第11話 止まらない人



 ————放課後、フレイシア宛の手紙について生徒会と相談した私たちは、生徒会室を退室すると、友樹くんを守るようにして校舎の外に出た。


 すると、身動きが取れないせいか、友樹くんは不服そうな顔をしていた。


「俺は大丈夫だと言ってるのに」


「友樹くんはどうしてそう強がるの?」


「せっかく友達ができたんだから、普通に遊びたい」


「友樹くんはそんなに友達ができて嬉しかったの?」


「ああ、そうだ。友達ができて俺は嬉しい」


 友樹くんが無邪気に笑うと、私の視界が華やかに色づいたような気がした。


 フレイシアに火を放った王子とは、やっぱり全然違う。


 そんな風に友樹くんを見る目に熱がこもる中、一緒についてきた生徒会書記の花柳はなやぎくんが咳払いをして告げる。


「それで、具体的にどうするんですか?」


 そう言ってこちらを向いた花柳くんに、私はドキリとしてしまう。


 前髪で顔が隠れているけど、花柳はなやぎくんの綺麗な目は誤魔化しようがなかった。


 ————なんだかイケメンだらけで居た堪れないなぁ。


 そんなことを思う私をよそに友樹くんは真面目な顔で提案する。


「事故を一つずつ検証していくか?」


「なんだか探偵ごっこみたい」


 楽しそうな花柳はなやぎくんに、一緒にいた生徒会長がピシャリと告げる。


花柳はなやぎくん、一歩間違えれば大事故になっていたかもしれないんだぞ」


「はーい、浮かれるのはここまでにします」


 それから私たちは、友樹くんの頭上に植木鉢が落ちてきた場所——校舎付近の生垣に移動した。


 すぐ側の校舎を見上げると、二階も三階も窓が開いていて、教室内の騒がしい声が外にまで聞こえていた。


「ここが植木鉢が落ちてきた場所か。鉢植えの破片で怪我をしなくて良かったな」

 

 生徒会長の言葉に、殿宮くんも頷く。


「そうですね。待田先輩と久美さん、どちらを狙ったんでしょうか……まあ、故意とは限らないけど」


「いや、故意だと思うぞ」


「どうしてですか?」


「この上の教室を見ろ。二階は調理実習室、三階は化学室、四階は空き教室だぞ」


 ドヤ顔の生徒会長の顔を見て、私は青ざめる。


 つまり、植木鉢を置くような教室はないってこと?


