第30話 意識するということ
深夜を回った頃。
木々に囲まれた公園の一角に、不穏な空気が漂っている。
暗闇に身を隠したその声は、目の前にいる
「
声に導かれるようにしてベッドを抜け出してやってきた匡孝は、ぼんやりとした目をしていた。何も映さない、ただ闇が広がった瞳。
そして何も考えられない頭ながらも、匡孝は自然と頷いていた。
「はい、俺がククルスです」
「お前はあの者がほしいか」
「はい、欲しいです」
「ならば、そばにいる魔法使いを倒せ」
「そばにいる魔法使い……?」
「そうだ。お前の邪魔をするあの魔法使いを——」
声が繰り返し告げた時、匡孝の目が赤く光った。
***
放課後の校舎裏。
掃除当番で、ゴミ焼却炉に向かっていた私——
私が殿宮くんを振ったこともあって、彼がどうしているのか気になっていたけど、元気そうで良かった。
殿宮くんと一緒にいる子は、彼女かな? 昨日見かけた子とは違うみたいだけど。
————と、その時だった。
「ノルン!」
「え?」
声につられて振り返った瞬間——ガシャン、と私の足元に鉢植えが落ちてきた。
思い出したと同時に瞠目していると、
「何をぼーっとしているんだ! 危ないだろうが!」
「そういえば、鉢植え落としブームはまだ続いてるんだっけ? 危なかったかも」
「ノルン、大丈夫か?」
「うん、次は気をつけるよ」
「今日はさっさと帰るか?」
「うーん……鉢植え落としに怯える生活っていうのも嫌だし……大丈夫だよ。どこ行く?」
「そうだな。漫画の新刊が出たからネカフェもいいな」
「友樹くんはダラダラする場所が好きだね。だったら、うちに来る?」
「いいのか?」
「うん。今日は誰もいないから大丈夫だよ」
私が自宅を提案していたその時、同じ掃除当番の真紀が、ゴミ箱を持って通りかかったかと思えば——慌てて口を挟む。
「ちょっと、だめだよ久美。簡単に男の子を家に上げちゃ」
「家にあげると言っても、友樹くんだし」
「友樹くんも男なんだよ? いつ豹変するかわからないでしょ」
真紀が変なことを言う中、友樹くんの後ろから生徒会長がひょいと頭を覗かせる。
「なんだ? 楽しそうだな?」
「生徒会長も来ますか?」
「なんの話だ?」
「友樹くんとうちで遊ぶ予定なんですが、よければ生徒会長も」
「え、行きたい」
「あ、でも生徒会長は危険ですよね」
「俺ほど無害な動物はいないと思うよ」
そう言ってのける生徒会長は、なんとなく怪しかったけど、友樹くんのお兄さんだし、一人くらい増えてもいいかなと思っていると——そんな時、遠くの渡り廊下から声が聞こえた。
「見つけた! 兄さん!」
体格が良くて、刈り上げた頭がスポーツマンっぽい男の子は、友樹くんの弟、
「じゃあ、久美ちゃん。俺は後から行くよ」
渡り廊下から
そして入れ替わりに
「ここに生徒会長がいましたよね?」
「兄貴なら校門に向かったぞ」
友樹くんが告げると、毅くんは舌打ちをする。
「遅かったか」
「兄貴に何か用か?」
「生徒会に入ったら、兄さんを探す役割を与えられました」
うんざりした顔で言う毅くん。
すると、渡り廊下から
「毅さん、生徒会長は見つかりましたか?」
「すみません。一歩遅れたようです」
悔しそうに爪を噛む毅くんに、私は苦笑する。
「生徒会も大変なんですね」
「あ、こんにちは、水越さん」
「こんにちは、花柳くん」
私が挨拶したところで、毅くんはハッとした顔をして私を見る。
「あ! あなたは友樹兄さんの——お友達のノルンさん?」
「久美です」
「いつもうちの兄たちがお世話になっております」
「そんな、お世話だなんて……私のほうがすごくお世話になってます」
「友樹兄さんがいつも久美さんのことを楽しそうに話してくれますよ」
