第16話 氷の壁



「……今日は少しだけ暖かいな。どうしてだろう」


 とある王国の尖塔には、冤罪で放り込まれた魔法使いがいた。


 魔法使いの目に映るのは、格子の向こうにある変わらない景色。


 はらはらと舞う雪の下を、耳の長い小動物が駆け抜ける中、いつの間にか微睡まどろみ始めていた魔法使いが、ふと目を覚ます。

 

 焦げつくような臭いが鼻をついたせいだ。


「火事か? なんだ、この嫌な臭いは……」


 この国では、たびたび処刑があった。国王の見せしめだろう。


 幾度となく起きた反乱を粛清しゅくせいした暴君は、これ以上誰も逆らわないよう、あえて残酷な処刑を行った。


「俺もいつか、燃やされるのか」


 断末魔の叫びを聞いた彼は、燃やされた誰かのために祈りを捧げた。




 ***




 久美たちとショッピングモールで遊んだ後、住宅街を歩いていた殿宮とのみや匡孝まさたかの前に現れたのは、カジュアルを着崩した大学生くらいの男たちだった。


 男たちに『フレイシアに近づくな』という警告を受ける匡孝まさたか


 その不穏な現場に、今度は待田まちだ友樹ゆうきが現れる。


 友樹ゆうき匡孝まさたかの元に駆け寄ると、男たちを見て告げた。


「なんだこいつらは……友達か?」


 そのどこかズレた発言に、匡孝は苦笑する。


「いいえ。俺には久美さんと待田先輩以外に友達なんていませんから」


「なら、いったいなんなんだ」


「俺にもわかりません。久美さんに関係があるみたいですが」


「ノルンに?」


「フレイシアに近づくなと言われました」


「相手に心当たりは?」


「おそらく、久美さんに手紙を送った相手じゃないかと」


「そうか。植木鉢を落とした人間——かもしれないな」


「実行犯は別かもしれませんが」


「とりあえず、こいつを捕まえよう」


 言って、友樹は一番近い男のふところに飛び込むと、拳を脇腹にねじこんだ。


 男が友樹の攻撃でよろけたのを見て、匡孝も相手の一人に手刀をつきつける。


 すると相手は焦ったように後ずさる。


 まさか、七人もの人間に囲まれて、平然と応戦するとは思わなかったのだろう。


 男たちは何かを相談したあと、じわじわと後退したかと思えば——。


「おい、逃げるのか!」


 友樹は叫ぶが、男たちは身を翻して去っていった。


「なんなんだよ」


「怪我はないか? 殿宮」


「待田先輩こそ……なんでそんなに強いんですか?」


「昔、テコンドーをやっていたんだ」


「俺もです。でも、待田先輩の動きは、テコンドーというより……」


「何もなくてよかったな」


(なんだか誤魔化されたような)


 そんなことを思う匡孝だったが、助けてもらった手前、それ以上何かを言う気にはなれなかった。




 ***




「生徒会長に真紀のこと頼んでおいたよ」


 翌日のお昼休み。

 

 今日の私——水越みなこし久美くみは、友達の真紀と二人で机を囲みながらお弁当を食べていた。


「嘘! 本当に?」


 サンドイッチを頬張りながら興奮する真紀を見て、私は思わず微笑む。


「うん。今度お茶しようねって言ってたよ」


「生徒会長と一緒にお茶が飲めるなんて嘘みたい」


「よかったね」


「よかったね、じゃないよ。久美も来るんだからね」


 前のめりで言う真紀に、私はやや仰け反りながら確認する。


「え? 二人きりが良かったんじゃないの?」


「初めて会うのに、二人はさすがにハードル高いし、久美もいてよ」


「生徒会長、気さくだから二人でも大丈夫だと思うよ」


「どうして久美は私と生徒会長を二人にしたがるわけ?」


「殿宮くんが妬くのが面倒だからだよ」


「何か言った?」


「ううん。せっかくなら、二人のほうがたくさん喋れるでしょ?」


「緊張して喋れないに決まってるでしょ。だから久美、お願い」


「……わかったよ。じゃあ、友樹くんや殿宮くんも一緒でもいい?」


「まあ、二人よりはいいかも」


「じゃ、生徒会長に空いてる日にちも聞いておくね」




 それから生徒会長と放課後に会う約束をした私たちだけど、真紀があまりにも奥手なので、友樹くんや殿宮くんも誘ってお茶をすることになった。


 繁華街にあるパンケーキのお店にやってきた私たちは、横長のテーブルに並んで座ると——オーダーを決めるなり、真ん中に座る生徒会長が向かいの真紀に訊ねる。


「真紀ちゃんは久美ちゃんと仲がいいね。昔からの知り合いなの?」


「ええ、中学からの友達ですから」


「ということは、同中出身?」


「違います。習い事のバレエが一緒だったんです」


 真紀が答えると、なぜか殿宮くんが目を光らせる。


「へえ、久美さんはバレエをしていたんですか」


「ちょっと真紀、やめてよ……私の黒歴史をサクッと言わないで」


「あはは。久美はバレエが苦手だもんね。でも毎日柔軟して頑張ってたじゃない」


 真紀はそう言うけど、私の中では誰にも知られたくない過去だった。


 なのに、生徒会長は楽しそうに目を輝かせて、さらに食いついてくる。


「そうなんだ?  二人がバレエで踊る姿、見たかったな」


「やめてください。真紀ならまだしも、見せられるものじゃありませんから」


「そうかな? きっと可愛いと思うけど」


 生徒会長が微笑ましそうに言うと——そんな生徒会長に、殿宮くんが細めた目を向ける。


「生徒会長は、見ないでください」


「なんでだよ、殿宮くん」


「生徒会長が見たら減りますので」


「あ、もしかして殿宮くんは久美ちゃんが好きなのか? やっぱり久美ちゃんはモテるね」


「もう、やめてください」


 大きな声で喋る生徒会長に私が焦る中、ふいに友樹くんが周囲を気にするそぶりを見せた。


「ん?」


「どうしたの? 友樹くん」


「何か変な感じがする」


 すると、その時だった。


「————わッ!」


 和やかにお茶を飲む私たちの周囲に氷の壁ができて——私たちは冷たい空間に閉じ込められた。


 冷蔵庫にでも放り込まれたような状況に、みんなが困惑して立ち上がる中、私は氷で出来た背の高い壁に手を伸ばした。


「何これ? 氷の壁? どうなってるの?」


 目を丸くする真紀。


 そのかたわらで、殿宮くんが苦々しく告げる。


「これはまさか……魔法?」


「どうしよう、出られないよ」


 氷の壁は、叩いてもヒビすら入る様子がなかった。


 しかも氷を隔てた周囲の人たちは気づいていないのか、何事もなくお茶をしていた。


 異様に冷たい空気に私が動揺する中、殿宮くんが私の前に手を差し出す。


「仕方ない……ここは俺が。久美さん、壁から離れてください」


「え?」


 私が目を瞬かせていると、殿宮くんが氷の壁に向かって蹴りを入れた。


 すると、まるでダイヤモンドダストのように細かく砕け散る氷の壁。


「なんなのこれ?」


 真紀が驚きの声を上げる中、ようやく脱出できたことにほっとしていると——。


「……うっ」


「殿宮くん?」


 突然、ドサッ——と重い音とともに、殿宮くんが倒れたのだった。





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