第20話 行方不明
謎の魔法使いから攻撃を受けて、目が見えなくなった殿宮くんは、それから二日経っても元には戻らず、病院の白いベッドでくすぶっていた。
一日も経たずに治った盛田くんと比べて、魔法がとても効いているらしい。
すでに痺れを切らしている殿宮くんは、今にも病院を飛び出しそうな雰囲気で、宥めるのが大変だった。
「——久美さんを絶対に一人にしないでください!」
状況が落ち着いたところで、帰ろうとしたら——背中を向けた私に向かって、殿宮くんが言った。
どうやら、一緒にいる友樹くんに言いたかったらしい。
私が瞠目していると、ドアの方を向いていた友樹くんが振り返って腕を組む。
「ああ、わかってる」
「本当は俺もそばにいたいですが、まだ視力が完全には回復していないので」
「お前は回復するまで寝てろ」
「久美さんに手を出したら承知しませんからね」
牽制するように告げる殿宮くんに、私はさすがに呆れてしまう。
「ちょっと、殿宮くん?」
「久美さんも浮気しないでくださいね」
「私は殿宮くんとは付き合ってないんだけど……」
でも、いくら否定したところで、殿宮くんの態度は変わらなかった。
病院の帰り道。すっかり暗くなった市街地は、夜の装いに変わって賑やかな色を見せていた。
アフターファイブの人ごみで溢れた道路を歩く中、友樹くんは怪訝な顔をする。
「……気に入らないな」
「友樹くん?」
「人の視力を奪うなんて、卑劣なやつがいるもんだ」
「今までも、さんざん鉢植えを落とされたりしてるよ?」
「そうだな。姿も見せずに攻撃してくるところが汚いな。やるなら、正々堂々と向かってくればいいものを」
「そうだね。どうして相手は隠れてるんだろう」
「このままだと、ノルンにもいつ危害を加えられるかわからないな」
「……大丈夫だよ。私には時を止める力があるから」
「魔法の発動か……」
「どうかしたの?」
「ノルン、さっき殿宮から受け取ったブレスレットはあるのか?」
「ああ、これのこと?」
私が腕につけた細いチェーンのブレスレットを見せると、友樹くんは頷いた。
それは、殿宮くんが作った、魔法や魔術を探知するというブレスレットだった。
「それで魔法を発動した人間を探知できると言ったな?」
「そう、殿宮くんは言ってたけど」
「だったら、こちらも罠を張ってみるか?」
「罠? 友樹くんは何をするつもりなの?」
「ノルン、このことは生徒会には秘密だぞ」
そう言って、友樹くんは綺麗な歯を見せて笑った。
***
「……友樹くん、どこ行くの?」
突然、罠を張ると言い出した友樹くん。
市街地からいつもの帰り道を外れて歩くものだから、私は少し動揺していた。
けど、いつでも通常運転の友樹くんは、相変わらず何を考えているのかわからない顔で告げる。
「二人で思い切り遊びに行く」
「こんな時に、大丈夫なの?」
「こんな時だからこそ、遊ぶんだ」
そう言って不敵に笑う友樹くんに、私は困惑しながらもついていった。
それからショッピングモールのゲームセンターで遊んだ後、少しだけ足を伸ばして海岸にやってきた私は、月に照らされた海を眺めながら冷たい息を吐く。
「ちょっと寒いね」
マフラーを巻き直した私の隣で、友樹くんは穏やかな顔で海を見ていた。
……やっぱり、前世で私を火あぶりにしたあの王子様とは雰囲気が全く違うよね。
友樹くんは落ち着いた口調で告げる。
「そうだな。でも、潮の香りが落ち着くんだ」
「友樹くんは海が好きなの?」
「ああ、そうだ。素晴らしいものは全て目に焼き付けておきたいんだ」
「なんだか友樹くんって……刹那的だね」
「そうか?」
「うん。いつ死んでもおかしくないみたいな……」
「実際、そうだろう? 俺たちだっていつ終わりが来るかわからないんだ。たとえば、突然冤罪で捕まったら、それで終わりだ」
「冤罪で捕まるって、何を言ってるの? 友樹くん」
「……なんでもない」
「友樹くんって、もしかして——」
その時だった。
突然、また耳鳴りがして私は時を止めた。
「ノルン!」
「わかってるよ」
私は殿宮くんからもらったブレスレットを使って魔法の発動ポイントを確認する。
すると、青い光がぼんやりと線になって北の方角を指し示した。
「近いよ! 友樹くん!」
「いた! あいつだ!」
友樹くんが指を差した先には、波が打ちつける崖と人影があった。
逃げようとするその人を追いかけた私たちは、岩場が連なる向こうの、崖の裏へと足を運ぼうとするけど——そんな時。
「久美お姉ちゃん」
後ろから可愛い声がして振り返る。
すると、広い岩場の上に殿宮くんの弟の
友樹くんが人影を追いかけて崖の裏に移動する中、私は蒼くんに駆け寄った。
***
「それで、久美さんがいなくなったと?」
その個室で、
そんな風に機嫌の悪い
「すまない。俺が目を離した隙に」
夜の海で久美のブレスレットを使い、魔法の探知を行なっていると、そのうち怪しい人影を見つけた。
そこで友樹は人影を追って崖の裏へと足を運ぶのだが——気づくと久美がいなくなっていたのだ。
「どうしてそんな無茶をしたんですか?」
匡孝の責めるような口調に、友樹はしどろもどろ告げる。
「お前たちに危害を加えたやつがどうしても許せなかったんだ」
「……はあ。そんなことを言われたら、怒る気力も失せました」
「面目ない」
「それで、相手の特徴とか覚えてますか?」
「逃した相手は、俺たちと同じ制服を着ていた」
「どうして生徒会に手伝ってもらわなかったんですか?」
「生徒会は魔法の存在を知らないのだろう? お前たちの素性も知らないのに、一般人を巻き込むのはどうかと思ったんだ」
「そうですね。でも、待田先輩も一般人でしょう?」
「そうだが……」
「仕方ない。俺も探しに行きます」
「待て、お前……目が見えないんだろう?」
「ご心配なく。少しは見えますから」
「だが、危険じゃないか」
「ただでさえ久美さんがいなくなって、気が狂いそうなんです。このまま待っていることなんてできません……だから、待田先輩はおとなしく俺の目になってください」
「俺が殿宮の目に……?」
「はい。今の俺には何もできませんから、久美さんが連れていかれた責任をとってください」
「……」
「さあ、早く行きますよ」
そう言って立ち上がった匡孝は、出口を目指すが——。
「こっちだ、殿宮」
友樹の居場所がわからず、匡孝はつま先を迷わせる。
「声だけではわかりません」
「……そうか。殿宮」
「なんですか?」
どこにいるのかもわからない友樹を、匡孝が感覚で探していると、ふいに友樹が匡孝の頭に手を置いた。
そして——。
『ヒール』
小さな呟きとともに、匡孝の頭が光に包まれては消える。
頭に言いようのない熱さを感じたと同時に視界がクリアになった匡孝は呆然としながら口を開く。
「これは、回復魔法?」
「これなら、見えるだろう?」
「待田先輩、あなたは一体……?」
匡孝が固唾をのんで訊ねると、友樹は困った顔で笑った。
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