第25話 謝罪大会


 殿宮とのみやくんの弟に捕まっていた私——久美くみを、友樹ゆうきくんたちが迎えに来てくれたのは、つい一時間前の話。


「本当にすみませんでした、待田まちだ先輩」


 さすがに殿宮くんの家族に話を聞かれるとマズイので、外に出た私たちだけど。


 人気のない公園に移動するなり、殿宮くんは友樹くんに喋る隙を与えることなく謝罪したのだった。


 そしてそんな殿宮くんを見て、友樹くんは目を丸くする。


「どうして殿宮が謝るんだ?」


「うちの家族が迷惑をかけてしまったので」


「迷惑をかけられたのはお前もだろう?」


 友樹くんが困惑気味に告げると、今度は殿宮くんが神妙な面持ちで訊ねる。


「それで、待田先輩については……いつになったら教えてくれるんですか?」


 殿宮くんが友樹くんの顔を見つめていると——そのうち友樹くんはどこか遠くを見ながら大きく息を吐いた。


「……そうだな。あれだけ大っぴらに魔法を使った以上、俺のことも言わないといけないな」


「なに? なんの話?」


 二人のただごとならぬ雰囲気に、私だけよくわからず目を瞬かせていた。




 公園を照らすライトが時折ジリジリと音を立てて点滅する中、私たちは友樹くんの次の言葉を待った。


 すると、友樹くんは腕を組んでぽつりぽつりと話し始めた。


「俺の前世は、ウギという宮廷魔術師だったんだ」


「え? 友樹くんは前世の記憶なんてないって言ってたのに、どういうこと? ……友樹くんも前世で同じ世界にいたってこと?」


 咄嗟に私が口を挟むと、友樹くんは苦笑する。


「そういうことだ。ノルンに聞かれた時はまだ、前世のことを思い出していなかったんだ……それに、前世のことはあまり言いたくなかったから」


「どういうこと?」


「それは俺が、犯罪者だからだ。——といっても、冤罪だがな」


「犯罪者? 冤罪?」


「俺はお前たちのいる王国を栄えさせるために、あらゆる仕事をこなしてきた。時には国王陛下に頼まれて、汚い仕事だってしたんだ。だが、身に覚えのない罪で投獄されてな」


「身に覚えのない罪?」


「ああ。謀反をはかったと、国王陛下に告げたやつがいたんだ」


「それは……陛下は友樹くんのこと信じてくれなかったの? 王国のために貢献してきたんでしょ?」


「そうだが……誰も信じてくれなかったんだ」


「ひどい……まるで私の時と同じじゃない」


「ノルンは信じてくれるのか?」


「もちろんだよ。友樹くんはそんなことするような人じゃないと思うよ」


「そうか。ありがとう」


「それで、友樹くんは投獄されて……ずっと牢屋の中にいたの?」


「そうだ。ずっと、ずっと牢屋でひたすら格子窓の外を見ていたんだ」


「脱出しようとは思わなかったの? 友樹くんはすごい魔法使いなんでしょう?」


「そうだな。いつか国王陛下が俺のことをわかってくれると思ったから」


「ひたすら待ってたの?」


「ああ、そうだ。陛下が出してくれることをずっと長い間待っていたんだ」


「ぐすっ……なんですかそれ……」


花柳はなやぎくん? いつの間に」


 気づくと、花柳くんが私の隣に立っていた。


 いつの間にか増えているギャラリーにちょっとだけ動揺していると、花柳くんが鼻を啜りながら告げる。


「そんなのひどいじゃないですか。国王陛下をひたすら信じて待つなんて……どこまでお人好しなんですか」


 その言葉に、友樹くんは少し暗い顔をする。


「だがな、国王陛下は決して悪い人ではなかったんだ」


「でも、フレイシアのことも火あぶりにしたんだ。僕は陛下のことも許せないよ」


 そう告げたのは、近くのベンチに座っていた盛田もりた先輩だった。


 いったい、どこから湧いてきたのだろう。


 私が動揺していると、殿宮くんが訊ねる。 


「二人とも、どうしてここに?」


「そ、それは……」


 視線を彷徨わせる花柳くんに、殿宮くんはズバリ指摘する。


