第13話 フレイシア
「……はあ、ここは寒いなぁ」
とある王国の中心に位置する巨城。その庭には小さな尖塔があり。塔の最下階には、彼が閉じ込められていた。
幽閉された理由は、謀反を企てた罪だった。
だが身に覚えのない罪でもあった。
宮廷魔法使いとして名を馳せた彼が、罪人として投獄されたのだ。
それから幾度目の冬だろう。
格子窓の向こうを覗くと、外は雪景色で言いようのない寒さに震えた。
「一人は寂しいな」
誰もいない檻。人と会話を交わすことさえ許されない彼は、ただ何もない時間を過ごしていた。
「私はただ、みんなの役に立てればと思っただけなのに」
冤罪で投獄されたにも拘らず、彼はいつまでも純粋だった。
「早く春が来ないかな。そうすれば、花の香りや動物たちの活動が眺められるのに」
彼は孤独でも、幸せの在り処を知っていた。
***
「あの、
全ての授業を終えて、すっかり騒がしい隣のクラス。
生徒会長と話し込んでいた友樹くんに、私——
すると、私から声をかけたのが珍しかったのか、友樹くんは目を丸くしていた。
「どうしたんだ?」
「話があるんだけど……」
「久美さん、
そんな時、後ろからやってきた
その目はあからさまに嫉妬を燃やしていて、私は
「……ちょ、ちょっと気になることがあって」
「それは、待田先輩のことが気になるってことですか?」
「ち、違うわよ! 殿宮くんは何か勘違いしてる」
「なら、俺の前でも話せますよね?」
「……なんなの」
「二人っきりになんかさせませんから」
「そういえば、この人は昔からそうだった……」
私が頭を抱えていると、生徒会長は苦笑する。
「殿宮くんはわかりやすいね。でもそれじゃあ、久美ちゃんに嫌われてしまうよ」
けど、殿宮くんは生徒会長の言葉にも動じず、当然のような顔をしていた。
「大きなお世話です」
そんな中、相変わらずマイペースな友樹くんは、殿宮くんの鋭い視線をスルーして口を開いた。
「で、俺に話とはなんだ? ノルン」
「ちょっとここでは言えません……」
私が言葉を濁すと、殿宮くんの厳しい目がこちらを向く。
「やっぱり、久美さんは待田先輩のこと……」
「違います! 誤解だから——もう、なんて言えばいいのよ」
とても大切な話がしたかったのに、結局その日は友樹くんと二人にはなれなかった。
————そして翌日の放課後。
授業を
……友樹くんと話をするなら、今のうちだよね?
でも殿宮くんのクラスは授業が終わるの早いし、どうやって迎えに行こう。
なんて、教材を手早くカバンに詰め込みながら、友樹くんと二人きりになる方法を考えていた私だけど。
「ノルン」
ふいに、私を呼ぶ声がして、弾けるように顔をあげる。
「わ、びっくりした。友樹くん」
気づくと、私の机の横に友樹くんが立っていた。
突然現れたことに動揺していると、友樹くんはそんな私の手を掴む。
「今のうちに移動するぞ」
「へ?」
「二人で話したいことがあるんだろ?」
「う、うん」
「殿宮のクラスはまだホームルームが終わってないから、話したいことがあるなら今のうちだぞ」
友樹くんの言葉に、私はすかさず頷いた。
「——それで、話とはなんだ?」
屋上にやってきた私は、さっそく本題に入った。
ずっと気になっていたこと、それをどうしても友樹くんに聞きたくて二人きりになりたかったのだから。
「私が時を止めても、友樹くんの時間が止まらない理由が気になって」
「なるほどな……実は俺も気にはなっていたんだ」
「友樹くん、もしかして魔法使い……だったりしない?」
「魔法使い?」
「うん。私より高位の魔法使いであれば、私の魔法に影響されないと思うから」
「面白い話だが、俺は魔法なんて使えないぞ」
「それともう一つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「友樹くんには、前世の記憶ってある?」
「前世の……記憶?」
思い切って訊ねると、友樹くんは首を横に振った。
「もしかして、ノルンにはあるのか? 前世の記憶が」
「……うん。ここだけの話なんだけど、私はその昔、とある王国にいた魔女だったんだ」
「魔女? もしかしてフレイシアというのは、前世の話なのか?」
「そうだよ。時を止める力のせいで、火あぶりにされてしまったけど」
「……そうか。それは辛かったな」
「……」
「で、どうして俺にそんな話を?」
「実は……友樹くんは、私を火あぶりに追い込んだ王子様に似ているんだ」
「俺が? ノルンを火あぶりに?」
「……うん」
「そうか。それは嫌な気分にさせてしまったな」
「え?」
「お前を火あぶりにした人間に似ているなんて、一緒にいるだけで気分が悪いだろう?」
「……ううん。だって、友樹くんはあの人とはまるで別人だから」
「だが同じ顔なんだろう?」
「……うん」
「悪かったな。強引に友達なんぞにして」
「へ?」
「これからはノルンの視界に入らないようにする」
言って帰ろうとする友樹くんを、私は慌てて呼び止める。
「え、ちょっと待って!」
「なんだ? 俺と友達でいたくないから、告白したんじゃないのか?」
「ち、違うよ! ——私はただ、友樹くんには知ってもらいたかったんだ」
自分でも不思議だった。
ガラン王子に似ている友樹くんを遠ざけるどころか、こんな話を持ちかけるなんて。
でも今の私は、どうしても友樹くんのことが放っておけなかった。
「狙われているのは友樹くんだから……何も知らないなんて、よくないでしょ?」
「……」
「これから先もどんなことがあるかわからないし……もし何かあった時は私の名を呼んでほしいの」
「ノルンの名を?」
「うん。時間を止めるから。……でも、ノルンだと、普段から呼ばれ慣れてるし非常時がわからないから……そうだ! 何かあった時は、私をフレイシアと呼んで」
「フレイシア?」
「うん。これできっと、友樹くんのことを守れると思うよ」
「わかった。ありがとう、ノルン」
そう言って優しい顔で笑った友樹くんから、なぜか私は目が離せなかった。
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