第36話 敵のアジト


 何者かに操られて、友樹ゆうきを襲ったたけし


 その後、たけしのスマートフォンに入った不審なメールに返信をし、毅を操っていた相手との接触をはかった友樹だったが……。


「……遅いな。十二時を指定したのは相手のほうなのに」


 右京うきょうは小声で告げると、空に向かって息を吐く。


 深夜の学校——その屋上で友樹たちは倉庫の裏に身を隠すようにして見守っていたのだが。


 メッセージの相手は現れなかった。


「なかなか現れませんね。もう一度メールしますか?」


 匡孝まさたかは提案するが、明音あかねは頭を振る。


「いや、もう少し待ってみよう」


 そう言って、さらに待つことを覚悟したその時だった。


「——あ、来ました」


 階段をのぼる足音が聞こえた。


「おい、あれは……」


 そして屋上に現れたのは、友樹たちのよく知る人物だった。


「まさか! あれは生徒会長?」


「兄貴がどうして」


「とりあえず、しばらく様子をみましょう」


 友樹たちが見守る中——いつもより暗い顔をした生徒会長は、毅を見るなり低い声で告げた。


「おい……友樹はどこだ? 友樹を拘束したと聞いたが?」


「友樹兄さんなら、ここにいます」


 毅は生徒会長を倉庫の中へと導く。


 倉庫には手足を縛った友樹の姿があった。

 

 が、生徒会長が倉庫に入った瞬間、ガシャン——と音を立ててドアが閉まる。


「なんだ!?」


 ドアの前には、右京や明音がいた。


「もう逃げられないぞ、兄貴」


 自分で拘束を解いた友樹が告げると、生徒会長は苦々しい顔で口を開く。


「お前たち、俺をはめたのか?」


「まさか鉢植え騒動を起こしたのが兄貴だったなんて……」


「ははは、バカだな。こんな罠に引っかかって」


「なんだ? 煙が……」


 その時、ふいに足元から煙が湧いたかと思えば、倉庫が白いもやに包まれる。


 視界が悪くなり、友樹たちが顔をかばうようにして立つ中、生徒会長は不穏な言葉を吐き捨てた。


「これで邪魔なやつらを一掃してやる」


 生徒会長は高らかに笑い、そしてその場に崩れ落ちた。


 理解できない状況に、明音あかねは咳き込みながら告げる。


「な——ゴホッ……どういうことだ? 生徒会長が仕掛けたんじゃないのか?」


「生徒会長も操られていたということですか?」


 匡孝がハンカチで口元を押さえながら誰となく告げると、明音は苦しげに告げる。


「もしかして、最初から見ていたんじゃ?」


「その可能性はありますね。だったら、今も見ているかもしれない」


「お前たち、この煙を吸うなよ」


「難しいことを言わないでください、友樹さん——ゴホッゴホッ」


 匡孝が苦しそうに咳き込む中、最初に倒れたのは毅だった。


「う……」

 

「毅さん!」


 倒れた毅に匡孝は手を伸ばすが、近づこうにも煙が邪魔をする。


 そんな中、友樹が告げる。


「おい、殿宮」


「なんですか?」


「俺がこの煙をどうにかするから、魔法の出所を突きとめろ」


「……わかりました」


「水の精霊よ」


 瞳を閉じた友樹の体が、淡いブルーの光に包まれる。


 そして羽のついた親指ほどの小さなヒトガタが煙の中を飛び回った。


「よし、このまま空気を洗い流せ——」


 だがヒトガタの精霊は、悲鳴をあげながら消えていった。 


「なんだ?」


 友樹が目を丸くする中、倉庫に何者かの声が響く。


『悪いが、これは魔法じゃなくて呪術なんでな。魔法でどうにかなるものじゃないんだ』


「なに…?」


『宮廷魔法使いも、これでは手が出ないだろう』


「そうか?」

 

