第31話 操られた殿宮くん
夜の住宅街を一人で歩いていると、
それで泣きそうになっているところに今度は友樹くんが現れて言った。
「俺は友達としてお前に忠告する。お前はノルンにふさわしくない」
「……え? ゆ、友樹くん!?」
いつになく真面目な顔をする友樹くんに、私は狼狽えてしまう。
友樹くんって、そんなキャラだっけ!?
すると、どこか雰囲気がおかしい殿宮くんが、顔を歪めて苦々しく告げる。
「何が忠告ですか、
「ああ、ノルンのことは好きだ。友達としてな」
友樹くんの口から友達という言葉を聞くと、少しだけ胸がチクッとした。
けど、その時はまだ、どうしてそんな気持ちになったのか自分では気づいていなくて。
しかも殿宮くんは友樹くんの言葉に納得していない様子で、友樹くんに詰め寄った。
「友達なら、久美さんの隣を譲ってください」
「譲れば、ノルンに何をするかわからないだろう?」
「俺は前世で愛を誓っているんです」
「現世でもか?」
「……俺は現世でも誓えます」
「ノルンの気持ちは?」
「一緒にいれば、きっと思い出してくれるはずです」
「やれやれ……ノルンも大変だな」
やや面倒くさそうに言う友樹くんに、殿宮くんはさらにまくしたてた。
「俺と触れ合えば、きっと久美さんも前世を思い出して俺なしではいられなくなるはずです」
「なななな……なんてこと言うのよ」
殿宮くんの言葉にドン引きしていると、友樹くんはますます面倒くさそうな顔をして告げる。
「ノルンに無理強いする気か?」
「前世を思い出す義式みたいなものです」
「それを無理強いと言うんだろ」
「俺はきっと久美さんを幸せにしますから」
「……?」
殿宮くんの目が赤く光るのを見て、私は後ずさりする。
————何かがおかしい。
確かに普段から強引なところはあったけど……殿宮くんはこんなに自分中心じゃなかったと思う。
いったい、殿宮くんの身に何が起きているのだろう。
前世からの知り合いだからこそ、普通の状態じゃないことを感じ取った私は、友樹くんに小声で告げる。
「ねぇ、友樹くん」
「なんだ?」
「もしかして、殿宮くん……何かの魔法にかかってない?」
「魔法だと?」
「うん。これは勘だけど……いくらなんでも殿宮くんらしくないと思うよ」
「……なるほど、ちょっと試してみるか」
「どうするの?」
友樹くんは何も言わずに手を差し出す。
すると、周囲が光に埋め尽くされて景色が真っ白になる。
けど、光はすぐに消えた、かと思えば。
気付けば殿宮くんの頭に——子犬が乗っていた。
「何あれ、可愛い。友樹くん、なんの魔法?」
「魔法に反応する魔法だ」
「魔法に反応する魔法?」
「殿宮が何かの魔法にかかっていたら、あの犬が反応するはずだ」
「へぇ、どんな風に?」
「まあ、見ていればわかることだ」
私たちは殿宮くんの頭上を凝視する。
けど、殿宮くん本人は子犬の存在に気づいていないようで、首を傾げていた。
「二人とも、何をこそこそ言っているんですか」
「もしかして、本人は気づいてないの? あの犬の存在に」
「ああ、そうだ」
「とにかく、久美さんは俺のものですから、触らないでください」
「私は殿宮くんのものでもないよ」
「言ったでしょう、そのうち俺なしではいられない体になるって」
「何度も言うが、ノルンがドン引きしているぞ」
「……にゃー」
「え?」
「お、ノルンの勘は当たっていたようだな」
「どういうこと?」
「どうやら、殿宮に魔法がかかっているらしい」
「ええ!?」
「ちなみに猫の声は闇魔法だ」
「……闇魔法。それで、魔法はどうやって解くの?」
「まあ、簡単なことだ」
「そうなんだ」
「乙女のキスだな」
「何が簡単なの?」
「前世でさんざんしたんだろう?」
「ちょっと待ってよ! 現世ではさっきが初めてなんだけど?」
「そうなのか?」
「そうなのか、じゃないよ。さっきは無理強いは良くないって言ってくれたのに」
「救命処置みたいなものだろう?」
「人工呼吸と一緒にしないでよ」
「なら、殴るか?」
「え?」
「一発殴れば元に戻るだろう」
「なんなの!? その究極の選択は」
「だから、何を二人でこそこそ喋っているんですか!?」
私と友樹くんが相談するのを見て、殿宮くんはキレそうな顔をしていた。
……こうなったら、可哀想だけど仕方ないよね?
「殿宮くん」
「ねぇ、久美さん。久美さんの部屋に行ってもいい?」
「ごめんね、殿宮くん。私の部屋散らかってるから——友樹くん、お願い」
「わかった。殿宮、許せ」
それから友樹くんは殿宮くんの左頬に右フックを決めた。
華奢そうに見える友樹くんだけど、意外と力があるらしい。
殿宮くんは吹っ飛んで近くの民家の壁にぶつかって——気絶した。
「散れ、闇の魔法よ」
そう友樹くんが言葉を放った頃にはもう、殿宮くんはすっかり伸びていたのだった。
***
何かの魔法に操られていた殿宮くん。
彼が目を覚ましたのは——三十分後のことだった。
「……いたい」
近くのベンチで殿宮くんを膝枕していた私は、泣きそうな声で左頬を押さえる殿宮くんの顔を覗きこむ。
「大丈夫? 殿宮くん」
すると、殿宮くんは驚いたように起き上がって、周囲を見回した。
「俺はいったい、何をしていたんでしょうか」
そんな殿宮くんを見て、友樹くんがやれやれといった感じで息を吐く。
「いつも以上にノルンに執着していたぞ」
「久美さんに執着?」
「覚えていないのか?」
「そうですね。ぼんやりと覚えてますが……なんていうか、久美さんしか見えてなかった気がします。なんだか変なことを言ってしまったような……」
「忘れてていいと思うよ」
「あの、久美さん……」
「なあに?」
「俺、振られてしまいましたが……これからも側にいてもいいですか?」
「そうだね。殿宮くんさえ良ければ、また三人で遊ぼうよ」
「三人……ですか」
「三人はいや?」
「いいえ。二人だと暴走する恐れがあるので」
「すでに暴走してたけどね。でも、いったい誰が殿宮くんに魔法を……?」
私が何気なく呟く中、何も知らない殿宮くんは目を丸くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます