第24話 追い詰めた犯人



 空を覆うほど巨大な土人形ゴーレムが地上に影を落としている。


 ただでさえ夜闇で視界の悪い道路が、いっそう見えにくい状況になり、戦況は完全に傾いていると言っても過言ではなかった。


「降参か?」


 巨大ゴーレムを出現させた友樹ほんにんが告げると、花柳はなやぎ右京うきょうは口元を歪ませる。


「僕は降参なんてしない。ガラン兄さんに負けるわけにはいかないんです」


「何度言えばわかるんだ? 俺はガラン王子じゃない」


「その姿で言うのか?」


 右京はすぐにでも戦闘体制に入りそうな勢いだった。


 友樹ゆうきは困惑気味にため息を落とす。


「困ったな。話の通じない相手というのは、こうも面倒なのか」


「先輩、この人たちのことは放っておきましょう」


 殿宮とのみや匡孝まさたかの思い切った提案に、友樹は目を丸くする。


「……いいのか?」


「理解を求めてもこんな調子だったら、時間の無駄です。それより、久美さんのところに行かないと」


「そうだな。ノルンに危害を加えるとは思わないが、迎えに行ったほうが良いだろう」


「逃げるんですか?」


 挑発する右京に、友樹は肩を竦める。


「また学校で会うだろう?」


「そういう問題じゃない。僕たちは今決着をつけたいんです」


「そんなに言うなら、全力でお前たちを叩きのめしてもかまわないが? 本当にいいのか?」


「のぞむところです!」


「——やめなさい、花柳くん。あの人に敵わないのはもうわかるだろう?」


「でも、盛田もりた先輩」


「もし本当に彼がガランじゃないなら、無関係な人間に攻撃していることになるんだぞ」


「でも、あの人だって、魔法を使っているじゃないですか」


「魔法が使えるからといって、ガランとは限らない」


「先輩?」


「ここは素直に負けを認めよう、花柳くん」


「そんな……俺たちが今までしてきたことはなんだったんですか」


「俺たちはフレイシアのことで突っ走りすぎたのかもしれない」


「いや、かもしれないじゃなくて、突っ走りすぎですよ」


 明音あかねの言葉にすかさずツッコミを入れる匡孝まさたか


 友樹ゆうきは呆れたように告げる。

 

「そんなにノルンが好きなら、別のことで争えばいいだろう」


「別のこと?」


「そうだ。好きという気持ちを殿宮のように伝えるんだ。そのほうがよほどフェアだぞ」


「でも、フレイシアが殺されたことが、どうしても頭から離れないんだ」


「だったら、前世を切り離してやろうか?」


「は? そんなことができるんですか?」


「ああ。これでも一流の魔法使いだからな」


「暗に僕たちが二流だと言いたいんですか?」


「いや、三流だろ?」


 友樹の指摘に、右京は唇を噛みしめる。


「ひどい……やっぱりこの人はガランなのか?」


「ガランがどんな人間かは知らないが、憎むばかりでは、現世で幸せにはなれんぞ」


「大切な人を失った私たちの気持ちなんて、あなたにはわからないでしょう」


 苦々しく告げる明音に、友樹はかぶりを振る。


「ああ、わからんな。ノルンの気持ちを無視して俺たちに危害を加えようとする気持ちなんてな」


「フレイシアの気持ちがどうあれ、許せないことですから」


 右京はあくまで退く気がない様子だった。


「この堂々巡りはいったいいつまで続くんだ?」


「先輩、もう行きましょう」


 諦めたようにため息をつく匡孝に、友樹も同意する。


「そうだな。ノルンを迎えに行こう」




 ***




 GPSアプリの位置情報を見て、匡孝まさたかの自宅にやってきた友樹だが、どの部屋を探しても久美の姿はなく。


 ただ時間ばかりが過ぎる中、そのうち匡孝の弟——あおいの部屋で隠し扉を発見した。


「まさかうちの一室を別空間につないでいるなんて」


 匡孝が見つけたのは、フレイシア人形で埋め尽くされた異様な部屋だった。


 そして部屋の中心にいる久美に駆け寄ると、そこには蒼の姿もあった。


「どうしてお兄ちゃんがここに……?」


殿宮とのみやくんに、友樹くん……? 無事だったの?」


「ああ、ノルン。迎えにきたぞ」


「嘘……ガランがここにいるなんて……あの人たちはどうしたんですか?」


 蒼に〝あの人たち〟と言われて友樹は首を傾げるが——すぐに思い出して告げる。


花柳はなやぎ盛田もりたなら、帰ったぞ」


「帰った? どういうことですか?」


 驚いた顔で目を瞬かせる姿は、可愛らしい幼児そのものだったが、それまでの行いを思い出した匡孝はゾッとする。


「植木鉢や刺客を送ってきたのは、お前だったのか……蒼」


 だが蒼はまるで何も知らない子供のように振る舞う。


「なんのことですか?」


「この状況で嘘をついても無駄だよ。お前にもあいつらと同じ目に合わせてやろうか?」


「お兄ちゃんは、あの人たちにいったい何をしたの?」


「それはもう、地獄の中の地獄を見せてやったよ」


 匡孝が意地悪な顔で笑うと、小さな蒼は緊張した顔をする。


「地獄って……どんな」


「知りたいか? 知りたいだろう? だったら、俺があいつらにしたことと、同じことをしてやるよ」


「ひぃい」


「なーんてな」


 匡孝がおどけて見せると、蒼はポロポロと涙をこぼし始める。


 前世の記憶があるといっても、まだ小さな蒼が、匡孝に敵うはずもなく。


 負けを認めたも同然だった。


「うっ……うっ……」


「弱いくせに、俺たちを敵に回すなんて、いい度胸だな」


 呆れがちな兄の言葉に蒼は口を膨らませる。


「だって……」


「だってじゃないだろう? お尻ぺんぺんしたほうがいいか?」


「殿宮、それは児童虐待じゃないか?」


「見た目は子供でも、中身はジメールですよ? なんの遠慮がいるんですか?」


「ごめんなさい〜」


「謝る前に、お前が今までしてきたことを全部言いなさい」


「ひっく……だって、フレイシアを守るためだもん」


「俺の家族から犯罪者を出すわけにはいかないからな。ここはきっちり反省させてやる」


「殿宮くん、何をする気?」


 久美が不安な顔をする中、匡孝は不敵な笑みを浮かべる。


「蒼が今まで隠してきた塾の答案用紙を母さんに見せる」


「え! ちょっと待ってよ。それだけはやめて」


「いや、だめだ。今までは可愛い弟のためだと思ってかばってやったが、もう許さないからな」


「全部言うから! 今までのこと言うから……それだけはやめて」


 それから蒼は、これまでに行ったこと全てを白状した。


 久美と出会った瞬間、前世の記憶が戻ったこと。


 ラブレターを落として生徒会にフレイシアを探させたこと。


 そのラブレターを拾ったことで花柳はなやぎ右京うきょうも前世の記憶を取り戻したこと。


 そして金銭で人を雇って、友樹や匡孝に危害を加えようとしたことなど。


 ちなみに盛田もりた明音あかねは、久美と接触したことで前世を思い出したという。


 そんな風に、次から次へと明るみになった事実だが——ラブレター騒動は微妙なカタチで幕を閉じたのだった。

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