第29話 フラれた王子様


「俺が守ってやる……かぁ」


 友樹くんと分かれた帰り道。


 すっかり暗くなった住宅街の狭道で、私——久美はふと呟く。


 〝俺がノルンを守ってやる〟——だなんて、まさか友樹くんの口からそんな言葉が出るとは思わなくて。ずっと胸に何か温かいものが灯っている感覚があった。


 どうしてこんなに妙な気持ちになるのだろう。


 私が些細な変化に動揺していると、そんな時、背中から声が聞こえた。


「そんなに嬉しかったんですか? 久美さん」


 振り返ると、なぜか後ろには殿宮くんがいて、動揺してしまう。


 殿宮くんとは、帰り道の途中で別れたはずだった。


「殿宮くん……どうしてここに?」


「こっそりついて来たに決まってるじゃないですか」


「なんでよ」


「俺より待田先輩のほうがよかったですか?」


「そんなこと言ってないでしょ」


「相手がどんなに偉大な人だとしても、久美さんを譲るつもりはありませんから」


「私、殿宮くんと付き合ってるわけじゃ——」


「前世で永遠の愛を誓ったでしょう」


「何度も言うけど、もう前世のことは思い出したくないの」


「俺も何度でも言いますが、前世の思い出を全て悪いものにしないでください。幸せな瞬間もあったでしょう?」


「やめてよ……幸せを台無しにしたのは、あなたたち王族なのよ」


「久美さん、王族としてじゃなくて、俺を俺として見てください」


「そんなの無理だよ」


「久美さん……」


「お願いだから、私をそっとしておいて」


 ゆっくりと近づいてくる殿宮くんを手で制すると、殿宮くんは悲しげな顔をする。


「……久美さんはそんなに俺のことが嫌いですか?」


 泣きそうな殿宮くん。

 

 正直、殿宮くんのことは嫌いじゃない。

 

 けど、私に過去のような感情がないからには、ここで中途半端なことを言うわけには行かなかった。


 期待させちゃいけない。そうじゃないと、殿宮くんはいつまでも私ばかり追いかけて、幸せを逃してしまうかもしれない。


 だから私は……。


「ごめんね、殿宮くん。私はあなたのことを好きにはなれないみたい」


 そこから落胆する殿宮くんの顔は見ていられなかった。


「わかりました……もう久美さんには……近づきません」


「……」


「ご迷惑をおかけしました」


 私ばかり見ている殿宮くん。だけど、私以外にも女の子はいるんだから、きっと大丈夫。


 本当は少し悲しかったけど、そんなことを悟らせないように、私は時間を止めてその場を立ち去った。




 ***




「はあ……なんだか憂鬱だな」 


「おはよう、久美。どうしたの? 暗い顔して」


 登校して早々、席に着いた私のところに真紀がやってくる。


 私のことをよく知る真紀は、顔色を見て異変を感じ取ったらしい。不思議そうな顔をする真紀に、私は苦笑して告げる。


「ちょっとね」


「もしかして、振られたの?」


「振られたんじゃなくて、振ったんだよ」


「え? 誰を? もしかして殿宮くん?」


「なんでわかるのよ」


「だって、朝の挨拶に来ないし。あんなに久美久美言ってた殿宮くんの声も聞こえないし」


「だから、他の女の子に目を向けてもらおうと思って、突き放してみたんだけど」


「まあ、他の女の子があれだけの気持ちをぶつけられたら、なんでもOKしちゃいそうだよね」


「それでいいじゃん。私なんかより、殿宮くんをもっと好きな人と一緒にいたほうがいいよ」


「どうかな」


「なんでよ」


「なんかこの後の行動が、私には予想できちゃうんだよね」


「予想って、殿宮くんならきっと、すぐに彼女ができるでしょ?」


「殿宮くんはきっと、あんたを忘れようとして……」


「何?」


「やめとく。久美が責任を感じちゃいそうだし」


「なんの責任?」


「振った責任に決まってるでしょ。それよりも久美、この先殿宮くんに何があっても、知らん顔できる?」


「だから、何があるの?」


「残念ながら好きな人の代わりはいないってことよ」




 ***




 それから一週間。殿宮くんは一度も私のところに顔を見せなかった。


 私は相変わらず友樹くんや生徒会長たちと一緒にいたけど、殿宮くんがいない分、なんだかぽっかりと穴が空いたような気がした。


 友達がいなくなるって、単純に悲しいものである。それは友樹くんも同じみたいだったけど……振った以上は、仕方ないよね。


 そして、そんなある日のことだった——。


「ねぇ、久美。聞いた?」


 お昼休み、いつものように私の席にやってきた真紀だけど。その顔は、なんだか深刻そうな様子だった。


「何が?」


「殿宮くんのことだけど」


「殿宮くんがどうかしたの?」


「——ああ、やっぱり言わない方がいいのかな?」


「なんなのよ……ハッキリ言ってよ。驚かないから」


「殿宮くん、けっこうな数の女の子と遊んでるらしいよ」


「……は?」


「しかも付き合う相手には久美と呼ばせてほしいって……」


「なにそれ。私への嫌がらせ?」


「かもしれないね」


 真紀の情報に、私が呆れて閉口する中、そんな私のところに友樹くんがやってくる。


「おいノルン」


「あ、友樹くん。どうしたの?」


「どうしたもこうしたもないだろう。早く殿宮と仲直りしろ」


「え、私が殿宮くんを振ったこと、友樹くんまで知ってるの?」


「兄貴から聞いた」


「だからなんで生徒会長が知ってるの」


「それより、あいつ……あんな危険な状態で野離しにしてどうするんだ」


「危険って、何が?」


「俺を殺すような目で見てくるんだよ」


「そっか、久美は待田さんが好きなの?」


 冷やかす真紀に、私は慌ててかぶりを振る。


「ち、違うわよ! なんでそうなるのよ」


「殿宮くんを振って、待田さんをそばに置いてるって、そういうことじゃない?」


「友樹くんはただの友達だよ」


「でも殿宮くんはそうは思ってないかも」


「じゃあ、どうすればいいのよ。毎日毎日愛を囁かれても、返してあげることなんてできないのに。期待させる方がかわいそうでしょ?」


「あそこまで拗らせた人を振るのは難しいことだよね」


「もう……」


 殿宮くんが女の子と付き合っていると聞いて、なんとなくモヤッとはしたけど、それでも付き合えないから仕方ないことだと思っていた。


 けど、私は殿宮くんのことを甘く見ていた。






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