第12話 盗まれた植木鉢
「久美ちゃんが演じた役の話、もっと詳しく聞きたいんだけど」
生徒会長の言葉に、私——久美は思いっきり狼狽える。
話をでっちあげればいいなんて言っておいてなんだけど、私は嘘をつくのが苦手なのである。
すると、私のかわりに殿宮くんがまたもや説明してくれた。
「その昔、とある国の王子と恋に落ちた平民——フレイシアという女性がいたんです。ですが、フレイシアは不思議な力を持っていたがために、王子を洗脳したなどとデタラメな噂が広がり、ついには悪しき魔女として処刑されたんです」
……それって、まるっきり前世のことじゃない。
私がますます動揺していると、生徒会長は殿宮くんの説明を一笑した。
「わりとありがちなファンタジーだな。中学生の演劇でやるような内容だとは思わないけど」
……私の人生、ありがちなファンタジーとか言われちゃったよ。
ショックを受ける私のかたわら、生徒会長は話を続けた。
「それで、王子役が誰かはわかっているのか?」
「王子役は脇役も含めて全部で六人いたんですが……」
言って、殿宮くんはちらりと私を見る。
————確かに、前世では王子様が六人いたけど。
ここまできたら、私も話を合わせるしかないよね。
逃げられない状況に私が苦笑する中、生徒会長がメモを取りながら訊いてくる。
「そのメンバーはわかるか?」
「それは……」
「なんだか怪しいな。本当に演劇の話なのか?」
言葉を濁す殿宮くんを見て、怪しむ生徒会長。
……演劇の話だなんて、やっぱり苦しいよね。
「殿宮くんが余計なこと言うから……」
思わずそんなことを呟く私に、殿宮くんはムッとした顔をする。
「じゃあ、どうやって誤魔化せばいいんですか?」
そんな中、友樹くんが提案する。
「王子役だった人間がこの高校にいるのなら、順番に話を聞けば犯人もわかるはずだろう?」
「そうだけど……」
「まだ何か隠していそうだね」
生徒会長にうろん気な目で見られて私がドギマギしていると、殿宮くんがさらに言い訳する。
「久美さんの中学出身で、この高校に進学した人はほとんどいないんです」
その苦しい言い訳を聞いて、私は思わず殿宮くんに耳打ちする。
『これ以上嘘をつくのはやめなよ』
『でっちあげればいいって言ってたのは誰ですか』
そんな風にコソコソと喋っていると、今度は友樹くんが不思議そうに私と殿宮くんを見比べた。
「……殿宮とノルンは、まるで旧知の仲のようだな」
「え? そ、そう?」
私が不自然に笑う中、殿宮くんは友樹くんをちらりと見て話を戻した。
「きっと久美さんの周りに俺たちがいることを面白く思わない人がいるんですよ」
「なるほどねぇ……久美ちゃんは密かに人気だからね。とくに真面目な男子高生の間で」
生徒会長の意外な言葉に、私はぎょっとする。
「なんですか、それ。私は人気なんかじゃないですよ」
「でも久美ちゃんの下駄箱にラブレターを入れる男子をたまに見かけるよ」
「ラブレター? そんなの、見たことないですけど」
「おやおや、そんなこと言って、俺は確かに見たよ。久美ちゃんの下駄箱に手紙を入れる男子の姿を」
「生徒会長はなんで私の下駄箱知ってるんですか?」
「そりゃ、久美ちゃんくらい可愛い子の下駄箱は把握してるよ」
「生徒会長、水越さんがドン引きしてますよ」
ずっと黙って聞いていた
「でも久美ちゃんがラブレターを見たことがないということは……もしかして誰かが下駄箱の手紙を盗んでいるんじゃないか?」
「誰がですか?」
私が目を丸くして訊ねると、生徒会長は肩を竦めた。
「知らない」
「生徒会長、テキトーなこと言わないでください」
「あはは、それで、どうやって例の手紙の主を特定するか……だけど。久美ちゃんの過去を知っているっていうことは、友樹が言う通り——久美ちゃんと同じ中学出身者を探せばいいんじゃないかな?」
「……殿宮くんのせいでややこしくなっちゃったじゃない」
「だったら久美さんも良い言い訳を考えてくださいよ」
私と殿宮くんが睨み合っていると、花柳くんがやれやれと口を開く。