「やっぱり、友樹くんを狙って?」


「でも三人が密集して歩いていたなら、誰に当たるかわからないだろ」


 友樹くんの言葉に、生徒会長が唸る。


 そんな中、私は誰となく訊ねる。


「じゃあ、私たちの誰に当たっても良かったってこと?」


「たぶんな」


「誰に当たっても……か。俺を狙う分には構わないが、ノルンや殿宮に当たっていたらと思うと、ムカつくな」


「で、二つ目のガラス窓だが——」


 ————生徒会長が言いかけた、その時だった。


 ふいに、耳鳴りのようなものがして、私は反射的に時間を止めた。


「なんだろう、今の耳鳴り……」


 みんなの動きが止まる中、周囲を見回す私だけど——。


 気づくと友樹くんの頭上には植木鉢があった。


 私は慌てて友樹くんから植木鉢をどける。


 すると——。


「なんだこれ……」


「え? 友樹くん?」


 世界が動きを止める中、友樹くんだけは戸惑うような表情で周りを見回していた。


「なんでみんな動かないんだ?」


「どうして友樹くんは……動いてるの?」


 私が目を瞬かせていると、そのうち時が再び動き始める。


「久美さん?」


 世界が元に戻るなり、殿宮くんは怪訝な顔をして私を見つめる。


「え?」


 咎めるような視線に狼狽えていると、殿宮くんが指摘する。


「どうして待田先輩と見つめあってるんですか? ……それに、その手にある植木鉢は?」


「今落ちてきたものだよ」


 私が苦笑して告げると、花柳くんが目を輝かせて告げる。


「すごい、落ちてきた植木鉢を受け止めたんですか? 水越さんって意外と腕力あるんですね」


「あはは、そうかも」


 まさか時間を止めたとは言えず、私は花柳くんの話にテキトーに合わせた。


 けど、手元の植木鉢を見て、私は大きく見開く。


「——って、この植木鉢……手紙がついてる」


 私は慌てて植木鉢を足元に置くと、白い便箋を広げた。




『親愛なるフレイシア

 仲間がたくさんいることはとても尊いことだね。

 でも君に必要なのは僕だけだと思うんだ。

 これ以上の犠牲を望まないなら、仲間は増やさない方がいいよ。


 君を愛してやまない王子より』       




 私が口に出して読んでいると、殿宮くんがきつく眉間を寄せて告げる。


「またですか。でも、これ以上の犠牲を望まないなら……って、犠牲がある前提で喋っているところを見ると、待田先輩が助かるとは思わなかったんだろうな」


「……なんだか怖いよ」


「これは生徒会には手に負えない案件だな。先生にも伝えておいたほうがいいか」


 生徒会長の言葉に同意した私たちはその後、職員室に向かったのだけど——緊急事態にも拘らず、担任の教師は悠長なものだった。


「——あはは、何をバカなことを言ってるんだ?」


 体育会系の担任は、ジャージで腕を組みながら笑った。


 いや、そこは笑うところじゃないから!


「でも先生、植木鉢が落ちてきたり、バスケットゴールが落ちてきたり、普通じゃありません」


 私が懸命に訴えても、先生は馬鹿にしたような笑顔を顔に貼り付けたままだった。


「植木鉢は誰かが落としたんだろう。それにバスケットゴールは老朽化のせいだと、業者が言っていたんだ」


「でも」


「お前たちはくだらないことを気にしないで、テスト勉強に励みなさい。何かあれば、先生が駆けつけてやるから」


 その無責任な言葉に、私たちは愕然とするしかなかった。




「なんていうか……大人ってこうも役に立たないものなの?」


 職員室を出た花柳はなやぎくんが、呆れたように口を開いた。


 すると、生徒会長も大きなため息を吐く。


「花柳くん、本当のことを言うんじゃない」


「この手紙の内容が、ネックなのかな。芝居掛かった文章に違和感があるし」


 私が白い便箋を広げて言うと、花柳くんが私の手元を覗き込んでくる。


「そうですね。時を操る魔女とか、フレイシアとか、漫画の読みすぎだとしか思えないですし。実際、水越みなこしさんとはどういう関係の内容なんですか?」


「ああ、うん……知らない人が見たら、胡散くさいのは間違いないね」


 だからって、前世の記憶だなんて言ったら、余計怪しいだけだし。どうすれば自然な形で説明できるのかな。

 

 私がどうやって誤魔化すか悩んでいると、殿宮くんが口を挟んだ。 


「フレイシアというのは、久美さんが中学校の時、学園祭で演じた主役なんですよ」


「学園祭の主役?」


 生徒会長が目を丸くする中、殿宮くんはまるで本当のことのように嘘を並べた。


「ええ。それで、その時に王子役が何名かいたんですが……その時のメンバーが絡んでるんじゃないかと」


「なるほど、そういう話だったんですか。中学の時から水越さんのことがよほど好きな人なんですね」


 花柳くんが納得する傍ら、友樹くんが首を傾げる。


「だがなんで俺が狙われているんだ?」


「仕方ないです。待田先輩は王子役の一人にそっくりですから」


「殿宮さんは詳しいんですね。出身校が同じなんですか?」


 花柳くんの鋭い指摘に、殿宮くんはニッコリ笑ってかぶりを振る。


「いいえ。全て久美さんから聞いた話です」


「俺は聞いてないぞ」


「すみません、待田先輩」


 殿宮くんが、友樹くんの顔をまっすぐ見つめた。


 牽制するようなその様子に、私はなぜか動揺してしまった。




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