第4話 ちょっとお待ちくださいね。いま、悪役令嬢を降ろしている最中ですから

 私は殿下の馬車に乗りこんだ。

 衝立があると思ったが、なかった。

 


 殿下は一番奥の席に座っていて、私にぎこちなく手をあげた。真っ白のスーツを着ている。銀髪で白く美しい肌の殿下は絵になった。



「……とてもよく、お似合いです」

「世辞は間に合っています。残念ながら、バチェラーの加点にはならないのですよ」

 そう言いながらも、殿下はすこしだけ楽しげだった。


「それは残念。褒め言葉は貴重なので、返していただきたいものです」

「ふふっ。どうやって返せばいいのですか? 仕方がないですね。もらっておくとしましょう」

 あれ……。なんとなく、軽口が叩けるようになってしまいました。私が笑うと、殿下も笑いを我慢するように、口もとを隠した。



 私の前にロイドが座った。

 ロイドの爪に黒や赤の色がついている。なんだろう。絵の具でしょうか。



「馬車でお越しくださり、助かりました。なぜ私を迎えに来てくださったのですか」

「気になさらないで。バチェラーに無事参加できるように、サポートをするのがホストの役目ですから」

 私の目は見てくれないが、からだの向きだけはあわせてくれた。


「ご厚意に感謝いたします」



 ロイドが御者に合図して、馬車が動き出す。



「そのドレスでバチュラーに参加なさるのですね」

 殿下がこちらを向いた。


「さようでございます。私のような黒い髪には、濃紺の暗い色のドレスぐらいしかあわせるものがないのです。妹のニーナのように華やかな顔立ちはしておりませんので」

 私の言葉にトゲを感じたのか、殿下は眉をよせた。


「あなたの妹をバチェラーに選んでしまって、申し訳なく思います」

「なぜですか。バチェラーに誰をまねこうと殿下の自由です」

「それと、ドレス。とてもよく似合っています。バチェラーへ参加してくれて感謝しております」



 唐突な褒め言葉に対応できず、うろたえてしまった。ロイドは楽しげに見つめてくる。



「そ、それで! 本日はどのような悪役令嬢を演じればよろしいのでしょうか」

「あなたに任せます。好きなように演じてください」

「その様な指示は、はじめてです」

「二言はありません。自由に、好きにやってほしい」

「承知しました。そのように致します」



 



 王城の正門前に着くと、すごい人だかりが出来ていた。

 殿下の馬車を見ると、こちらを取り囲むように円ができた。


「誰もが浮かれていますね。結婚が決まる祭りだから、当然ですね……」

 殿下のぼやきに私が返す。

「殿下が一番浮かれていないように見えます」



「ここで当事者が、たくさんのご令嬢から、いちばん美人のひとりを選ぶぞ! ヒャッホーイ!! と言っていたら、あなたはドン引きしませんか」

 唐突な殿下のテンションの変わりように、戸惑う。

 

「いえ、それが王族の一般的なリアクションな気がします。ただし、面白みに欠けますね」

「ふふっ」

 殿下が楽しげに笑う。ロイドもつられた。


「さあ、行きましょう。すみませんが、アニマ嬢はいちばん最後に出てください」

「承知いたしました」


 

 ロイドが先にでた。

 次に殿下が馬車から出ると、歓声、悲鳴、嬌声が上がる。




 殿下が馬車の階段の下で待っている。



 そして、私に手をのばす。



「えっ」

「さあ、手をとって」

 殿下が私に向けて、手まねきで合図する。



 手袋ごしではあったが、はじめて、手が触れる。

 細くはあるけど、大きな手。

 私はほんのすこしだけ、その手に力を込めた。



 馬車をおりると、すさまじい嬌声、悲鳴に囲まれる。

「誰なの! あれは」「ドラキュラ・タウンゼントだ!!」「噂の死神嬢じゃない!」「なに、あの顔」「なんで、殿下と同じ馬車に……」「まさか、バチェラーに呼ばれたの?」



 おぞましい女の憎悪に当てられる。結婚という己の正義の為なら、人の心を殺しても良いという歪んだ感情が渦巻いている。

 ニーナが端にいて、ただ、私を見ていた。


 言葉の端々に、あたまをぶん殴られたようだ。目の前がぼやけ、立っていられずに、ふらついた。







 あ。だめだ、気を失う――。








 そこに――。










 がっしりとした腕が、回される。




「しっかりしてください! アニマ嬢!」

 殿下だ。殿下が私を支えてくれた。




 なにこれ。私を守ってくれる王子様。こんな素敵な場面、私には一生訪れるはずはないと思っていたのに。



 

 なにか、水のようなものがぽとり、と私の頬に垂れる。



 殿下のお顔を見る。びっしりと額に浮き上がるものがあった。




 殿下の汗だった。



 私が怖くて、汗をかいていらっしゃるのだろう。


 


 令嬢や記者は騒ぎ、私に侮蔑の視線や暴言を吐いてくる。




 殿下がはっとして、大声をあげた。

「黙れ!!!!!!!!」






 音が――なくなった。





 世界が押し黙ったかのように、静けさが広がる。





「バチェラーに参加する令嬢にケチをつけるということは、選んだ俺にケチをつけるということ! それになんという汚い暴言。許せない……」



 冷静だと思っていた殿下の印象がかわる。怒っている。それも、強い感情で。

 令嬢たちは青ざめ、うつむく。もしくは暴言を吐いた口を扇子で隠す。または私はなにも言っていませんと、胸をはっている方など様々だった。



 殿下はもしかして私のために怒ってくれたのか。今まで私のために怒ってくれた人などいただろうか。



「大丈夫ですか! 気をしっかり! アニマ嬢!!」

「え! は、はい! 大丈夫です!?」



 殿下は私を立たせると、私の腰を支えていた自分の腕をじっと見つめている。蕁麻疹じんましんとかがでていないと良いのだが。



「さあ、アニマ嬢。演技しごとを開始しましょう! あなたのなかの悪役令嬢はこのままでは済まさないですよね」 



 私はふらつくあたまを振って、殿下にうなずく。



 私はゆっくりとからだを折り曲げ、その衝撃に備える。





 息を大きく吸って、吐いた。






 胸の奥に、感覚があった。




 まわりから息をのむ音が聞こえた。




 

 今まで演じてきた数々の悪役令嬢たちを、私のソウルに宿した。

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