第2話 殿下の魂(ソウル)をもらいうけます!
「あなたを我がバチェラー(王太子妃決定婚活バトルロワイヤル)へお誘いに参りました」
「えっ……」
バチェラーとは、王族が結婚相手を選ぶために、令嬢を集め、たった1席しかない妃の座を奪いあう婚活祭りだ。
私、まさか! 王太子妃になれるチャンスがあるってこと?
そうなるとお金が湯水のように流れ込み、我がタウンゼント領の資金難も解消され、王太子妃として、たとえ顔が怖くても……まぁ、許容されるだろう。されるか? まあ、されるか。なんと素晴らしい未来であろうか。美しい顔立ちであろう(想像)殿下と私なら、もしかしたら、それなりに見られる顔の子がうまれるのでは……。
「それと」
殿下のお声に、私は妄想のふたを閉じ、頬をぺちん、と叩く。隣の男性がすこし笑ったような気がする。バカにするというより、楽しげだった。
「なんでしょうか」
私は居住まいをただし、せき払いをした。目の前には衝立があるだけなのだが。
「バチェラーには悪役令嬢枠として参加してほしいのです」
「はぁ……」
生返事をしてしまった。
「バチェラーの悪役令嬢役とは、なにをするものなのでしょうか」
「悪役令嬢となってバチェラーの盛り上げ役をやってくれれば結構です。国民や新聞記者たちは大喜びするでしょう」
一瞬で悟った。ピエロ役だ。みんなの前で振られ、笑われる役を求めているのだ。浮かれた頬の熱が、急速に冷めた。
「ちなみに俺は、悪役令嬢は好きではないのです。悪役令嬢という言葉さえ、この世には必要ないと思っています! むしろ、むしろ、唾棄すべきものだとさえ思う!!」
これは顔が怖くて悪役令嬢役しかさせてもらえない私への当てつけ? それに悪役令嬢役で呼んでおいて、必要ないってどういう意味??
「あっそれと勘違いをしないほしいのですが。バチェラーに参加するからといって、あなたを愛すことは絶対に、ありません。それだけはわかっておいてほしいのです」
いつもだったら笑って流せる。当たり前に浴びせられ、当然の権利のように降ってくる、私への暴言。
ただ、雨が降ってきたかのように傘で受けとめ、滴を振りはらうだけだ。
足もとは、濡れてしまうが。
今日は違った。演技はうまくいかず、マシューにも婚約破棄をされ、あげく、私は。
――期待をしてしまった。
この私が、王太子と一緒になれるかもしれないと。
夢を見てしまった。
私の奥歯はすりつぶされ、砕かれるのを待つ寸前。顔がぴくぴく動くのを止められない。
私の足もとは、すでにずぶ濡れだった! おおきな水たまりに足をとらわれていた。
「じゃあなんで!!!!! 私をバチェラーに呼ぶの!?!!!!!!!!!!!」
私は、勢いよく立ち上がって帰ろうとするが、膝が大きくぶつかって、衝立を倒してしまった。殿下に向かって衝立が倒れていく。
――やってしまった。
ぞわり、と背中をいやーな汗がつたっていく。
「無礼を働いて誠に申し訳ございませんが、バチェラーには参加しません。これで失礼いたします」
「待ってください」
殿下が倒れた衝立に挟まって、顔を半分しか出さないで、言った。
蒼と白みの入った美しい銀髪に、沈む太陽の最後の線のような、優しく淡いトパーズのような瞳。すっとのびた鼻。はじめて見る殿下のお姿は脊髄が痺れてしまうほど素敵だった。顔の半分しか見えず、しかも、衝立に挟まれた状態で、これ以上の美男子はいないのではないだろうか。
しかし、大量の汗を掻き、手がふるえ、私をまっすぐに見つめることも出来ないみたいだ。
――なんだ。この方も。
ただ、私が怖いだけなのだ。
「あなたは絶対に自分に来た仕事を断らない。そして、悪役令嬢という役にプライドを持っている。そうですね」
「え、ええ」
「そんな貴方に、悪役令嬢役をやってほしいのです」
「私の事が怖いのですよね。他の方に頼まれてはいかがですか?」
「あなた以上に、演技がうまい人はいない」
私の心臓が高く跳ねた。が、首を強く振る。
「私はやりません。バチェラーは演劇ではないのですから。もっと真剣で切実な、結婚の儀式でしょう」
「いいえ。バチェラーは演劇そのものです。そこに出演してもらうだけ。もちろんお礼はさせていただきます。劇場から貰っている3年分の給料を出――」
「でます!!!!!!!!!!!!!!!! いまから、すぐにやれますよ!!!!」
殿下の会話を遮る。そして、殿下を起こそうと手を伸ばすが、殿下は私の手をとらなかった。隣の男性が衝立を起こそうとしたが、重いためかびくともしない。私は片腕でひょいっ、と衝立を持ち上げて、元にもどした。私を見ていた男性は表情を失った。私は笑みを返す。
衝立により殿下は見えなくなった。
私は胸に手をあてた。
「参加するのは、お金が目当てって訳じゃないです。たしかにお金は大事ですけど。後に私がバチェラーに関することや、殿下を演じることもあるかもしれないので」
そこで、言葉を切った。
「私は殿下の
隣から息をのむ気配がした。
「それは……殿下を殺すって言う意味ではないですよね?」
男性が私に掴みかからんばかりに顔を近づける。
殿下が言った。
「違いますよ。ロイド様。アニマ嬢は演じた役や本などの登場人物を
「なんでそんなところまで知っているのですか」
私が笑うと、殿下も声を出して笑った。はじめて笑った声を聞く。
しかし隣のロイドという男性は何者だろうか。殿下に敬意を払われている。
ロイドという名前に聞き覚えがある。演劇の本で見たような気がする。俳優だったか?
殿下の安堵の声が漏れる。
「アニマ嬢。数々の失礼なことを言ってしまって、申し訳ありませんでした」
ロイドもうなずいて、ニコリ、と笑う。
ロイドが私を見つめていた。なぜ、こんなに私の悪役令嬢役が求められているのかはわからないが、私ははじめて舞台に立ったあの日のように、誇らしげな気持ちになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
セシル殿下は王宮の執務室の椅子に座った。
そして、ロイドに問いかけた。
「それで、あの短い時間で出来そうですか」
「ええ。わたくしのことをだれだと? 可能です。明日、明後日には、立体物でも、平面でも、どちらでもいけそうです」
ロイドはほほえむ。
「さすが、師匠です!」
椅子が倒れそうなほどにとびあがって、セシルはロイドに抱きついた。
「ここでは、殿下と従者という関係なのですから、あまり、敬意をはらったお言葉をしていると怪しまれます。ただし、もっと、褒めてくださってもいいですよ。なにせ、わたくしの腕は他に代えがきかないのですから」
「はい! 師匠は世界でいちばんすごい腕を持っています!」
セシルの言葉にロイドは満足そうにうなずく。
「それで、買収の件はどうなりました」
「ああ……もう褒める時間は終わりなのですね……。――ええ、買収の件は滞りなく完了しました。これで、貴方様の持ち物です」
ロイドはさびしげに首を一振りして、気持ちを切り替えるように言った。
「では、なんの問題もなく、バチェラーをはじめられますね」
セシルの声にロイドは力強くうなずく。
「では、わたくしはこれから、作業にかかりっきりになりますから」
そうして、1週間後に予定通り、バチェラー(王太子妃決定婚活バトルロワイヤル)は開催されることとなった。
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