第35話 乗っ取られた弟
「お前、毅じゃないな」
その場にいた
「さあ、どうでしょうか」
「さっきからそればかりだな」
友樹はため息を落とす。その背中からは、血が滲み続けており、近くにいた匡孝が顔を
そして友樹の弟の姿をした彼は、友樹に指摘する。
「いいんですか? 待田さん。早く救急車を呼ばないと、大変なことになりますよ?」
「なに、このくらいなら自分で治せる」
それから友樹は口早に何かを唱えると、背中に光が灯り——そしてあっという間に怪我が消えた。そのあまりにも鮮やかな魔法に、一部始終を見ていた匡孝は目を瞬かせる。
また友樹の弟の姿をした彼も、少し意外そうに苦笑していた。
「へぇ、あなたも魔法が使えるんですか。王子たちの関係者みたいですね。なら、こんなのはどうでしょう」
その美しさに、目を見張る一同だったが、何かに気づいた友樹が慌てて声を上げた。
「まずい! みんな、花びらに触れるな!」
「え?」
匡孝たちはいっせいに友樹の方を向くが、気づいた頃には遅かった。
「わあ!」
それぞれ、花びらに触れた場所から爆発音が弾けて、匡孝たちはうずくまる。
「痛い……なんだこれ」
「はは、この花びら、面白いでしょう? 開発した甲斐がありました。触れただけでダメージを負う花びらですよ」
友樹の弟の姿をした彼は、余裕の笑みでそう言うもの——その直後、一面を舞っていた花びらが燃え上がる。
友樹の魔法だった。
「植物は火に弱いから、困りますね」
「おい、毅を操っているやつ。毅を返せ」
「嫌だと言ったらどうしますか?」
「こうするんだよ」
友樹は毅の頭上に移動すると、毅の頭を踏みつける。
「!!」
尻もちをつく毅。友樹は間髪いれずに魔法を使った。
「目を覚ませ、毅! 水の精霊よ!」
地面から湧き上がった水が、龍となって毅の首に噛み付く。
毅は苦しげに顔を歪めて、息も絶え絶えに告げる。
「なんなんだ、お前は」
「俺はただの宮廷魔法使いだ」
それから水の龍は毅の体を締め上げると——毅はそのまま意識を落とした。
水の龍が消える中、毅はその場にドサリと音を立てて倒れる。
「毅!」
それから友樹たちが駆け寄ると、毅は苦しそうな顔をしながらも、ゆっくりと起き上がった。
「……俺はいったい?」
「大丈夫か? 毅」
「ここはどこですか? しかも皆さんお揃いで……何をしているんですか? 課外授業ですか?」
「何も覚えていないのか?」
「なんのことですか? どうして俺はここにいるんでしょうか」
毅が不思議そうに周囲を見回すと、匡孝が前に出て訊ねる。
「毅さん、久美さんはどこにいるんですか?」
「ノルンさんですか?」
「無駄だ、殿宮。こいつは操られていただけだ」
「じゃあ、記憶を失う前、最後に会った人を覚えてますか?」
「最後の記憶ですか? 確か生徒会長を探してノルンさんのところに向かったんですが……それ以降の記憶がありません」
「久美さんのところ?」
「はい。屋上から声が聞こえたので、階段をのぼったんですが……そのあたりから記憶がありません」
「階段で誰かと目があったりしなかったか?」
「目、ですか?」
「ああ。暗示は基本、目を使うからな」
「そういえば……兄さん——生徒会長を見た気がします」
毅の言葉に、友樹と匡孝は顔を見合わせる。
「生徒会長……ですか?」
匡孝が再確認すると、毅はゆっくりと頷いた。
「ええ。見つけたと思ったら、そこから記憶がなくなりました」
「ということは、まさか生徒会長が?」
「兄貴が……? そんな馬鹿な……」
「でも、前世の関係者でもないのに、生徒会長にも久美さんの記憶がありましたよね。生徒会長にさらわれた可能性は高いかと」
と、その時。スマートフォンが震える音がした。
それぞれが自分のスマートフォンを確認する中、毅が震えるスマートフォンを手に取る。
「あ、電話だ」
「どうした、毅」
「なんだ……メールでした。でも誰だろう? この人。迷惑メールでしょうか」
「見せてみろ」
「ええ」
「なになに? 『彼らはどうなりましたか?』」
「彼ら?」
「待ってください、この送り主のアドレスは……」
「なんだ?」
「鉢植え落としメールを拡散したアドレスと同じです」
「じゃあ、鉢植え落としを広めたやつが、毅さんに接触を?」
「きっとそうに違いないです。もしかしたら、久美さんを
「メールの送り主と会ってみる必要があるな」
「送り主がどうしたんですか? 友樹兄さん」
「ちょっと複雑な事情があってな。ノルンがそのメールアドレスの主にさらわれたみたいだ」
友樹が説明すると、毅は驚いた顔をする。
「ノルンさんがさらわれた?」
「ああ。だからそのスマホ、少しだけ貸してくれ」
「どうぞ」
「待田先輩、どうするつもりですか?」
匡孝は心配そうに訊ねるが、友樹は余裕たっぷりに笑みを浮かべた。
「俺たちが毅にやられたことにするんだ」
「やられたこと?」
「『友樹兄さんや、王子を捕まえたので、あなたに引き渡したい』……送信っと」
「相手は会ってくれるでしょうか」
「お、もう返信がきたぞ」
「『だったら、深夜十二時時に指定した場所に来い』だと」
「友樹兄さん……行くつもりですか?」
不安な顔をする毅に、友樹は心配ないとばかりに笑顔を作る。
「ああ、もちろんだ」
が、毅は納得しなかった。
「相手が凶悪犯だったらどうするんですか」
「こっちにも凶悪な魔法使いがいるんでな。問題ない」
「だったら、俺もついていきます!」
挙手をする毅に、友樹は思わず「は?」と眉間を寄せる。
すると、毅はさらに告げる。
「危険な場所に飛び込む兄さんを放っておけませんから」
「いや、俺は大丈夫だから……」
「兄さんは俺が守ります」
「……困ったな。どう説明すればいいんだ」
「待田先輩にも弱点があるんですね」
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