2章 バチェラー1日目

第3話 タウンゼント家

 殿下にバチェラーに招待いただき、タウンゼントの屋敷に戻ると、侍女やメイド達が走り回っていた。


「何事ですか」

 私が聞くと、1人のメイドが答えた。

「お嬢様がバチェラーに参加されることが決まった為、準備をしています」



 私がバチェラーに参加することを知っている! 情報がはやいですね。



 ハニーイエローの豊かな髪をなびかせ、お母さまがやってきた。

「アニマ、バチェラーの参加が決まったと連絡がありました。悲願ね。タウンゼントの未来は明るいわ」


 お母さまの心からの喜ばれ具合に、バチェラーに参加して良かったと思う。

「はい。ただし私は悪役令嬢役でバチェラーに参加する条件を出されています」

 


 お母さまの顔が曇る。たしかに。悪役令嬢役など、ただの道化役にすぎないのだから。



「冗談でしょう。貴方が参加できる訳ないじゃない。バチェラーに参加するのはニーナよ」

「ああ、そうですよね。……って。えっ! ニーナも参加するのですか!」



 母と同じ華やかなハニーイエローのつややかな髪を揺らして、ニーナが階段を駆け下りてくる。

「そうなの! 大変なのよ、姉さま!! 殿下は私との結婚を望んでいるみたいなの!」

「だめっ。ゆっくり下りなさい! 転んでお顔に傷がつきでもしたらどうするの!!」

 お母さまがニーナに笑いかけた。


「アニマ。いつまでそこで突っ立っているの。ニーナが殿下と結婚できるように協力しなさい。あと、はやく出して! わざわざ言わせないでよ」

 お母さまは手のひらを差し出した。私はそのうえに給料袋を置いた。


「すくないっ。ま、あるだけましね。タウンゼントの未来はニーナが殿下に選ばれるかどうかにかかっているわ。あと、宝石商と仕立屋も呼ばないと……ああ、忙しい」


 お母さまは給料袋の空をメイドに渡して、ニーナの自室にむかって階段をあがっていった。



 


 私は自室に入り、ひびの入った鏡台の前に座った。


 自分の顔を見つめた。漆黒の重い髪、つり上がった眉毛。つり目に赤い瞳。まるで伝承にある吸血鬼みたいな見た目だ。

 お父さまの容姿を大きく受け継いだ私と、美しいお母さまの容姿を受け継いだ妹。



 

 私はため息を漏らす。

 婚約破棄のことを伝えなければ。バチェラーに参加することも。





 妹の部屋をノックする。

「お母さま、ちょっとお話があります」


「遅い! はやく手伝いなさい。アニマ」

 お母さまがなかから出てくる。妹と侍女がドレスをたくさん出して、話していた。

「すみませんが2つ、お話がありまして」

「なんなの。忙しいのよ。はやくして」




 私はつばを飲みこんだ。





「実は……。あの、マシュー様と……婚約を……解消……しました」

「何ですって! あなた……が悪いのでしょう。ちゃんと謝ったのでしょうね!!」


 お母さまは私の首をしめんばかりに、飛びかかってきた。


「ご両親が、反対している……ということでした」

「……せっかく結婚までこぎつけられると思ったのに。このままでは本当に結婚出来ないわよ!! どうするつもり! 殿下とニーナが結婚してくれないと本当にタウンゼント家は終わりをむかえるわ」

 お母さまが頭をかかえた。


「それで。もうひとつは何?」



「私もバチェラーに参加することになりました。悪役令嬢役としてですが」



 お母さまは鬼の形相になった。

「何よ!!! 結局振られる道化役じゃないの!!! くだらない。ちょうどいいわ。あなたがニーナと殿下が結婚できるように、バチェラーのなかで上手く動けばいいじゃない!! そうしましょう」

 

 私はせっかく招待くださった殿下のことを思わないでもなかったが、まぁ、悪役令嬢を演じろと言われているし、妹を応援するのは条件には反しないだろうと思った。

「はい。そのようにいたします」






 あっという間にバチュラー当日となった。家族総出でニーナの準備にとりかかって、私の準備はほとんどできなかった。もともと、ドレスも、ニーナに比べて、10分の1もないので、選ぶ手間などないのだけれど。



 早朝に、バチェラー開催場所の王都に馬車で行くことになっていた。


 朝5時に起きて、物心ついた時からずっとおこなっているルーティンをこなす。

 古代為政者が残した本、マナー、歴史、経営、哲学に関する本を読む。

 それから、剣術、馬術訓練、腹筋、腕立て伏せのトレーニングをする。

 みずからの顔に、つまり、未来に期待をしなくなってから、できることはなんでもしようと思った。 



 舞台に立つようになってからは発声練習と台本を想起して、セリフを頭に叩き込むことを追加した。



 バチェラーの準備の為、今日のルーティンは手早く切り上げる。

 自分の侍女はいないため、お母さまの侍女に支度を手伝ってもらった。

 大変に迷惑しているという態度を隠しもしなかったので、申し訳なかった。私の仕事は埒外だ。気持ちは痛いほどわかった。終わったあとに彼女が好きなお菓子を渡すと、ため息が漏れた。




 準備が終わって、そろそろ出発かなと思ったが、ニーナが呼びにこない。

 


 異変に気がついて、パニックになった。




 お母さまの寝室をノックする。



 出てこないので腕を力一杯、振り下ろした。




 眠たげなお母さまが出てきて、私をにらむ。

「お母さま、馬車がないのですが」

  

「あなた、まだいたの? ニーナはとっくに出発したわよ」

「そんな、ニーナと一緒に馬車で行く話だったではないですか!」


 お母さまはあくびをした。

「そんなことを言われたって困るわ。自分で何とかしなさい。もう寝るわね」


 王都までは2時間近くかかる。間に合わず、バチェラーは不参加にさせられてしまうかもしれない。


 


 私がなんの為に、顔の造形が変わるまで悪役令嬢をやって、タウンゼント家の将来を憂いているのか。

 湧き上がる強い感情に支配されそうになる。

 手をつぶすほどに、力を込めた。



 息をゆっくりと、吐いた。



「……わかりました。自分で何とかいたします」


 私はドレスの裾を持って階段を駆け下りる。まずは馬手に相談しようと思った。

 しかし、馬を借りてもドレスを着たまま乗ることはできないし。どうするか。いっそ、男装で馬に乗って、王宮で着替えをさせてもらうか。いや、それは失礼すぎる。ドレスもしわくちゃになってしまうだろう。




「ほほっ。お困りのようですね」



 玄関に見慣れた男性が立っていた。その横で困惑したタウンゼントのメイドがいた。


「まあ、ロイド様。どうしてこちらに」


「なにかお手伝いできることがあるかと思いまして、殿下と共にお迎えに上がりました。どうやらお困りのご様子。よろしければ一緒に王都に参りましょう」



 なぜ、殿下が私をむかえにくるの? その疑問も消しとぶほどに心が揺れ、私の胸は温かさに満ちた。

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