第34話 誘拐犯
「やっぱり、今日も久美さんは登校しませんでしたね」
二限目が終了した休み時間。
冷たい風に吹かれて、
だが向かいにいる
そんな対照的な二人を前に、美化委員でおっとりとした雰囲気の
「これだけ誰も覚えてないと、本当にいなかったような気がするね」
その残酷な言葉に
「
「
友樹の言葉に、右京は真剣な表情のまま頷く。
「はい」
右京と同じく、久美が
「久美さんには悪いですが、やはりここは魔法を使わないと」
匡孝の考えには、友樹も賛成だった。
「そうだな。状況が状況だ、きっとノルンも許すはずだ」
「で、どうやって探しますか?」
匡孝が誰となく訊ねると、友樹が考えるそぶりを見せる。
「ノルンの体の一部があれば、俺も探せるんだが」
「体の一部? 髪でもいいですか?」
「持ってるのか? ノルンの髪を」
「ちょっと、皆さん引かないでください。久美さんが遊びに来た時、落としていった髪の毛ですから」
「それを大事に置いているのが問題なんでしょう。水越さんが知ったら、それこそドンびきですよ」
右京が呆れた目を向けるもの、匡孝が全く気にする様子はなかった。
「すでにさんざん引かれてますから、もう気にしません」
「潔いな、殿宮。そういうお前は嫌いじゃない」
「すみません、俺には久美さんがいるので……惚れられても困ります、待田先輩」
「いや、惚れることはないだろう」
「つまらない話をしてないで、早く水越さんを探しましょう!」
明音がため息混じりに告げると、友樹は苦笑する。
「そうだったな。ノルンの髪をくれ」
「どうぞ」
「え、殿宮さん……水越さんの髪の毛を持ち歩いてるんですか?」
匡孝のストーカー気質にドン引きしたのは、右京だけではなかった。
四人の間に微妙な空気が流れる中、友樹はさっそくハンカチに包まれた久美の髪の毛を手で包み込む。
そして友樹が目を閉じて久美の名を呼ぶと——友樹の体がぼんやりとした光に包まれては、光の一部が糸のようにほつれて、どこかに向かって飛んでいった。
友樹は目を開くと、糸の先が飛んでいった方角を見つめた。
「……俺の家の近くか」
「もう見つけたんですか?」
「誰かが目くらましの魔法を使っているようだ。近くまではわかったが、特定できなかった」
「とにかく、移動しましょう」
「——このあたりだったはずだが……」
「だったら、このマンションにいるんでしょうか」
そして友樹たちがマンションに入るか否か悩んでいた最中、ふいによく知る声が聞こえる。
「あれ? 兄さん。どうしてここに?」
友樹が思わず振り返ると、後ろには髪を短く刈り上げた、いかにもスポーツマンな弟の
「
「ノルンさんですか? 見てませんが」
「そうか。仕方ない、もう一度探索魔法をやり直すか」
友樹は再び久美の髪をポケットから取り出すが——そこで、匡孝が口を開く。
「待ってください、待田先輩」
「どうした?」
「毅さんからわずかに久美さんの匂いがします」
「殿宮……すごい嗅覚だな。だがどうして毅から?」
友樹が目を丸くする中、毅も不思議そうな顔をする。
「なんの話ですか?」
「そういえば、どうして毅さんには久美さんの記憶があるんですか?」
「ノルンさんの記憶? なんの話ですか?」
「ちょっと待て、それなら兄貴も同じだろう。ノルンの記憶を持っているのは」
「ですが、怪しいじゃないですか。まだ授業も終わってないのに、どうして毅さんはここにいるんですか?」
「本当だ。もしかして、水越さんを
緊張感が高まる中、匡孝は毅に訊ねた。
「久美さんはどこですか?」
「え? だから、なんのことですか?」
「あなたが隠したんでしょう? 僕たちの水越さんを」
「花柳、ちょっと待て。まずは話を聞いてからだ」
友樹が間に入って告げると、右京は目を吊り上げて告げる。
「なに悠長なことを言ってるんですか! こうしてる間にも水越さんが怖い思いをしてるかもしれないんですよ? だから早く助けないと」
杖を構える右京。彼が杖をひとふりすると、氷の壁が毅を囲んだ。
「やめろ、花柳!」
「どうしてかばうんですか!」
「仮にもこいつは俺の弟なんだぞ? 俺から話をするから、ちょっとま——……」
その時だった。
毅を氷の壁ごと背中にかばうようにして立った友樹が、突然よろめきながら地面に崩れ落ちた。
「待田先輩!?」
慌てて匡孝が友樹のそばに寄る中、毅の周りにあった氷の壁が砕ける。
右京の魔法が解かれたようだった。
右京は動揺しながらも、毅の手にあるものに気づく。
それは、血の滴った短剣だった。
「その剣……毅さんが待田先輩を刺したんですか……?」
右京が告げると、毅は高らかに声をあげて笑う。
「馬鹿だなぁ。よくこんなんで国王付きの魔法使いなんてやっていたものだ」
「……なんてことを」
「やっぱりあなたが久美さんを隠したんですか?」
「さあ、どうでしょうか」
「久美さんを返してください」
「そうやって、あなたたちはまた、あの女のために壊れてゆくのか?」
「何を言っているんだ」
匡孝が瞠目していると、毅は自嘲して告げる。
「俺は知っているんだ。王国が滅びたのはあの女のせいだということを」
「王国? まさかあなたが……ガラン王子?」
恐ろしいものを見るような目で見る右京に、毅はおどけるように肩を竦めて見せる。
「さあ、どうでしょうね」
「あなたがガラン王子だったんですね! 一度ならず二度もフレイシアを陥れるなんて」
激昂する右京に対して、毅は冷ややかな声を投げる。
「俺は国のためにやっただけ。恋にかまけて何もしなくなったあなたたちの目を覚ましてやっただけだ」
「なんですって!?」
今にも毅に飛びかかりそうな右京を、明音が手で制すると、静かに告げる。
「とんだ言いがかりだな。俺たちは王子としての役割をまっとうした。国が滅びたのは決してフレイシアのせいじゃない」
「そうだ。フレイシアのせいにするな!」
明音に同調する右京だが、毅は
「どうやら、今回も目を覚ましてもらう必要があるみたいですね」
「目を覚ますのはあなたのほうです。毅さん! 現世で普通の生活を送りたい久美さんに、何を求めるんですか」
昏倒している友樹を腕に抱えながら匡孝が訴えると、毅は苦々しく吐き捨てる。
「俺は何も求めない。ただ、あの女が被害者ぶっているのが気に食わないだけだ」
「そんな理由で、久美さんを……許せない」
「お前たちに許されなくてもいい。俺はあの女がどうしようもなく憎いんだ」
そう言って身を翻した毅を、右京たちは追いかけようと構えるが——。
その時、目を覚ました友樹がゆっくりと立ち上がる。
「待て、毅」
「待田先輩! ダメです、動かないでください!」
匡孝が止める手を振り切って、友樹は前に出る。
そして——。
「お前、毅じゃないな」
友樹がそう告げると、匡孝たちは息をのんだ。
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