第17話 奇跡を起こす力
「……あれ? 俺はいったい……?」
白いベッドで目を覚ました
カフェで出現した氷の壁を破壊した殿宮くんは、なぜかその後気絶してしまって——ようやく起きた頃には夜も遅くなっていた。
「よかった。気がついたんだね」
私、久美がホッと胸を撫で下ろすと、殿宮くんは上半身を起こした。
「ここは?」
「病院だよ。カフェの店員さんが救急車を呼んでくれたんだ」
「……そうですか」
「とくに問題なさそうだから、すぐにでも帰れるって言われたけど、どうする?」
「すみません、せっかくの楽しい時間を……」
「大丈夫、生徒会長がまたお茶しようって」
一緒にお茶をした生徒会長や真紀は心配そうだったけど、それぞれ用事があるため帰ってしまったのである。
だから今、病院の個室には私や
「……それで、あれから何もありませんでしたか?」
真面目な顔で訊ねる殿宮くんに、私は目を瞬かせる。
「何が?」
「氷の壁が出現したでしょう」
「ああ、あれは不思議だったよね」
すると、黙って見ていた友樹くんも口を開いた。
「あのあとは、とくに何もなかったぞ」
友樹くんの言葉を聞いて、殿宮くんは考えるそぶりを見せる。
「……そうですか」
「あれはいったいなんだったんだ?」
首を傾げる友樹くんに、私も苦笑する。
街中であんな氷の壁が出現するなんて、誰が予想しただろうか。
まるで魔法のようだったけど、現代日本にそんなものがあるとは信じられなかった。
だって、前世とは世界が違うから。
けど、私が内心で否定しても、殿宮くんは違っていた。
「おそらく、あれは魔術だと思います」
その意外な言葉に、私は思わずまくしたてる。
「魔術!? ちょっと待って、この世界に魔術なんて存在するの?」
「ええ。久美さんだって時を止める魔法を使っていたでしょう? 何を驚くんですか?」
「だって、現代日本で魔術を使ってる人なんて見たことないよ?」
「久美さんは使ってますよ」
「それは、そうなんだけど」
「俺たちを狙う相手は、魔術師ってことか?」
「もしくは、魔法使いでしょうか」
「魔術師と魔法使いってどう違うの?」
「術式を使って奇跡を起こすのが魔術師で、魔力だけで奇跡を起こすのが魔法使いです」
「魔力?」
「俺もさっき、足に魔力をこめて氷の壁を破壊しましたが、久しぶりだったので、倒れてしまいました」
「倒れた理由はそれなの!?」
「そうです」
当然のように答える殿宮くんに私は開いた口が塞がらなかったけど、友樹くんはあまり動じなかった。
「殿宮、あまり無茶はするなよ」
「ええ、もちろんです。……待田先輩は、えらく落ち着いていますね。魔法と聞いても不思議に思いませんか? やっぱり、あなたは——」
「俺が何者かは、俺にもわからない」
「どういうことですか?」
「実は、最近毎日夢を見るんだ」
「夢、ですか?」
「中世ヨーロッパみたいな世界で、城に閉じ込められている夢だ」
「閉じ込められている夢?」
「俺が民を混乱に陥れた罪人として、幽閉されていたんだ」
「興味深い話ですね……ですが、待田先輩が兄王子だったら、幽閉された記録なんてありませんが……」
「俺は俺が怖いんだ……ときどき、誰かに意識を乗っ取られるような感じがするんだ」
「……待田先輩?」
「悪い、変なことを言って」
「ううん。友樹くんも何か抱えているんだね、きっと。でも大丈夫。私も殿宮くんも、友樹くんの味方だから」
「……ありがとう、ノルン」
友樹くんが控えめな笑顔を浮かべた時、ふいに病室のドアがガラガラと開いた。
やってきたのは私がトラックから助けた幼稚園児の男の子だった。
大きな目鼻立ちのお兄ちゃんとは違い、切れ上がった目をしたその子は、入ってくるなり殿宮くんの元に駆け寄った。
「お兄ちゃん」
「ああ、
「大丈夫? どこか痛いの?」
「一人で来たのか?」
「父さんも母さんも忙しいから、僕一人で来たよ」
「蒼は偉いな。その年でここまでまっすぐ来れるなんて」
「この人たちは?」
「俺の……友達だよ」
「友達?」
「そうだよ。ほら、挨拶して」
殿宮くんに促されて、蒼と呼ばれた男の子は私の顔を見上げた。
「こんばんは、蒼です」
その眩しいくらいの笑顔に、私はきゅんきゅんしながらも自己紹介を返した。
「こんばんは。私は久美だよ。こっちは友樹くん」
「久美さんって——この間、僕を車から助けてくれた人だ!」
目をキラキラさせて言う蒼くんのピュアな笑顔に私が圧されていると、殿宮くんは笑いながら告げる。
「そうだ、蒼。この機会に、ちゃんとお礼を言っておけよ」
「うん。ありがとうございます、久美さん」
「ううん。怪我しなくて本当に良かった」
「お兄ちゃん、久美さんって綺麗だね。お兄ちゃんの恋人なの?」
「俺はそのつもりだけど、久美さんは首を縦に振ってくれないんだ」
「ちょっと、やめてよ!」
唐突な話に私がぎょっとしていると、殿宮くんは可笑しそうな顔をする。
私のこと、からかってるよね……?
「もう、殿宮くんは相変わらずなんだから」
私が呆れてため息を吐く中、ふと隣を見れば、友樹くんがなぜかソワソワと周囲を見回していた。
「どうしたの? 友樹くん」
「……なんだ、この妙な威圧感は……どこから?」
「威圧感?」
「……いや、なんでもない」
友樹くんが考えるそぶりを見せるかたわら、ピュアっ子蒼くんがさらに告げる。
「お兄ちゃんの想いが、久美さんに届くといいね」
「あはは、お前も応援してくれるのか?」
「もちろんだよ! 大好きなお兄ちゃんだから……じゃあ、図書館が閉まっちゃうから、僕はもう行くよ」
「そうか。気をつけて帰れよ」
「うん」
それから蒼くんは、病室を去っていった。
音を立てないように静かに去るあたり、できた子だと思う。
私は蒼くんが去ったドアを見ながら深い息を吐く。
「弟さん、かわいいね」
「久美さんは子供が好きだから。きっといい母親になりますね」
「……そうだといいけど。って、友樹くん……どうしたの? 汗びっしょりだね」
「わからないが……息が苦しいんだ」
そう言った友樹くんは、難しい顔をしていた。
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