「本当は、待田先輩に謝りたいんじゃないですか?」


「ち、違います! 僕はまだ完全に信じたわけじゃないですからね……ぐすっ」


「往生際が悪いですね。いつまで意地をはるんですか……もう、蒼は謝ったというのに」


「謝って済む問題でもないけどね」


 私が思わず口を尖らせると、友樹くんが苦笑する。


「ノルンは厳しいな」


「だってそうでしょう!? 鉢植えだけでも危ないのに、刺客を送ったと聞いて、卒倒するかと思ったよ。それに盛田先輩や花柳くんまで友樹くんたちに危害を加えようとするなんて、信じられない」


「それは……待田先輩がガラン王子だと思ったから」


 しどろもどろ言う盛田先輩に、私は一歩も譲らなかった。


「そうだとしても、現世では犯罪だよ!?」


「ノルン、声が大きいぞ」


「すみません……とにかく、私は友樹くんみたいに簡単には許せないから」


「そんなぁ……」

 

 がっくりと肩を落とす花柳くんから、私はフンと目を逸らす。


 すると、友樹くんが花柳くんに向かって告げる。


「だから言っただろう。俺たちに危害を加えるよりも、ノルンに花の一つでも送ったほうが良いと」


「どうすれば、許してくれますか? フレイシア」


 顔色を窺うようにこちらを見る花柳くんに、私はぴしゃりと指をさして告げる。


「私はフレイシアじゃなくて、久美です! 友樹くんにちゃんと謝りなさいよ!」


「待田くん……申し訳ありませんでした」


「盛田先輩!?」


 驚く花柳くんに、盛田先輩は淡々と言った。


「俺が間違ってたよ。本当は待田くんに危害を加えるつもりなんてなかったんだ」


「ずるい! 盛田先輩。嘘までついて……」


「嘘? なんのことかな?」


「そういえば、ホソックスはそういう人だったね」


 私が呆れた顔をしていると、道路の方から別の声が聞こえた。


「あれ? みんな何してるの?」


「え? 生徒会長? どうしてここに?」


 トレーナーにジーンズの生徒会長は、私たちを発見するなり公園の中へとやってくる。


「妹におつかいを頼まれたんだ。で、なんでみんな集まってるの?」


「兄貴には関係ない」


「友樹ひどい。また俺だけ仲間外れにするんだぁ」


「国王陛下そっくりなのに、中身はまるで別人だね」


 盛田くんが驚いたように告げると、花柳くんも頷く。


「そうですね。陛下はもっと威厳のある御方でしたから」


「なにブツブツ言ってるの? なんだか俺の悪口を言ってるような気がしたけど」


「地獄耳は同じですね」


 そう言った殿宮くんは、いつになく真面目な顔をしていた。




 ***




 待田まちだ友樹ゆうきへの謝罪大会の後。


 自宅に戻った殿宮とのみや匡孝まさたかは、弟——あおいの部屋の前で咳払いをするなり、軽くドアをノックする。


「蒼、いるのか?」


「なあに、お兄ちゃん」


 すると、あおいはまるで反省した様子もなく明るい顔で姿を現した。


 立ち直りの早い蒼に呆れつつも、匡孝はそのまま蒼の部屋に足を踏み入れる。


「お前——あの部屋はそのままにするのか? 母さんが見たら怒るぞ」


「大丈夫だよ。普通の人は入ってこれないから。……それで、どうしたの? 何か用があるから、僕のところに来たんでしょ?」


「……実はお前に頼みがあるんだ」


 匡孝は少し頬を紅潮させながらも、咳払いして誤魔化す。


 その異様な雰囲気を見て、蒼は目を瞬かせる。


「もしかして……ガラン王子への復讐を手伝ってくれるの?」


「お前、まだそんなこと言ってるのか?」


「たとえ待田さんがガラン王子じゃなくても、どこかにいると思うんだよね」


「復讐に燃えるよりも、勉強しろ勉強」


「で、頼みってなんなの」


「その……フレイシア人形を一つ譲ってくれないか?」


「……」




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