第23話 宮廷魔術師



「——これならどうだ」


 一見、優しい印象の盛田もりた明音あかねが、杖を掲げながら告げる。


 彼と友樹ゆうきの間には大きな土人形ゴーレムが立っていた。その大きさ、二メートル以上だ。


 だが周囲には見えないらしく、道路の周りから悲鳴どころか、驚きの声ひとつ聞こえなかった。


 そんな恐ろしい兵器を前にして、友樹は感心した顔をする。


「ゴーレムか。なかなかの精度だ」


待田まちだ先輩、下がっていてください」


 素手で戦うつもりなのか、武道の構えをとる匡孝まさたかに、友樹は目を丸くする。


「殿宮」


「大丈夫です。俺がなんとかしますから、待田先輩は逃げてください」


「ふふ、いくら剣聖でも、これに敵うはずがないでしょう」


 明音が暗い笑みを浮かべて告げると、匡孝は苦い顔をして唇を噛む。


 そんな中、相変わらず感心した顔をしている友樹が、納得したように頷く。


「なるほど、土道を選んだ理由はこれのためか」


「余裕の表情ですが、あなたは今自分の立場がわかっていますか?」


 そう、忌々しげに告げる花柳はなやぎ右京うきょうに対し、友樹は考えるそぶりを見せる。


「ああ、わかっている。だが困ったな。お前たちを苦しめれば、きっとノルンが傷つく」


「何を言っているのかわかりませんが、その余裕の表情はすぐに崩してさしあげますよ」


「待田先輩、早く下がっていてください」


「殿宮」


「大丈夫です。俺はこれでも兄弟の中で一番強いんですから」


「はは、それは一対一で戦った場合だろう。いくら剣聖と言っても、剣を持たないククルスにゴーレムの相手なんてできるのか?」


 嘲笑する明音。


「……やってみなければわからないじゃないですか」


 言って、匡孝はゴーレムに向かって行く。


 急所のないゴーレムを倒すには、水の魔法を使うのが一般的だった。


 だがゴーレムの数が多すぎて、にわか雨程度の魔法では倒せなかった。


 しかたなく、素手で戦おうとする匡孝に、友樹も応戦しようとするが……。


「先輩は下がってくださいと言ったでしょう?」


「一人で何カッコつけているんだ」


 匡孝は拳で戦うことを決めたようだった。


 だが、ゴーレムに拳を込めたところで、倒せるわけがなかった。


 なにせ相手は土でできた人形だ。一時的に崩れたところで、すぐに復活した。


 そして匡孝はとうとうゴーレムに囲まれた。


「ほらほら、ククルス兄さん一人で頑張っても意味がないでしょう? ガラン兄さんも見ているだけなんて、さすが卑怯を極めた王子だけはありますね」

 

 右京の挑発に、友樹は反応することなく静かに告げる。


「お前たちは、よほどそのガラン王子とやらを憎んでいるんだな」


「当たり前だろう。自分の一番大切な人が燃えてゆく様を見守るしかなかったんだ。あんな悔しい思いは二度としたくない」


 明音が苦々しく吐き出すと、友樹は申し訳なさそうに頭を掻く。


「そうか。俺には一番大切な人、というのがわからないから、お前たちの気持ちを完全に理解できたわけではないが……確かに、ノルンや殿宮がそんな風に殺されたら、許せないな」