「え? いったいどんなことを言ってるの? 友樹くん」
「ノルンは可愛いとか」
「え?」
「おっと、早く生徒会長を連れ戻さないと!」
思い出したように校門に向かって走り出した毅くんを見て、花柳くんも足踏みを始める。
「僕も一緒に行きます。では、水越さん。これにて失礼します」
生徒会メンバーがいなくなって、残された私と友樹くん。
……急に二人きりになっちゃった。
私がなんとなく気まずく思っていると、ふと友樹くんが口を開く。
「今日は本当にノルンの家でいいのか?」
「や、やっぱり、ネカフェにしない?」
「俺はどちらでもいいが」
「じゃ、カラオケで」
「ネカフェじゃないのか?」
「ごめん、ネカフェで……」
「今日のノルンは変だな」
***
「——すっかり遅くなっちゃったな」
帰り道の住宅街。
結局、私と友樹くんはネカフェで時間を潰したのだけど。
一人になってからも、なんとなく友樹くんのことばかり考えていた。
……友樹くんに直接言われたわけじゃないけど……私のことを〝可愛い〟だなんて。
きっと何も考えてないんだろうけど、胸のあたりがムズムズするかも。
なんて、そんなことを足元を見ながら考えていると——ふいに、どこからともなく声が聞こえてくる。
「何、ニヤニヤしてるんですか?」
顔を上げると、夜道の真ん中に殿宮くんが立っていた。
「え? 殿宮くん?」
「やっぱり……久美さんは待田先輩のこと……」
どこか様子のおかしい殿宮くんは、ブツブツと何かを呟いていた。
「どうしたの?」
「久美さんは待田先輩のことが好きなんですね」
「友樹くんは友達だよ?」
「でも特別だと思ってますよね?」
強い眼差しで、一歩ずつ近づいてくる殿宮くん。
私が思わず後ずさる中、殿宮くんは不敵に笑った。
「どうしたの? 殿宮くん。なんだか怖いよ」
「俺が別の誰かとつきあえば、きっと思い知ってくれると思ったのに……久美さんが待田先輩のことを意識し始めるなんて……計算外でした」
「なんのこと?」
「でも俺にはフレイシアしかいないんです」
「殿宮くん……」
「どうしてわかってくれないんですか!」
「え? ちょっと」
突然強く抱きしめられて、私は青ざめる。
殿宮くんの本気が怖かった。
「俺はこんなに好きなのに……」
「やめて、痛いよ殿宮くん」
「いいえ、離しません。俺の気持ちはこんなものじゃないんだ」
「殿宮く——」
突然の口づけに、狼狽えるしかなかった。
私は頑張って抵抗するけど、力で敵うはずもなくて、膝が震えた。
すると、その時——。
「こら、殿宮。無理やりはダメだと思うぞ」
声が聞こえたと同時に、殿宮くんが私から離れる。
「ゆ、友樹くん?」
気づくと、私と殿宮くんのすぐ傍に友樹くんが立っていた。
私が膝から崩れて座り込む中、殿宮くんは鋭い目で友樹くんを睨む。
「待田先輩、邪魔しないでください」
「お前の気持ちが全てわかるわけじゃないが、ノルンの怯えた顔を見てみろ」
「……」
「気になって追いかけて正解だったな」
友樹くんに差し出された手を見て、私は
そして自力で立ち上がると、友樹くんに訊ねる。
「友樹くんはどうしてここに?」
「ずっと殿宮に尾けられてたのが気になってな」
「気づいていたんですね」
「ああ、お前の殺意で背中がビリビリした」
「久美さんと一緒にいていいのは、俺だけです」
「殿宮くん……」
赤く光る目に、私が恐怖を覚える中——友樹くんが私の前に出る。
「俺は友達としてお前に忠告する。お前はノルンにふさわしくない」
「……え?」
私が瞠目する中、友樹くんと殿宮くんの間に、電流のようなものが走ったように見えた。
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