第19話 見知らぬ魔法使い



 パステルカラーの青で彩られた壁紙に、白で統一された調度品。


 目を覚ますと、そこは自宅マンションの、私の部屋だった。


「久美さん?」


 周囲をぼんやりと眺めていた私は、すぐそばに殿宮くんがいることに気づく。


 慌てて身を起こすと、友樹くんもベッド脇にいた。


「ノルン、目が覚めたか」


「え? あれ……? ここ私の部屋?」


 まだハッキリしない頭で首を傾げていると——殿宮くんは苦笑して、私の手に鍵を握らせた。


「すみません、勝手に部屋の鍵をお借りしました」


「……私、どうしたんだっけ?」


「街中で突然、炎の壁に包まれたと思ったら、久美さんが倒れたんです」


「そうだ。私……前世のことを思い出して」


 二人の前で取り乱したことを思い出して私が赤面する中、殿宮くんは考えるそぶりを見せる。


「これも手紙の送り主の仕業でしょうか?」


「それだと、ノルンまで巻き込む理由がわからない」


「そうですね。久美さんを想う人間なら、久美さんに危害を加えたりしないはず……」


「これはもう、のんきに遊んでる場合じゃないか」


 友樹くんがいつになく厳しい顔をすると、殿宮くんも頷く。


「早く手紙の送り主を探さないと、このままだと大変なことになるかもしれませんね」


 話を進める二人を見比べて、私はおそるおそる訊ねる。


「どうするの?」


 すると、殿宮くんが閃いたように目を輝かせた。


「——そうだ。良いことを思いつきました」


「良いこと?」


「要は、相手の魔法が発動した場所を探知できればいいんですね」


「相手の魔法? 探知? どういうこと?」


「俺、前世では道具作りも得意だったんです」


「そういえば、前世では私の居場所が常にわかる懐中時計を持ち歩いてたよね」


「なんで知ってるんですか?」


「行く先々であなた——ククルスに会うなんて、おかしいと思ったよ。こっそりテンダスが教えてくれたの」


 ククルスとは第五王子だった時代の殿宮くんの名前で、テンダスとは兄王子の名前だった。 


 テンダス王子とも仲が良かった私は、こっそりククルスのことを教えてもらったりしたっけ。


 それを知るたびにククルスはヤキモチを妬いたのだけど。


「……テンダス兄さん、裏切ったな……」


「まさか、今でもそういうの作ったりしてないよね?」


「まさか。今はアプリでどうとでもできますよ」


「……アプリ?」


「なんでもありません。それよりも、さっきの話の続きですが……魔法が発動したポイントを即座に知らせてくれるアイテムを作ろうかと」


「そんなことできるの?」


「前世の知識があるので、出来ると思います」


「そっか。じゃあ、殿宮くんお願いね」


「まかせてください」




 ***




 水越みなこし久美くみの通学路近くにある豪邸とも呼べる一軒家——その一室で、殿宮とのみや匡孝まさたかは、テーブルセットに座って軽作業を行っていた。


 小さな金属わっかをつなぎ合わせる作業だった。匡孝まさたかはそれを繰り返すうち、二十五センチほどの長さになったところで、手を止める。


「よし、出来た。俺ってこういうのを作るのは天才的なんだよな」


 思わず椅子から立ち上がる匡孝だったが——そんな彼の部屋に、幼稚園児の弟がやってくる。


 あおい匡孝まさたかの手元を覗き込んで首を傾げた。


「お兄ちゃん、何してるの?」


「ああ、ちょっと久美さんへのプレゼントを作っているんだ」


「久美お姉ちゃんへのプレゼント? 何をあげるの?」


「ブレスレットだよ」


「ふうん……ちょっと見せてもらっていい?」


「ああ、いいぞ」


 弟に対してそれなりに優しい匡孝は、細い金色のチェーンを蒼に手渡す。


 すると、蒼は目を輝かせてチェーンを見つめた。


「綺麗だね。さすがお兄ちゃん」


「そうだろう? これなら、久美さんも喜ぶだろう」


「うん、きっと喜ぶと思うよ。お兄ちゃん、頑張ってね!」


 そう言ってブレスレットを匡孝に返した蒼は、静かに部屋を出たのだった。


「とりあえず、安全性の確認もかねて、一度使ってみるか」


 独りごとのように告げた匡孝は、家の外に出ると、ブレスレットを手に目を閉じる。


 ブレスレットは魔法や魔術を使う人間を探知するもので、久美が何かに巻き込まれた時を想定して作ったものだった。


「久美さんは家にいるし、まさかこんな時間に魔法を使うやつなんていないよな……」


 ————と、その時。


 匡孝が持っていたブレスレットが煌々と輝き始める。


 それは、近くで誰かが魔法もしくは魔術を使っているという合図だった。


「近くに魔法使いがいるのか?」


