第37話 本物のガラン王子


「どうしてノルンの友達が……」


 呪術の出どころを突き止めた部屋には、川越かわごえ真紀まきの姿があった。


 彼女は最初こそ震えていたもの、些細な異変を指摘すると、本性を現したのだった。


「まだ気づかないのかい? 俺の存在に」


 真紀という少女は、開き直ったように告げる。


 だがその言葉の意味がわからず、殿宮とのみや匡孝まさたかが怪訝な顔をする。


「なんですって?」


「お前はいつまで経っても愚鈍だな」


 真紀は笑って言うが、その言葉を引き金に、殿宮たち王子の顔色が変わる。


 王子たちにとっては、聞き飽きたフレーズだった。


「きみは……まさか」


 匡孝が震えた手で真紀を指差す。


 かたわらにいた花柳はなやぎ右京うきょう盛田もりた明音あかねも、信じられないという顔をしている。


 その反応を見て、真紀は満足そうな顔をする。


「ようやく気づいたのか?」


「ガラン……王子?」

 

 殿宮が声を絞り出すように告げると、真紀は鼻で笑った。


「ははは、ようやくわかったようだね」


「どうして真紀さんが……鉢植え落としを流行らせたのも、あなたなんですか?」


 殿宮の指摘に、真紀は腕を組んで頷いてみせる。


「そうだよ。偶然、鉢植えを盗む生徒を見かけてね。便乗させてもらったよ」


「だが久美さんの親友であるあなたがどうしてそんなことを……」


「親友? 気持ちの悪いことを言わないでくれないか? 俺は一度もあいつを友達だと思ったことなんてない」


「なんだって?」


「フレイシアは過去も現在も俺にとって一番目障りな存在だ」


「……どうして?」


「あいつがいなければ、王国は滅びなかったんだ」


 苦々しく吐き捨てる真紀に、友樹が怪訝な顔をする。


「なんの話だ?」


「フレイシアに恋をした王子たちのせいで、内乱が頻発し、国が傾いていったんだ」


たけしが操られていた時の言葉は、お前の言葉だったのか」


「ああ。お前たちは何度言ってもわからないようだが」


 真紀の憎しみに満ちた目を見て、右京は強く否定する。


「違う! 王国が滅びたのはフレイシアのせいなんかじゃない!」


「まだ現実を受け止められないようだね。まあ、フレイシアにのぼせあがるようなキミたちが理解するとも思えないが」


 殿宮たちとは相容れない存在とばかりに告げる真紀に、殿宮たちが顔を歪ませる中、友樹はため息を放つ。


「俺は王子たちのことをよく知らないが……フレイシアのせいで国が傾いたとは思わないぞ。そんな弱い国ではなかったはずだ」


「キミは魔法使いだと言ったが……部外者が、王子たちの何を知っているというんだ?」


「そうだな。確かに俺は戦争に駆り出されるばかりで、知らないことのほうが多いかもしれない。だが、殿宮たちの人柄はよくわかっている」


「何がわかっているんだ。お前も久美に懐柔されている一人だろう」


「ノルンに懐柔された覚えはないな。俺はただ、ノルンを大切な友達だと思っているだけだ」


「口ではなんとでも言える」


「言葉で理解してもらえないなら、どうすれば理解するんだ?」


「それはこちらのセリフだ。言葉で理解しないなら、こうするまでだ」


 話し合いの最中、部屋のドアが開いて誰かがふらふらと真紀の方に近づいていった。


 よく見ればその顔は生徒会長で——彼がぼんやりとした顔でやってくるなり、真紀はその首に短剣をつきつける。


「生徒会長! どうしてここに?」


 殿宮が狼狽える中、友樹は鋭い目で真紀を見据える。


「兄貴をどうするつもりだ?」


「お前たちの手でフレイシアを殺せ。でなければ、こいつを殺す」


「ノルンを殺して、何が楽しいんだ、お前は」


「俺の悪夢の元凶には消えてもらう」


「悪夢の元凶?」


「そうだ。俺は今でもあの王国の夢を見る。滅びた瞬間の虚しさ。墓に入りきらないほどの死人。その悪夢が俺を苦しめるんだ」


「ガラン王子……気持ちはわかるが、悪夢はノルンのせいじゃない」


「あいつのせいだ。あいつと接触しなければ、俺は前世を思い出すことも、悪夢を見ることもなかったんだ。悪夢も友達ごっこも、もううんざりだ。みんな消えてしまえ!」


 言いながら、真紀は剣を持つ手に力を入れる。


 生徒会長の首に、かすかな血が滲んだ。


「生徒会長!」


 右京が叫ぶかたわら、友樹が声を荒げる。


「やめろ! 兄貴に手をだすな!」


「だったら、お前が先に死ぬか?」


「落ち着け真紀」


「この記憶がある限り俺は永遠にあの滅びた王国の末路を背負わなければならないんだ」


「……真紀さん」


「それで、ノルンはどこなんだ?」


「お前がフレイシアを殺してくれるなら、居場所を教える」


「……悪いが、それはできない」


「フレイシアを殺せと言ってるんだ!」


「兄貴を離せ! 真紀——火の精霊よ」


 友樹は部屋を燃やした。だが、焦げるような匂いはなく、ただ壁のような炎が真紀と生徒会長を包み込む。


 魔法の炎は人にだけ反応する代物だった。

 

「いいのか?このままだと、生徒会長も道連れになるが」


「殿宮、お前を水でコーティングしてやるから、兄貴を頼む」


「わかりました」


「水の精霊よ」


 友樹がさらに呪文を唱えると、匡孝の体が水で包まれる。


 そして水で体をコーティングされた匡孝は、真紀を囲む火の中へと飛び込んでいった。


「うぉおおお——」

 

「な!」 


 真紀から短剣を奪った匡孝は、生徒会長を蹴り飛ばすと——手にした短剣を真紀に向ける———が。


「……久美さん? どうして」


「待って……友樹くん……殿宮くん……」


 気づくと、どこからともなく現れた久美が、殿宮の剣を胸で受け止めていた。


「ノルン!」


「……どうして久美さんが?」


「ずっと……そこで話を聞いていたの……まさか、真紀がガラン王子で、私のことを憎んでいたなんて……ごめんね、真紀。気づいてあげられなくて……」


「なんで……あんたが」


「だって、友達……だから……」


 ドサリと音を立てて崩れた久美を見て、匡孝が息をのむ。


「……久美さん?」


 呆然とする王子たちを前に、友樹は慌てて炎の壁を消して、久美に駆け寄った。


「ノルン、しっかりしろ。今、回復魔法をかけてやる——癒しを!」


 その場に屈み込んだ友樹が久美を抱き起こして治癒魔法をかける中、久美は真紀に向かって手を伸ばす。


「ごめんね……私が真紀を苦しめてたんだね。ごめんね……」


「これで大丈夫だろう、ノルン」 


「ありがとう、友樹くん」


 瞬く間に久美の傷を癒した友樹は、ほっとした顔で立ち上がる。


 すると、続けて立ち上がった久美を見届けた匡孝が、真紀の方に振り返る。


 炎はすでに消え、真紀は呆然と立ち尽くしていた。

 

 そして匡孝はそんな真紀を、きつく睨みつける。


「真紀さん、申し訳ありませんが、あなたには——」


 匡孝が言いかけたその時、久美が真紀をかばうように前に出る。


「待って、殿宮くん」


「久美さん?」


 匡孝が瞠目する中、久美は動揺する真紀をじっと見つめた。



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