「他人事のように言ってるけど……あなたにも、ククルスにもこれから同じ目にあってもらうよ」


 明音が杖を振ると、ゴーレムが五体ほど増える。


 広い道路を埋め尽くすゴーレムを見て、匡孝は舌打ちをする。


「くそ、俺の剣さえあれば……」


「ははは、剣のない剣聖なんて、赤子のようなものですね。このまま、フレイシアと同じように——」


 勝利を確信し、高らかに笑い声をあげる右京は、見ていて異様な姿をしていた。


 そんな右京を憐れむような目で見ていた友樹は、思わず気持ちを口にする。


「兄弟でそこまで憎むものなのか?」


「……は?」


「仮にも前世では仲の良い兄弟だったのだろう?」


「あなたがガラン王子なら、わかっているでしょう? 僕たちは王位継承争いばかりで、仲が良かったことなんてないです」


 右京が告げると、友樹は納得したように頷いた。


「そうか……王家も大変なんだな」


「自分は違うと言いたいんですか?」


「違うと言ったところで、信じてはもらえないだろう?」


「もちろん。ククルスを始末したら、その次はあなただ」


 明音は宣言するもの、友樹が恐怖を感じている様子はなく、ゴーレムを見ながら淡々と告げる。


「物騒なことを言うんだな」


「これで終わりです! ゴーレムたち!」


 右京が指示すると、ゴーレムがいっせいに匡孝に飛び掛かる。


 ゴーレムの間をなんとか逃げ回る匡孝だったが、時間とともに疲弊しているのは明らかだった。


「くそっ!」


 多勢に無勢を実感する中、遠くで逃げることなく見守っていた友樹がため息を落とす。


「いつの世も言葉が通じないことがあるんだな……はあ、仕方ない——水の精霊よ」


 友樹が呟いた瞬間、匡孝を取り囲むゴーレムが水たまりに閉じ込められる。


 まるで海に引き込まれたようなその様子に、周囲があっけにとられる中、友樹は姿を変えた。


 赤い髪と目の——まるで炎のような色をした友樹は、怒った顔をして告げる。


「他人に手をだすのは、現世では犯罪だろう。お前たちには、少しお仕置きが必要だな」


「待田くん、君はいったい……?」


 明音が瞠目しながら告げると、友樹は腕を組んで宣言する。


「俺はガランという名前ではない」


「水の魔法が使えるからってなんですか! ゴーレムはいくらで生成できますから! ほらみんな、あいつを潰してしまいなさい!」


 明音が杖を大きく振ると、ゴーレムの大軍が道路を埋め尽くす。


「待田先輩!」


 友樹に向かって突進するゴーレムを見て、匡孝が青い顔をするもの、友樹は余裕の笑みを浮かべる。


「ゴーレム、か。お手本を見せてやろう——土の精霊よ」


 友樹が呟いた瞬間、空をも突くような巨大なゴーレムが現れる。


 その体の大きさに驚く明音たち——彼らはゴーレムを見つめたまま、青ざめた顔をしていた。


「なんて魔力だ。人間なのか?」


 震える明音に続き、右京も息を飲む。


「ガラン王子にこれほど力があったとは」


 友樹は呆れがちにため息を吐くと、再三告げる。


「だから違うと言ってるだろう。あんな小童こわっぱと一緒にするな」


「小童?」


「宮廷魔術師の私が、王子に負けるわけがないだろう」


「宮廷魔術師?」


「そういえば、聞いたことがある。我が王国が栄えていたのは、偉大なる魔術師のおかげだって」


 右京がゴーレムを見上げて告げると、明音は大きく見開く。


「最後の魔術師のことか?」


「そうも呼ばれていたな」


 友樹が肯定すると、右京がちらりと友樹を見ながら告げる。


「確か、謀反を画策した罪で幽閉されたと聞いたけど」


「冤罪だがな……まあ、自己紹介も終わったところで、お前たちをどうしたものか」


 やれやれといった雰囲気で告白した友樹だったが、それでも右京は刺すようなまなざしで友樹を見つめた。


「最後の魔術師だかなんだか知らないけど、僕たちが力を合わせれば……」


「あれに勝てると本当に思ってる?」


 仲間ながらに指摘する明音に、右京は黙り込む。


「それに、ガラン王子がこんな魔法を使えていたら、とっくの昔に殺されてるよ」


「……じゃあ、どうするんですか」


「負けを認めるしかないだろ」


「はあ!?」


 ゴーレムを見て早々に観念した明音は、大きな息を吐くが——納得のいかない右京の声が、その場に響いたのだった。


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