第28話 些細な変化
「これで何個目よ」
私は足元の鉢植えを見ながらため息をつく。
校舎の外に出て、建物に沿って歩いていると、必ず鉢植えが落ちてくるようになった。
これはもう、私を狙っているとしか思えなかった。
「このままだと美化委員の仕事もなくなりそうですね」
一緒にいた
私が考えるそぶりを見せると、
「もう
「
最初は蒼くんが
その意味深な言葉も気になるけど、今回落とした犯人の動機も気になった。
そんな時——。
「
血相を変えた生徒会書記の
「どうしたの、
花柳くんは私の元にやってくるなり、持っていたスマホを私に見せた。
「それよりもこれを見てくださいよ」
「スマホがどうしたの?」
「そうじゃなくて、とんでもないメールが届いたんです」
「〝二年の水越久美に、鉢植えを当てた人は金一封?〟 なにこれ!? どういうこと?」
「どうやら水越さんには鉢植えを落としても当たらないという噂が広まって、とうとう賞金まで出るようになったみたいです」
「はあ?」
「水越さんに植木鉢が当たらないことが面白いみたいで……」
「それって犯罪じゃないの?」
「そうだな。イタズラの域を超えているな」
ずっと黙ってそばにいた友樹くんが口を開いた。その目は花柳くんのスマホに釘付けで、見たことがないほど怖い顔をしていた。
「弟が余計なことをするから……」
「こうなったら、落としたやつに直接抗議しないと」
友樹くんの提案に、私は首を傾げる。
「どうやって?」
「三階でこっそり待機すればいい」
友樹くんが言ってニヤリと笑う。
すると、花柳くんも頷いた。
「じゃあ、生徒会長も呼びます」
***
「それで、俺を呼んだわけか」
彼らは三階の空き教室の外で、人が来るのを待っていた。
屋上は人目につきやすいこともあり、まずは空き教室の可能性を優先したのである。
そして半ば無理やり連れてきた生徒会長に、弟の友樹は淡々と告げる。
「このままだと、ノルンに当たる可能性があるからな」
「落とす生徒が複数いた場合はどうするんだ? 逃げられるぞ」
「その時は、一人だけでも捕まえたらいいだろう」
「そんな簡単に捕まってくれるのか」
「待田先輩」
ふいに
匡孝は、空き教室の中に入ろうとする男子生徒を顎で示した。
その手元には鉢植えがあった。
「本当だ。捕まえるぞ」
空き教室に見知らぬ生徒が入ったところを見計らって、匡孝たちは突入する。
「おい、お前……その鉢植えをどうする気だ?」
そして友樹が睨みすえると、男子生徒は戸惑いを見せた。
「なんだよ。窓際でちょっと光合成させようと思っただけだろ」
「本当にそうか? それをノルン——水越久美に当てるつもりじゃないだろうな?」
「その鉢植えは俺が没収する」
生徒会長が前に出ると、男子生徒は植木鉢を隠すように抱え込んだ。
「え、なんで?」
「鉢植えが盗まれたと、美化委員から報告があったんだよ」
「一つくらいいいだろ」
「盗まれたのは一つじゃないんだ」
「……鉢植えは盗んだわけじゃない」
「鉢植えを壊したら、器物損壊だからな」
生徒会長が警告すると、男子生徒は反感を持った様子で
「……どうして俺にだけ言うんだよ。他のやつらだってやってることだろ」
「だから他のやつらも全員捕まえるつもりだよ」
「どうして落とす相手が俺じゃなくてノルンなんだ?」
友樹が落ち着いた声で訊ねると、男子生徒は視線を逸らして告げる。
「……水越久美には当たらないからだよ」
「それを最初に言ったやつは誰だ?」
「知るかよ」
「とにかく、放課後に生徒会室に来るんだな。来なかったら、このことを教師に報告させてもらう」
生徒会長がため息混じりに告げると、男子生徒は無言で頷いて、教室から逃げるようにして去って行った。
そして入れ替わるようにして、新しい生徒がやってくる。
「鉢植えを回収してきたよ」
別の空き教室で見張っていた
明音たちは
その手には、複数の鉢植えがあった。
「鉢植えを持ってたやつはなんて言ってた?」
友樹が訊ねると、右京が険しい顔で報告する。
「……水越久美には絶対当たらないとか言ってました」
「そっちもか……」
「——みんな、どうだった?」
ちょうどその時、一階で囮として待機していた久美も教室にやってくる。
匡孝から事情を聞いた久美は、困惑した顔をしていた。
「久美さんはいっそ学校を休んだほうがいいんじゃ……?」
「大丈夫だよ。最近は危険を察知することもできるし」
「これからはなるべく校舎から離れて歩いたほうがいいですね」
右京が告げると、友樹も同じく久美に注意を促す。
「そうだな。あいつらが諦めるまでは、気をつけたほうがいい」
すると、久美は少し不安そうな顔をしながらも、小さく頷いた。
***
「ノルン、帰るぞ」
すっかり暗くなった放課後の教室。
いつものようにやってきた友樹くんに、私はなんとなく暗い顔を向ける。
「……うん」
すると、そんな私の異変に気づいた真紀が私の顔を覗き込んだ。
「何かあったの? 久美」
でもまさか、私に鉢植えを落とす遊びが流行ってるなんて言えるはずもなくて。私は努めて笑顔で真紀に言った。
「ううん。何もないよ」
「それにしては、元気ないよね」
「そう? 私はいつもと変わらないよ」
「まあ、待田さんや殿宮くんがいるし、何かあっても心強いよね」
「ほんとそれだよ」
けど、鉢植えが落ちてくる件は思っていた以上に厄介だった。
「——もう、なんなのよ」
「大丈夫か? ノルン」
「さすがに疲れたよ……まさかあんなに落ちてくるなんて」
その日は授業が終わってさっさと帰ろうとした私だけど、校舎を出た瞬間を狙って、複数の鉢植えが落とされた。その数は十個にも及んで……さすがの私もうんざりしていた。
「久美さん、今日はまっすぐ帰りますか?」
殿宮くんも心配して気を遣ってくれるけど、私は苦笑する。
「大丈夫。学校の外なら安全だと思うし……でもどうしてこんなことに」
「久美さんには当たらないっていう言葉が一人歩きしているようですね」
「もう、ほんとにやめてほしい」
「あいつらを一掃する良い方法があればいいんだが」
「待田先輩は、そういえば偉大なる宮廷魔術師なんですよね? 何か良い案はありますか?」
「案というか、ひとつ気になることがあってな」
「なんですか?」
「思い過ごしなら良いが……ノルンの危険や自分の罪も顧みずに鉢植えを落とすなんて、誰かに操られているとしか思えないんだ」
「誰かに? 誰にですか?」
「それはわからない。あくまで俺の憶測だから」
「ちょっと友樹くん、怖いこと言わないでよ」
私が思わず口を膨らませて訴えると、友樹くんは清々しい笑みを浮かべて告げる。
「大丈夫だ。いざという時、ノルンは俺が守ってやる」
「……え?」
「待田先輩、ずるいです。そういうことを言うのは俺の役目ですよ」
「ああ、そうだったな。すまない——なんだ? ノルン、顔が赤いぞ。どうかしたのか?」
「なんでもないです。ちょっと暑かっただけなので」
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