

 なにもわかっていなかった。バチェラーの厳しさのこと。



 ここまで強い思いの令嬢が落とされ、私が2日目に進む。





 わかっている。これは、殿バチェラーだ。





 個人の思いなど、関係がない。殿下のお考えが、すべてなのだ。



 わかったうえで、殿下はバチェラーを選んだ。






 なんという、残酷な、バチェラー見世物なのだろう。






 殿下に良くしてもらったことや感謝が、形を変え、変容していった。






 ここでバラを受け取らなくても、ヴィヴィアンが選ばれることはない。ならば、私は、タウンゼント家のため。妹のサポートをするために。






 2日目に、進むべきなのだ。






 泣きじゃくるヴィヴィアンを振りかえった。







 なんとか、声をしぼり出す。





「……承知いたしました。ありがとうございます」

 殿下と目を合わせず、バラを受け取り、席に着いた。妹とヴィヴィアンの強烈な視線を感じたが無視した。




 ロイドと殿下が目配せする。


 ロイドが片眼鏡モノクルを持ち上げた。

「バチェラーの1日目はこれで終了となります。2日目は1週間後に開催される予定です。それまでは自由にお過ごしください。また、残念ですが、ここでお別れとなってしまう令嬢はご起立ください」



 2日目にすすめなかった令嬢たちが立ち上がる。

 城内はヴィヴィアンの忍び泣く声だけが響く。ヴィヴィアンはリンジーに支えられ、かろうじて立っている状態だった。



「なにか殿下に一言伝えたい令嬢は前にお願いいたします」

 ロイドが言った。




 ドラクロワは一番に殿下の前に進んでいった。

「私は殿下よりも素敵な男性と結婚します。その時に後悔しても、私はもう手に入りませんよ。人は失ってはじめて、価値に気がつくものだそうですから」

 笑みをたたえてお辞儀カーテシーをして、ドラクロアは颯爽と去っていった。





 ヴィヴィアンは片足を引きずるように殿下に近づこうとしたが、リンジーに首を振って、出口を指さす。その一挙一動を皆が見守った。ヴィヴィアンは一度出口に向かったが、思いなおし、リンジーの肩から離れ、殿下に向かっていった。


「好き……でした。あり……がとうございます」

 殿下は小声でなにかを言った。


 たぶん、ごめんなさいとか、申し訳ない、とかそういった言葉を。



 ヴィヴィアンはリンジーにつられ、退出した。





 私は天井のシャンデリアをにらみつけるように、見つめ、そっと、目を閉じた。











 ニーナの帰る準備が遅い。置いて行かれないように馬車の隣で待っていた。

 もう日が暮れかかっていて、王城には最後の光の残滓ざんしが届いていた。



 

 白いスーツを着た男性が、ローズガーデンに向かって走って行った。


 虫取り網を構えている。




 気になったので、後をつけた。



 

「殿下、なにをしているのですか」

「あ、アニマ嬢ですか! しぃぃ!」

 殿下は、ローズガーデンの近くの花壇を指さす。


 そこには赤と黄色の美しい模様の蝶々がとまっていた。


 殿下は指を指し、どうやら蝶を捕まえたいということがわかった。




 なんで急に!? 蝶を捕りはじめたの?




 殿下が文句ありげな視線を送るのでだまっていた。


 

 殿下は器用に網をかぶせ、蝶を捕まえた。持っていた籠に移す。




「失礼。めずらしい蝶がいたので」

「蝶が好きなのですか」

「いいえ。弟に見かけたら是非捕まえてほしいとお願いされていたものですから」

「弟思いなのですね」

 私の言葉に、殿下は考えこんだ。


「……どうなのでしょう。なぜか蝶のことを考えてしまいました。弟の願いを叶えたことで蝶は外での自由を奪われます。結局なにかを成すということは、なにかを奪うってことでしかないのでしょうか。そうではないと信じたい部分があります」

 殿下は不器用な笑みを作った。



 言いづらそうに、殿下は額に手を当てた。

「先ほどは、辛い決断を強いてしまってすみません。ヴィヴィアン嬢には後でフォローしておきます。それが彼女にとって良いことなのか、わかりませんが」

「いえ。大丈夫です。私……殿下のこと、誤解していたようです。失礼な態度をとってしまい、申し訳ございません」

「誤解されるようなことをしているほうが悪いのです。2日目も楽しみにしています。どうか気をつけてお帰りください」



 お辞儀カーテシーをして、お別れする。



 殿下は、バチェラーをするには、軽薄さと、浅はかさが足りない気がする。



 そもそも、私はなぜ、バチェラーに呼ばれたのか。殿下はなぜ、妃を選ぶためにバチェラーを選んだのだろうか。






 2日目に参加するメンバー

 ニーナ 【妹】

 リンジー 【みんなのお姉さん・マイペース令嬢】

 ハーマイオニー 【看板女優令嬢】


 そして――、アニマ!!!!! 【悪役令嬢】 ←なぜ?!!!!!



 

 2日目への火蓋が切って落とされた。果たして、殿下に選ばれる妃はだれになるのか。

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