第26話 乙女の逆鱗
「フレイシア……どうして君はフレイシアなんだ? ——なんて」
人間を模した人形に向かって、熱い眼差しを向ける男。
その名も
だが——。
「お兄ちゃん」
突然聞こえた幼い声。
匡孝は肩をビクリと揺らすと、ゆっくりと後ろを向いた。
すると、ドア付近には弟の蒼が立っていた。
「お前、見てたのか?」
「うん。見ちゃったよ。それより、久美お姉ちゃんは次いつここに来るの?」
匡孝は蒼の元に寄ると、咳払いをして腕を組む。
「久美さんが来る予定なんて聞いてどうするつもりだ?」
やや威圧的な兄に対して、弟はいじらしくも頬を染めて告げる。
「ケーキでも作ろうかと思って」
「お前、久美さんの胃袋を掴む気だな?」
「違うよ、これまでのお詫びだよ」
「それなら、俺の分も作れよ」
「いやだよ。お兄ちゃんのために作るなんて」
「あんなに可愛い弟だったのに、前世の記憶ですっかり生意気になって」
「そろそろ久美さんの人形も作ろうかな?」
「その時はまた譲ってくれ」
「えー、嫌だよ。お兄ちゃんは本物に毎日会えるからいいでしょ」
「それはそれ、これはこれだ」
「それにお兄ちゃんの部屋に人形があったら、お母さんビックリすると思うよ」
「大丈夫だ。ちゃんと隠しておくから」
「そんなに欲しいなら、お願いがあるんだけど……」
「お願い? なんだ?」
「実は——」
***
「どうしたの? 殿宮くん。神妙な顔して」
放課後の教室。
自分の机で帰り支度をしていた私——
いつも笑顔の殿宮くんが、いつになく難しい顔をしていた。
「実は、久美さんにお願いしたいことがあるんですが」
「なあに?」
「久美さんのスリーサイズを教えてもらえませんか」
「ねぇ、真紀。この教室に鈍器ってあったっけ?」
私が隣にいる真紀に血走った目を向けると、殿宮くんが慌てて付け加える。
「蒼に頼まれたんですよ!」
「蒼くんに? なんで?」
「久美さんの人形が作りたいらしくて」
「はい、アウト」
「待ってください! 油性マジックで何をするつもりですか!?」
「第三の目を書くだけだよ」
「やめてください。俺のイメージが」
私がこの例えようのない怒りを油性ペンで表現しようとしていると、遠くから友樹くんの声が聞こえた。
「殿宮のイメージがどうした?」
「友樹くん」
遅れてやってきた友樹くんは、私と殿宮くんを見比べて目を丸くする。
「今日もお前たちは仲がいいな」
「そう見える?」
「ああ。微笑ましいな」
「ほら、友樹くんも第三の目が見たいって」
「そんなこと、待田先輩は言ってませんが!?」
「第三の目? 殿宮にそんなものがあるのか?」
「これから作るところだよ」
私がにっこり笑って言うと、友樹くんは目を輝かせる。
「ノルンはそんなこともできるのか。俺にも作ってほしいものだ」
「友樹くんは悪いことしてないから、そんなことしません」
「なるほど、第三の目は罪の証か。殿宮は何をしたんだ?」
「とても恥ずかしいことを言わせようとしました」
「恥ずかしいこと?」
友樹くんが首を傾げていると、私が口を開く前に、殿宮くんが言い訳を口にする。
「友達のいない蒼のために、久美さんの人形を作ってやろうと思って……」
けど、そんな話が通用するわけもなかった。
「そんな人形作ったら、ますます友達が遠ざかると思うよ?」
私が睨みつけると、殿宮くんはバツが悪そうな顔をする。
そんな中、友樹くんが突然提案する。
「今日は殿宮の家で遊ぶか」
「えっ、どうしてですか?」
ぎょっとする殿宮くんに、私はうろん気な目を向ける。
「いつもなら、喜んで家にいれてくれるのに……なんだか今日は怪しいね」
「久美さんが来てくれるなんて、嬉しいに決まってるじゃないですか」
「じゃあ、今日は殿宮の家で映画でも見よう」
友樹くんの何気ない言葉で、今日は殿宮くんの家で遊ぶことが決まったのだった。
***
「——で、これはなあに?」
「そ、それは……」
殿宮くんの家にやってきて早々、私は殿宮くんを笑顔で睨みつける。
殿宮くんの部屋にはなぜかフレイシア人形(実物大)があって、もはや映画を見るどころではなかった。
「これって蒼くんの部屋にあった私の人形だよね? どうして殿宮くんの部屋にもあるの? 処分してって言ったのに」
「これを処分するなんて勿体ない!」
「は?」
「いえ……そのうち処分します」
泣きそうな顔をする殿宮くんを、これでもかと睨んでいると、そこに今度は蒼くんがノックなしでやってくる。
「お兄ちゃん、久美さんのスリーサイズ調べてくれた?」
入ってくるなり顔も見ずにそう言った蒼くんに、私は思わず声をかける。
「蒼くん」
「あ、久美お姉ちゃん……こんにちは」
「こんにちは、蒼くん。今私のスリーサイズの話してなかった?」
「なんのことでしょうか」
「兄弟そろって、何考えてるんだか……」
「なんだ? ノルンのスリーサイズが知りたいのか?」
「友樹くん?」
「ノルンのスリーサイズは、上から◯◯、◯◯、◯◯だぞ」
「友樹くん!?」
「どうして待田先輩が久美さんのスリーサイズ知ってるんですか? もしかして、触ったんですか? 俺の知らないところで、何したんですか?」
「何もしてない。見ればわかることだろう」
「友樹くん……」
「どうしたんだ? ノルン。真っ赤な顔をして?」
「もういい! みんな絶交なんだから!」
私は大きく口を膨らませて腕を組むもの、友樹くんは何がなんだかわからない様子で、目を瞬かせていた。
「ノルンは何を怒っているんだ?」
「待田さん、久美お姉ちゃんのスリーサイズをありがとうございます。これで人形が作れます。それじゃ」
さりげなくメモを取って部屋を去る蒼くんに、私はますます怒りを燃やした。
私が「許せない」とブツブツ呟く中、殿宮くんが友樹くんに小声で告げる。
「どうしましょう、待田先輩」
「何がだ?」
「久美さんが怒ってしまいました」
「どうして怒ったんだ?」
「待田先輩は、セクハラという言葉を知ってますか?」
「スリーサイズを話すのはセクハラになるのか?」
「なります」
「そうか。じゃあ、謝らないといけないな」
「じゃあ、俺も——って、あ! 久美さん!」
殿宮くんが気まずい顔で友樹くんと話す中——私は二人の相談をよそに、部屋を出たのだった。
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