 友樹は再び瞳を閉じる。


 そして「光の精霊よ」と一言呟くなり、周囲は眩い光に包まれる。


『なっ! 呪術を無効化しただと!?』


 煙が消え去った倉庫で、匡孝たちが体勢を立て直す中、友樹は腕を組んでニヤリと笑う。


「残念ながら、呪術も魔法でどうにかできるんでな——殿宮、呪術を使ったやつは検知できるか?」


「できます!」

 

 それから友樹に続き、匡孝がブレスレットを使って呪術の出どころを探った。


 すると、ブレスレットの細い光が、倉庫の外を指し示した。


「いました! 近くで呪術を使ったやつが」


「捕まえるぞ!」




 ***




「どこだ、兄貴を操ったやつは!?」


 倉庫の外に出た友樹たちは、学校を出て市街地に繰り出した。


 ブレスレットの光の先を追いかけてゆくと、そのうちファミリーマンションにやってくる。


「待田先輩、マンションの中です」


 マンションに入ろうとする匡孝に、右京が不安の声をかける。


「不法侵入になりませんか?」


「非常時だ。仕方ない」


 友樹は告げると、マンションのオートロックに手をかざした。


 すると、静電気が走るような音がすると同時に、自動ドアはなんなく開いた。


 明音と右京が唖然とする中、友樹は先頭をきって歩いた。


「待田先輩、この部屋から呪術の痕跡が……」


「そうか。じゃあ、この部屋を蹴破るか?」


 体術の構えをする友樹を見て、それを匡孝が手で止めた。


「待ってください。俺が解錠します」


 匡孝は言うなり、何やら裁縫道具のようなものをポケットから取り出すと、細い針金のようなもので鍵穴を探った。


 そして——。


「よし、開いた」


 満足気な匡孝だったが、周囲はドン引きしていた。


「お前……それ、他で使うなよ」


 友樹が警告すると、匡孝は苦笑する。


「わかってますよ。不法侵入はこれが最初で最後です」


 それから友樹たちはマンションの一室に侵入する。


 だが部屋の主は留守のようで、どの部屋も暗く澱んでいた。


「暗いな。周りがよく見えない」


「光を」


 友樹が手に光の球のようなものを浮かべると、周囲が真昼のように明るくなる。


 彼らはマンションのリビングから個室のドアを次々に開けていった。


「呪術の出どころを発見しました! そこに人がいるみたいです」


 匡孝の言葉で、友樹は部屋の一つに押し入った。


「……これは、どういうことだ?」


 その部屋は、パステルカラーで統一され、ぬいぐるみが散乱したファンタスティックな部屋だった。


 そしてその中心にいたのは——。


「まさかそんな……」


「どうしたの? 待田さん」


 そこにいる人間を見て驚く友樹に、右京が訊ねる。


 すると、友樹はゆっくりと口を開く。


「ノルンの友達がどうしてここに?」


 そこにいたのは、久美の友達である真紀だった。 

 

 真紀は友樹たちを見るなり、悲し気な顔をする。

 

「気づいたら、ここに閉じ込められていたの」


「そうか。お前もさらわれたのか?」


「そうだよ」


「それで、お前を捕まえたやつはどこにいるんだ?」


「さっきどこかに行っちゃった——でも良かった。待田さんが助けに来てくれたのね」


 真紀がニッコリと笑う中、明音が小さな声で訊ねる。


「待田くん、この人は誰ですか?」


「ああ、ノルンの友達の真紀とかいう生徒だ。ノルンがいなくなって、心配して——」


 そこまで言って、友樹は言葉を飲み込む。


 そして匡孝たちが顔を見合わせる中、友樹は考えるそぶりを見せる。


「ちょっと待て。そういえば、どうして真紀はノルンのことを覚えているんだ?」


「なんの話?」


「ノルンがいなくなったと、最初に言ったのは真紀じゃなかったか?」


「そういえば」


「まさか……」


「ああ、バレてしまったか」





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