第15話 警告
「フレイシア……やっぱり君は素敵だよ。早く僕のものにしたいな」
夜半過ぎ。薄暗い部屋で、誰かが呟いた。
部屋には人間ほどの大きさをした人形が無造作に並べてあり、彼はその一つの髪に手を伸ばした。
「でもおかしいな……どうしてフレイシアの傍にはアレがいるんだろう。……フレイシアもフレイシアだ。天敵だとわかっていながら傍に置くなんて、馬鹿げてる」
そう言って彼はフレイシアにソックリな人形の腰を抱き締める。
「でも大丈夫、きっと今度こそ僕が助けてあげるから……早く気づいて、フレイシア」
***
「どうしたの? 久美さん。身震いして」
周りにはブランケットや湯たんぽなど、冬の小物が並べられていて、温かい雰囲気があった。
……なのに、どうしてこんなに寒々しい感じがするんだろう。
「今日ちょっと寒くない?」
私が鼻を啜っていると、友樹くんも心配そうな顔で私の顔を覗き込む。
「風邪か?」
「たまに背中がぞわぞわってするんだけど」
「なら、今日は早めに切り上げよう」
「そうだね。今日は早く帰って寝ることにするよ」
私がそう言って大きく息を吐くと、殿宮くんがここぞとばかりに挙手をする。
「じゃあ、俺が家まで送ります」
「いいよ。殿宮くんと一緒に帰ったら、またあんなことになるでしょ?」
すぐに手を出そうとする殿宮くんを警戒して訝しげな目を向けると、殿宮くんは心外だと言わんばかりに畳み掛けた。
「あんなことだなんて言わないでくださいよ。俺たちは確かに愛を誓いあったんだから」
そう言って息巻く殿宮くんに私がげんなりする傍ら、友樹くんは目を丸くする。
「ノルンと殿宮はやはり恋人なのか?」
「ちがいます! 前世の話です」
「そうか……だが殿宮は今もノルンのことが好きなんだろう?」
「ええ」
「お願いだから、人の多い場所でそういうのやめて?」
「俺は久美さんを想ってること、胸を張って言えますから」
「そうか」
「友樹くんまで納得しないで」
「恋か……」
「どうしたの? 友樹くん」
「いや、平和なことは幸せだと思ってな」
「? よくわからないけど、友樹くんは苦労人なんだね」
「そうだな」
友樹くんは曖昧に返事をしながら苦笑する。その顔がなんだか切なく感じて、私は密かに胸がぎゅっとなった。
そんな中、殿宮くんが友樹くんに強い眼差しで告げる。
「……なら、待田先輩は俺のこと応援してくれますか?」
すると、友樹くんは優しい笑みを浮かべた。
「ああ、もちろん応援する。だが、ノルンのことも応援するぞ」
「ゆ、友樹くん?」
「恋をしている殿宮も、逃げるノルンのことも、好きだからな」
友樹くんはそう言うけど、私にはその笑顔が少しだけ痛そうに見えた。
***
「久美さんはいつになったら俺を好きだと認めてくれるんだろう」
帰り道、最愛の久美に拒絶された
街灯が照らす道を踏みしめながら、
「あの人は昔も純情だったけど、今はさらに警戒心が強いから……まあ、どんな久美さんでも好きには変わりないけど……ん?」
久美のことばかり考えていた最中だった。
匡孝はふと背後に複数の足音を聞いて振り返る。
「尾けられてる? ——おい、誰だ? そこにいるのは!」
多数の気配を感じた匡孝は、思わず声を上げるが——。
その時、ふいに物陰から複数人の男が現れる。
下品な笑みを浮かべた男たちは、刃物をちらつかせながらゆっくりと匡孝に向かった。
大学生くらいだろうか。カジュアルに着崩した服装の彼ら——その一人が、匡孝に向かって告げた。
「お前が
「ああ、そうだけど。あんたたちは、何者なんだ?」
「フレイシアには近づくな」
「は?」
「フレイシアに近づけば、容赦しない」
「それは一体誰の指示なんだ?」
「お前が知る必要はない。もしフレイシアから離れなければ——」
「なんと言われても、俺は離れるつもりはない。——来るなら来いよ。これでも俺は、前世で剣聖と呼ばれていたんだ」
「忠告はしたからな」
それだけ告げると、男たちは何もせずに立ち去ったのだった。
***
「どうしたの? 殿宮くん」
放課後に
向かいの殿宮くんはなぜか暗い顔をしていて、思わず声をかけると——殿宮くんはハッとしたように顔をあげた。
「何か言いましたか?」
「生徒会メンバーがどうしても足りないから、殿宮くんでもいいから入ってほしいって生徒会長が言ってたよ」
「久美さんはどうするんですか?」
「私? 私は無理だよ……責任感もないし、大雑把だし」
「そうかな? 久美さんならきっと無難にこなすと思いますよ」
「殿宮くんから見た私の印象って、理想が入ってるんじゃない? 私、殿宮くんが思ってるほど完璧な人間じゃないよ」
「俺は久美さんのことをよく知っていますから」
相変わらずな殿宮くんに私が苦笑していると、斜め向かいの友樹くんも真面目な顔で殿宮くんに声をかける。
「……殿宮、何かあったのか?」
「何がですか?」
「いつもより周囲を警戒しているだろう? 空気がピリピリしてる」
「待田先輩は意外と敏感なんですね」
……周囲を警戒している? どういうことだろう?
「もしかして、殿宮くんの頭上にも鉢植えが落ちてきたの?」
「……いいえ。そんなことはありません」
「本当か?」
重ねて友樹くんが訊ねると、殿宮くんは苦笑する。
「ええ。今日はちょっと本調子じゃないだけなので、気にしないでください」
「何かあれば、相談しろ」
そう言って、友樹くんは殿宮くんの肩を軽く叩く。
すると、殿宮くんは複雑そうな顔をしていた。
「待田先輩は……」
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません」
それから殿宮くんは、心配はいらないとばかりに笑顔を作った。
***
「おいお前、フレイシアに近づくなと言っただろう」
放課後の住宅街。
再び一人で歩いていた
その数は七人。一人で相手をするには厳しいだろう。
だが、
「またあんたたちか。嫌だと言ったら?」
すでに臨戦体制に入っている匡孝が武道の構えをとると、男たちの一人が視線で周囲に合図を送った。
「痛い目を見るだけだ」
いっせいに飛び掛かる男たち。
だが
捕まえようと手を伸ばす男の手をギリギリのところで
反撃しようにも相手が多すぎて逃げるだけで手一杯だった。
「くっ、さすがに素手で戦うのは無理があるな」
そんな中、一人の拳が腹に入ったことをきっかけに、よろめいた匡孝の腕を二人の男が捕まえた。
「どうだ? 降参するか?」
だが匡孝は空を蹴るように後転して拘束を振り解くと、男たちから距離を取る。
そして再び構えをとる中、どこからともなく別の足音が響いた。
「殿宮!」
「え?
突然現れた
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