第27話 終わらない鉢植え落とし
「昨日は悪かった、ノルン」
外はすでに薄暗い放課後、私の教室にやってきた
とても真摯な謝罪だったけど、それでも受け入れたくない私は、とぼけた顔をする。
「なんのことでしょうか? 私、とても忙しいんですけど」
そう言って机の中を整理していると、友樹くんから気まずそうな空気が漂ってくる。
「……本当に怒っているんだな」
独り言が聞こえても無視を続けていると、そのうち
「なになに?
「ああ、実は……」
「——ええ!? 久美のスリーサイズを
思わず声を上げる真紀を、私が横目で睨みつけると、友樹くんはため息を吐いた。
「スリーサイズなんて、見ればわかるだろう?」
「いや、わからないでしょ」
相変わらず天然な友樹くんに、真紀は苦笑する。
すると、今度は長身で精悍な顔つきの上級生が私の机にやってくる。
「——友樹は乙女心がわからないやつだな」
「兄貴」
私が友樹くんの方を見ないふりして日直の日誌に書き込む中、真紀が嬉しそうな声をあげた。
「生徒会長、どうしてここに?」
「友樹の様子を見に来たんだ」
「俺の様子を? どうして?」
目を丸くする友樹くんに、生徒会長はいつになく真面目な顔で告げる。
「美化委員の
「鉢植えが? どうして?」
「また、久美ちゃんのラブレターが絡んでいるんだろうな」
生徒会長はそう言って、考えるそぶりを見せる。
……あ、そういえばラブレターの件が解決したこと、生徒会長に言ってないんだっけ?
私が口を挟むべきか迷っていると、友樹くんが首を傾げて告げる。
「おかしいな。恋文の件は終わったはずだが?」
けど、生徒会長は聞いているのかいないのか、忠告の言葉を口にする。
「友樹よ、外を歩く時は気をつけろ」
なんとなく不穏な予感が漂う中、私は何も言わずに教室を出たのだった。
***
「もう、友樹くんも殿宮くんも知らないんだから!」
スリーサイズを知られたことがどうしても許せなくて、一人で校舎の外を歩いていると——ふいに心臓が大きく跳ねる感じがした。
ドクンと、波打つ鼓動。
さらに耳鳴りを感じて、私はとっさに両耳を塞いだ。
「また耳鳴り!?」
突然の耳鳴り——これは、何か異変を感じた時の警告音のようなもので、前世の頃もよく悪いことが起きる直前に耳鳴りを感じたものである。
なので、慌てて時を止めた私は、周囲を見回し——そして頭上を見て唖然とする。
空には五つの鉢植えが浮かんでいた。
「どうして? 鉢植えが? もう、終わったんじゃなかったの?」
私は咄嗟に鉢植えのさらに上を確認する。
けど、鉢植えを落とした人物を見つけることはできなかった。
そして思い出したようにその場を離れると、陶器が割れる音が響いた。
私が足元の鉢植えを見つめる中、友樹くんが私の元にやってくる。
「ノルン! 大丈夫か?」
「友樹くん」
「また鉢植えか」
「……うん。変だよね? 恋文の件は終わったのに」
「さっき兄貴から聞いたんだが、鉢植えが十個ほど盗まれたらしい」
「……うん。私も聞いてた。けど、どうして……」
「理由はわからないが……俺を狙うならまだしも、ノルンを狙うなんて……」
「先輩、久美さん」
友樹くんが怪訝な顔をして崩れた鉢植えを見守っていると、今度は後ろから殿宮くんもやってくる。
「殿宮くん」
「何があったんですか?」
「実はまた鉢植えが落ちてきたんだ。今度は私のところに」
「久美さんを狙うやつがいるってことですか? ちょっと弟に確認をとってみます」
***
「え? 久美お姉ちゃんを狙って鉢植えが?」
久美の上に鉢植えが降ってきた後、すぐに自宅へと向かった
だが、事情を話しても、蒼は知らないそぶりを見せた。
「そうだ。五つも落ちてきたんだ」
「そんな……どうして」
「それはこっちが聞きたい。お前は今までどうやって鉢植えを待田先輩に落としていたんだ?」
「お金で人を雇ったんだ」
「部外者か?」
「ううん。お兄ちゃんの学校の生徒だよ」
「何人だ?」
「雇ったのは一人だよ?」
「でも、三つ同時に落ちて来たこともあったぞ」
「それは……おかしいな」
「お前はなんて言って雇ったんだ?」
「なるべく鉢植えを待田友樹さんの近くに落としてって言ったんだ」
「当たらないものを落とすって、なんのためにそんなことを」
「もちろん、警告のつもりだったんだけど」
「警告?」
「そうだよ。待田さんのそばにいたら、悪いことが起きるかもしれないっていう警告のつもり」
「それで、どうしてまだ続いているんだ?」
「それは僕にもわからないよ。お願いしたのは二回だけだから」
「二回? 三つ同時に落ちてきたのは?」
「そんなの、僕知らないよ。そんなに落としたら、当たるかもしれないじゃないか。僕の目的は、あくまで待田さんを怖がらせることだから」
「そのわりには、刺客まで送ってきたよな」
「刺客にも、本気は出すなと言っておいたよ」
「刺客なんて……あんなやつを、どこで雇ってんだよ」
「闇サイトだよ」
「その歳で変なサイトに手を出すなよ」
「だって。僕はまだ子供だから、戦っても負けるでしょ?」
「そんなことより、鉢植え落としを依頼した学生のことは覚えているか?」
「もちろん。名前を控えてあるよ」
***
「——で、うちの弟が鉢植えを落とすよう依頼した相手はあんただな?」
翌朝。
殿宮くんの弟が鉢植え落としを依頼した学生を屋上に呼び出した私たちは、さっそく相手に確認をとるけど——。
殿宮くんが詰め寄ったところで、メガネをかけた真面目そうな男子生徒は
「……知らないよ」
「しらばっくれるなよ。弟から聞いて知っているんだぞ。人の頭上に鉢植えを落とすなんて、そんな依頼をよく引き受けたな」
「でも、落としても絶対当たらないからいいじゃないか」
「絶対当たらない? どういうことだ?」
「どんなに落としても、絶対あたらないんだろ? あんたたちには」
その言葉に、私と友樹くんは顔を見合わせる。
「それってまさか——」
……私が時間を止められること、知ってるの?
恐ろしい可能性を前に、私が震えていると、殿宮くんが淡々とした口調で告げる。
「今まではたまたま運が良かったから当たらなかっただけだろ?」
「それでも、俺たちがいくら落としても、当たってないならいいだろう」
「俺たち?」
「とにかく、俺はもう貰った金の分だけ働いたからな!」
大きな足音とともに去っていったメガネの男子生徒。
「おい!」
殿宮くんが声をかけても、彼が振り返ることはなかった。
「逃げちゃった」
私はモヤモヤした気持ちでメガネの男子生徒が去ったドアを見つめる。
そしてその翌日から——再び鉢植え落としは始まった。
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