 匡孝は周囲を見回しながら、ブレスレットをあらゆる場所に向けてみる。


 すると、いっそう強くブレスレットが輝く場所を見つけて、匡孝は走り出した。


「こっちに魔法を使っているやつがいるのか!?」


 それから何度も壁に突き当たっては、ブレスレットで方角を確認した匡孝だったが——そのうち広大な公園の前で、ブレスレットが震え始めた。


「——いた!」


 夜闇に覆われた公園の奥に、人影を見つけた匡孝まさたかは、ゆっくりと相手に近づきながら告げる。


「……魔法を使える人間は限られている……久美さんに手紙を送ったのはお前か?」


「え? 君は、ククルス……?」


 暗闇で響く声に、匡孝は確信する。


「それは、紛れも無い俺の前世の名前だ。あんたが犯人なのか? ——盛田もりた先輩」


 広大な公園の奥にいたのは——美化委員の盛田もりた明音あかねだった。


 植木鉢が盗まれたと言ったのは明音だが、まさか自作自演とは思わず。匡孝はきつい眼差しを明音に向けた。


 明音は驚いたように見開いていた。


「なんのことだよ」


「とぼけるな! 魔法を使える人間なんて、前世でもそういなかったんだ。あんたが待田まちだ先輩を攻撃して、久美さんを恐怖に陥れた犯人だろ!」


「悪いが、君の言うことはよくわからない」


 するとその時、ブレスレットが青い色で再び光り始める。


「とぼけても無駄だと——……ん?なんだ? 魔法の発動ポイントがもう一つ? しかも近い!」


「——ああ、見つかってしまいましたか」


 匡孝がブレスレットに釘付けになる中、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


 だが——。


「あなた、邪魔なんですよ」


 振り返る寸前、視界が光を失くした。




 ***




「——殿宮くん」


 放課後の、まだ暗くなるには早い時間。


 学校から近い病院にやってきた私——久美は、個室のベッドで寝ている殿宮くんの顔を覗き込む。


 すると、殿宮くんは長い睫毛に縁取られた大きな目を開いた。 


「その声は、久美さん?」


 言って身を起こした殿宮くんは、焦点の合わない目で私を探していた。


 その様子を不思議に思いながら、私は殿宮くんに声をかける。


「昨夜はいったい、どうしたの?」


「すみません。俺としたことが、敵にやられてしまいました」


 視線を泳がせる殿宮くんを見て、一緒にいた友樹くんが殿宮くんの眼前で手をひらひらさせる。


「殿宮、目が見えないのか?」


 すると、殿宮くんは友樹くんの首のあたりに視線を置いた。


「その声、待田先輩ですか? 心配しないでください。一時的なものですから」


「ねぇ、教えて。何があったの?」


 私が困惑気味に訊ねると、殿宮くんは静かに息を吐いた。


「実は……魔法の発動ポイントを探知するブレスレットを作ったんですが……試しに使ってみたところ、魔法を使う人間を見つけたんですが……この通り、やられてしまいました」


「それってもしかして、手紙の送り主と関係があるの?」


「……それが、魔法を使った人間が、二人もいて……」


「二人?」


「一人は盛田もりた先輩で、もう一人は顔を見ることができませんでした」


「それって、殿宮くんの目を見えなくしたのは……」


「顔を見ることができなかった、もう一人の魔法使いにやられたようです」


「そっか。じゃあ、盛田くんは関係ないのかな?」


「それはわかりません。でも、救急車を呼んでくれたのは盛田もりた先輩でした」


「盛田くんは、もう一人の存在を見たのかな?」


「見たはずですが……」


「——残念ながら、俺は見てないよ」


 言って、病室にやってきたのは、盛田くんだった。


「盛田くん」


 その名を呼ぶと、盛田くんはゆっくりと近づきながら説明した。


「あの時、何か目くらましの術を使われて、俺も一時的に視力を奪われたから」


「じゃあ、どうして今は戻っているんですか?」


「俺は魔術耐性が強いからね。殿宮くんほどは効かなかったんだよ」


「魔術耐性? 盛田先輩も魔法が使えたりするんですか? もしかして前世の記憶があるんじゃ……」


「ああ、あるよ。とある国の王子だった記憶が」


「やっぱり! じゃあ、あの手紙はもしかして」


「手紙って、生徒会長が言ってた話だよね? 残念ながら、手紙の送り主は俺じゃないよ」


「本当に?」


「ああ、神に誓っていい」


「……やっぱり、もう一人が犯人なのか?」


 殿宮くんが考えるそぶりを見せる中、友樹くんはなぜか眉間を寄せて遠くを見ていた。




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