第23話 宮廷魔術師
「——これならどうだ」
一見、優しい印象の
彼と
だが周囲には見えないらしく、道路の周りから悲鳴どころか、驚きの声ひとつ聞こえなかった。
そんな恐ろしい兵器を前にして、友樹は感心した顔をする。
「ゴーレムか。なかなかの精度だ」
「
素手で戦うつもりなのか、武道の構えをとる
「殿宮」
「大丈夫です。俺がなんとかしますから、待田先輩は逃げてください」
「ふふ、いくら剣聖でも、これに敵うはずがないでしょう」
明音が暗い笑みを浮かべて告げると、匡孝は苦い顔をして唇を噛む。
そんな中、相変わらず感心した顔をしている友樹が、納得したように頷く。
「なるほど、土道を選んだ理由はこれのためか」
「余裕の表情ですが、あなたは今自分の立場がわかっていますか?」
そう、忌々しげに告げる
「ああ、わかっている。だが困ったな。お前たちを苦しめれば、きっとノルンが傷つく」
「何を言っているのかわかりませんが、その余裕の表情はすぐに崩してさしあげますよ」
「待田先輩、早く下がっていてください」
「殿宮」
「大丈夫です。俺はこれでも兄弟の中で一番強いんですから」
「はは、それは一対一で戦った場合だろう。いくら剣聖と言っても、剣を持たないククルスにゴーレムの相手なんてできるのか?」
嘲笑する明音。
「……やってみなければわからないじゃないですか」
言って、匡孝はゴーレムに向かって行く。
急所のないゴーレムを倒すには、水の魔法を使うのが一般的だった。
だがゴーレムの数が多すぎて、にわか雨程度の魔法では倒せなかった。
しかたなく、素手で戦おうとする匡孝に、友樹も応戦しようとするが……。
「先輩は下がってくださいと言ったでしょう?」
「一人で何カッコつけているんだ」
匡孝は拳で戦うことを決めたようだった。
だが、ゴーレムに拳を込めたところで、倒せるわけがなかった。
なにせ相手は土でできた人形だ。一時的に崩れたところで、すぐに復活した。
そして匡孝はとうとうゴーレムに囲まれた。
「ほらほら、ククルス兄さん一人で頑張っても意味がないでしょう? ガラン兄さんも見ているだけなんて、さすが卑怯を極めた王子だけはありますね」
右京の挑発に、友樹は反応することなく静かに告げる。
「お前たちは、よほどそのガラン王子とやらを憎んでいるんだな」
「当たり前だろう。自分の一番大切な人が燃えてゆく様を見守るしかなかったんだ。あんな悔しい思いは二度としたくない」
明音が苦々しく吐き出すと、友樹は申し訳なさそうに頭を掻く。
「そうか。俺には一番大切な人、というのがわからないから、お前たちの気持ちを完全に理解できたわけではないが……確かに、ノルンや殿宮がそんな風に殺されたら、許せないな」
「他人事のように言ってるけど……あなたにも、ククルスにもこれから同じ目にあってもらうよ」
明音が杖を振ると、ゴーレムが五体ほど増える。
広い道路を埋め尽くすゴーレムを見て、匡孝は舌打ちをする。
「くそ、俺の剣さえあれば……」
「ははは、剣のない剣聖なんて、赤子のようなものですね。このまま、フレイシアと同じように——」
勝利を確信し、高らかに笑い声をあげる右京は、見ていて異様な姿をしていた。
そんな右京を憐れむような目で見ていた友樹は、思わず気持ちを口にする。
「兄弟でそこまで憎むものなのか?」
「……は?」
「仮にも前世では仲の良い兄弟だったのだろう?」
「あなたがガラン王子なら、わかっているでしょう? 僕たちは王位継承争いばかりで、仲が良かったことなんてないです」
右京が告げると、友樹は納得したように頷いた。
「そうか……王家も大変なんだな」
「自分は違うと言いたいんですか?」
「違うと言ったところで、信じてはもらえないだろう?」
「もちろん。ククルスを始末したら、その次はあなただ」
明音は宣言するもの、友樹が恐怖を感じている様子はなく、ゴーレムを見ながら淡々と告げる。
「物騒なことを言うんだな」
「これで終わりです! ゴーレムたち!」
右京が指示すると、ゴーレムがいっせいに匡孝に飛び掛かる。
ゴーレムの間をなんとか逃げ回る匡孝だったが、時間とともに疲弊しているのは明らかだった。
「くそっ!」
多勢に無勢を実感する中、遠くで逃げることなく見守っていた友樹がため息を落とす。
「いつの世も言葉が通じないことがあるんだな……はあ、仕方ない——水の精霊よ」
友樹が呟いた瞬間、匡孝を取り囲むゴーレムが水たまりに閉じ込められる。
まるで海に引き込まれたようなその様子に、周囲があっけにとられる中、友樹は姿を変えた。
赤い髪と目の——まるで炎のような色をした友樹は、怒った顔をして告げる。
「他人に手をだすのは、現世では犯罪だろう。お前たちには、少しお仕置きが必要だな」
「待田くん、君はいったい……?」
明音が瞠目しながら告げると、友樹は腕を組んで宣言する。
「俺はガランという名前ではない」
「水の魔法が使えるからってなんですか! ゴーレムはいくらで生成できますから! ほらみんな、あいつを潰してしまいなさい!」
明音が杖を大きく振ると、ゴーレムの大軍が道路を埋め尽くす。
「待田先輩!」
友樹に向かって突進するゴーレムを見て、匡孝が青い顔をするもの、友樹は余裕の笑みを浮かべる。
「ゴーレム、か。お手本を見せてやろう——土の精霊よ」
友樹が呟いた瞬間、空をも突くような巨大なゴーレムが現れる。
その体の大きさに驚く明音たち——彼らはゴーレムを見つめたまま、青ざめた顔をしていた。
「なんて魔力だ。人間なのか?」
震える明音に続き、右京も息を飲む。
「ガラン王子にこれほど力があったとは」
友樹は呆れがちにため息を吐くと、再三告げる。
「だから違うと言ってるだろう。あんな
「小童?」
「宮廷魔術師の私が、王子に負けるわけがないだろう」
「宮廷魔術師?」
「そういえば、聞いたことがある。我が王国が栄えていたのは、偉大なる魔術師のおかげだって」
右京がゴーレムを見上げて告げると、明音は大きく見開く。
「最後の魔術師のことか?」
「そうも呼ばれていたな」
友樹が肯定すると、右京がちらりと友樹を見ながら告げる。
「確か、謀反を画策した罪で幽閉されたと聞いたけど」
「冤罪だがな……まあ、自己紹介も終わったところで、お前たちをどうしたものか」
やれやれといった雰囲気で告白した友樹だったが、それでも右京は刺すようなまなざしで友樹を見つめた。
「最後の魔術師だかなんだか知らないけど、僕たちが力を合わせれば……」
「あれに勝てると本当に思ってる?」
仲間ながらに指摘する明音に、右京は黙り込む。
「それに、ガラン王子がこんな魔法を使えていたら、とっくの昔に殺されてるよ」
「……じゃあ、どうするんですか」
「負けを認めるしかないだろ」
「はあ!?」
ゴーレムを見て早々に観念した明音は、大きな息を吐くが——納得のいかない右京の声が、その場に響いたのだった。
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