第21話 病弱の王子





 久美くみがいなくなったことを報告するため、夜の病院にやってきた友樹ゆうきだが。


 見えないにもかかわらず捜索に向かおうとする匡孝まさたかを見て、仕方なさそうに「ヒール」を唱えた。


 すると、匡孝まさたかの視力は瞬く間に回復し——クリアになった視界に驚いた匡孝が、おそるおそる口を開く。


「……これは、回復魔法?」


「これなら、見えるだろう?」


待田まちだ先輩、あなたは一体……?」


「ノルンを助けたら、俺のことも教える。それまで待ってくれないか?」


「……わかりました」


「いいのか?」


「今なら、待田先輩のことを信じられる気がするんです。久美さんのように」


「もし、俺が悪いやつだったらどうするつもりなんだ?」


「だったら、とっくの昔に俺たちを陥れることができたでしょう」


「……信じてくれてありがとう」


 友樹が苦笑すると、匡孝は真剣な顔つきで上着を羽織った。





 ***




「……ここはいったい?」


 気づくと私——久美は、明かりのない部屋のベッドにいた。


 なんだか不気味な暗さに少し恐怖を感じながら身を起こすと、すぐ目の前に小さな子供がやってくる。


 ほんのり明るさを放つ幼児は、私に向かって笑みを浮かべた。

 

「お姉ちゃん、目が覚めたんですか?」


「君、殿宮とのみやくんの弟の……あおいくん? 私はどうしてここに?」


 そういえば、海岸で蒼くんと出会ってから記憶がなかった。


 私は貧血でも起こして倒れてしまったのだろうか?


 でも、幼児一人で私を運ぶなんて無理だろうし、殿宮くんもいるのかな?


 ——って、殿宮くんは目が見えないんだっけ?


 私が色々考えいていると、そのうち蒼くんは可愛い顔で懇願した。


「久美お姉ちゃん、僕と一緒に遊びましょう」


「は? それより、友樹くんはどこ?」


「お姉ちゃんはどうしてあんなやつのことを……」


「私、友樹くんを探さなくちゃいけないから——ごめんね、帰るよ」


「ダメです。逃しません」


「蒼くん?」


「お姉ちゃんはここでずっと僕と遊ぶんです」


「え?」


 その時、ふいに部屋の中が明るくなって——目が眩んだ。


 突然明るくなったものだから、しばらく目がおかしかったけど、そのうち周囲がよく見渡せるようになって、私は息をのんだ。


「——ひぃ」


 書棚で囲まれた大きな部屋の中には、私の前世によく似た人間が、山のように並んでいた。


 その異様な光景に私が恐怖を抱く中、蒼くんは嬉しそうな顔をする。


「この子たち、よくできてるでしょう? フレイシア」


「……あなたはいったい」


「僕? 僕のことを覚えてないの?」


「あなた、もしかして……」


 その時、なぜか脳裏をよぎったのは、病弱な王子の姿だった。


「〝フレイシア、僕の目となって世界を見て〟」


「その言葉……ジメール?」


「そうだよ。ようやく思い出してくれたんだね」


 ジメールとは、前世で私が暮らしていた王国の、第六王子のことだった。


 病弱でどこにも行けないジメールのために、私はよく花を届けたものである。


 城下町での出来事を報告したりして、一緒に過ごしたけど——それで恋人のククルスがよくヤキモチを妬いたことを覚えている。


 ————まさかあのジメールとも再会できるなんて。


 よく見れば蒼くんはジメールに似ていた。そのことに、感動を覚えるもの——それ以上に部屋を埋め尽くすフレイシア人形にゾッとしていた。


「どうしてあなたがこんなものを……」


 訊ねると、蒼くんは後ろで手を組みながら、ゆっくりと私の周囲を歩いた。


「僕はずっと、フレイシアに恋い焦がれていたんだ。そんなこと、フレイシアは知らないでしょう? いつもいつも、ククルスとばかり一緒にいて、僕のことはその他大勢の扱いだった」


「それは……」


「まあ、それはいいとして、どうしてあいつまでそばに置いてるの?」


「あいつ?」


「ガラン王子だよ」


「ガラン王子?」


「君を亡き者にしたあいつを、どうして許すの? フレイシア」


「友樹くんはガラン王子じゃない」


「フレイシア……魂はね、いつの時代も同じ形をしているんだよ? だから僕たちは再び巡りあえるシステムの中にいるというのに、あいつだけ違うなんてありえないんだよ」


「そんなことないよ。私、ガラン王子だったらきっとわかると思う」


「君はもしかして、あいつのことが好きになったの?」


 一瞬、ドキッとした。


 友樹くんのことは決して嫌いじゃないけど、好きかと言われてもよくわからなかった。


 私が困惑していると、蒼くんはさらに告げる。


「ねぇ、フレイシア……どうしてあんなやつばかり見ているの? 君が火あぶりにされたことで、僕たちは内乱を起こすほど思いつめたのに……でも君はちっとも僕たちの想いに気づいてくれないんだ」


「もしかして、あの手紙って……」


「ああ、僕が書いたんだ。兄さんに忘れ物を届けるついでに落としておいた」


「落としておいた?」


「そうすれば、生徒会が勝手に探してくれるでしょう? フレイシアを」


「そういう……ことだったの?」


「ねぇ、フレイシア。再会した時のことを覚えてる? 僕を救ってくれたよね」


「車に轢かれそうになった時のこと? ……もしかして、あれもわざとだったの?」


「違うよ。あの時思い出したんだよ。前世のいろんな感情がこみあげてきて、とっさに泣いてしまったけど。現世の僕は病弱でもなんでもない体だから、今ならフレイシアを迎えに行けると思ったんだ」


「私を……迎えに?」


「そうだよ。もう、あんなやつにフレイシアの命を脅かされたりしないよ」


「友樹くんに鉢植えを落としたのも、あなたなの? でも、どうやって……」


「そんなの、人を使えば簡単だよ。あの人たちも快く協力してくれたし」


「あの人たち?」


「ふふ……みんな、フレイシアを守ろうと必死なんだよ」


「友樹くんや殿宮くんに危害を加えるなんてひどいよ」


「ちっともひどくなんかないよ。ガラン兄さんもククルス兄さんも、僕たちにとっては目障りなんだよ」


「僕たちってまさか……」


「そうだよ。過去に王子だった僕らだよ」


 ————なんだか嫌な予感がする。


 そう思った私は、蒼くんを強い目で見据える。


「私を家に帰して」


「まだダメです」


「まだ?」


「そうです。ガラン兄さんとククルス兄さんには消えてもらいます」


「え……?」




 ***




 久美が蒼の部屋で目覚めた頃。


 すっかり調子を取り戻した匡孝を連れて、友樹は海近くの道路を歩き回っていた。


「待田先輩、これからどうしますか?」


 あてもなく歩く友樹に、とうとう痺れを切らした匡孝が告げると、友樹は立ち止まって考えるそぶりを見せる。


「そうだな。ノルンの居場所がわかるアイテムとかないのか?」


「……あります」


「それはノルンの許可をとっているんだろうな」


「いいえ」


 気まずそうな顔をする匡孝を見て、全てを察した友樹は大きなため息を吐く。


「だろうな。まあいい、ノルンのところに急ごう」


 


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