「とりあえず、水越さんと同じ中学出身の人を調べますか」
花柳くんの言葉に、私は素直に頷いた。
「……お願いします」
——ここまで嘘をついてしまった以上、もう任せるしかないよね。
そして意外なことに、私と同じ中学出身の人にも、前世の王子そっくりさんがいたのだった。
「
特別進学クラスという、エリートクラスで
校舎の裏にやってきた
「なんですか?」
センター分けの髪をさらりと揺らした盛田くんは、少し警戒した様子で私たちを見ていた。
それもそうだろう。
知らない人間——しかも生徒会長に呼び出されて、動揺しない人はいないと思うし。
……にしてもこの人、前世の第三王子、ホソックスに似てる。
しかも生徒会長は相手の動揺などおかまいなしに単刀直入に訊ねた。
「
「は? 俺の行動なんか知って、どうするんですか?」
「最近、俺の弟の命を狙う人間がいるみたいなんだけど、それがどうやら水越久美さんの中学出身者が関わっているらしいんですよ」
生徒会長のあまりにも正直な言葉にぎょっとする中、盛田くんは怪訝な顔で聞き返した。
「それで、俺が犯人だと?」
「いいえ。一応聞いてまわっているだけです」
「俺、美化委員なので、ここ数日は掃除と植物の水やりくらいしかしてませんよ」
「植物の水やり? もしかして、友樹の頭上に植木鉢を落としたのはあなたですか?」
「は? 植木鉢?」
そして生徒会長は、ここ数日、友樹くんの身に起きたことを説明した。
そして一通り話が終わった後、盛田くんは驚いた顔をして告げる。
「俺、植木鉢なんか落としてません。ていうか、植木鉢が足りないと思ったら、そんなことに使われてたんですか」
「植木鉢が足りない?」
「ええ、俺が育てている鉢植えが、いくつかなくなっているんですよ。大事な植物をぞんざいに扱うなんて信じられない」
「植物はいつ盗まれたんですか?」
殿宮くんが前のめりに訊ねると、盛田くんは考えるそぶりを見せる。
「最初に気づいたのは一週間くらい前ですね」
「待田先輩の頭上に初めて落ちてきた日ですね。全部でいくつ盗まれたんですか?」
「五つです」
「五つ!? また落とすつもりなのかな。友樹くん、頭上に気をつけて!」
盗まれた植木鉢が五つと聞いて私は焦るもの、友樹くんは悠長だった。
「そのうち一つくらい当たりそうだな」
その言葉に、さすがの殿宮くんも呆れた顔をする。
「怖いこと言うのやめてくださいよ」
「でも五つも植木鉢を運んでいたら、目立つよね」
「ここ数日で、植木鉢を運んでいた人間を探してみるか?」
生徒会長の提案に、私は固唾をのむ。
手紙の手がかりが見つかって、良かったと思う反面、少し怖いと思った。
だって、明らかな悪意だとわかったから。
私がなんとなく複雑な気持ちで俯いていると、そんな私の肩を殿宮くんが軽く叩く。
「ヒントが見つかって良かったですね、久美さん。……なんでも言ってみるものですね」
けど、その時だった。
ふたたび耳鳴りがして——私はハッとする。
考えるまでもなかった。
何かが起きることを察した私は、咄嗟に時間を止めた。
「なんなの、今度は」
「ノルン、どうしたんだ?」
世界が静止する中、相変わらず友樹くん一人だけは動いていた。
両耳を押さえていた私は——そのうち耳鳴りが止んでホッとする。
「ひどい耳鳴りがしたの」
————けど、その時だった。
私は空を見上げて、絶句する。
頭上には、三つの植木鉢があった。
「また、これか」
私と友樹くんは植木鉢を避けるようにして立つ。
すると、時間が再び動き始めて——地面で三つの植木鉢が崩れた。
「なんだこれ、植木鉢が三つ?」
瞠目する生徒会長。
みんなはいっせいに校舎を見上げた。
「これを一人が同時に落とすのは無理……ですよね」
殿宮くんの言葉に、私は息をのむ。
「……相手は複数いるってこと?」
その恐ろしい予想を口にすると、みんないっせいに私を見つめた。
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