第8話 空からの落とし物
それは、フレイシアという人物に宛てた手紙だった。
「さっきの映画の話を聞いた時、ピンときたんだよ。話があまりにも、その手紙の内容に酷似していたから、君がフレイシアの関係者じゃないかって。でも、君こそがフレイシアなんだね?」
「違います。今の私は……フレイシアなんて名前じゃないから。この手紙は人違いじゃないですか?」
「じゃあ、一度中身を読んでくれないか?」
「……はい」
生徒会長に言われ、私は街灯の下でおそるおそる手紙を読んだ。
レース柄の可愛い便箋には、可愛い文字が並んでいた。
けど——。
『親愛なるフレイシアへ
久しぶりだね。まさか生まれ変わっても、君に出会えるとは思わなかったよ。
時を操る魔女に再び巡り会うことができるなんて、これはもう運命じゃないかと思ってる。前世では結ばれることができなかったけれど、今度こそ永遠の愛を誓いたいよ。もう、君を火あぶりになんかさせないからね。
必ず会いに行くから待っていてね。
君の愛しい王子より』
「え? どういうこと?」
私はすぐ傍にいる殿宮くんの顔を見上げた。
横から私の手紙を読んでいた殿宮くんも
「俺じゃないよ」
「でも、ここに書いてあることは、殿宮くんが言ってたことに似てない?」
「けど、俺の字じゃない」
「じゃあ、誰がこんなこと……」
「それで、その手紙は久美ちゃん宛てでいいのかな?」
「……たぶん」
生徒会長の確認に、私は曖昧な返事をする。
フレイシアと言えば私だし、確かに『時を操る魔女』と書かれている以上、私じゃないとも言い切れなかった。
「火あぶりとか……物騒だけど、手紙を受け取るべき人がわかって良かったよ。それは君への手紙ということで、遺失物は処理させてもらうよ。じゃあ、俺はもう帰るから——ほら、友樹も帰るぞ」
「ああ、じゃあな。ノルン、殿宮」
「……ありがとうございます、生徒会長。それに友樹くんも」
二人が去るのを見届けた後、私はほっと息を吐く。
フレイシアや『時を操る魔女』について、追求されなくて良かった。
あまり嘘は得意じゃないんだよね。
「永遠の愛を誓いたいって……俺の他にもそんな相手がいたの? フレイシア」
背中から声がして、私はハッとした顔をする。
そういえば、殿宮くんがまだいたんだっけ。
振り返ると、怖い顔がこちらを見ていた。
「ま、まさか! あなた以外に愛を誓った人なんていないよ」
「じゃあ、その手紙は誰から?」
「わからないよ。本当に……これは私宛ての手紙なの?」
「『時を操る魔女』なんて、この世に一人しかいないからね」
それを言われるとそうなんだけど……でも何かの比喩表現だったりしないのかな?
「どうしてこんな手紙が学校に落ちてたんだろう」
「久美さんの下駄箱にいれるつもりだったんじゃない? それで落としてしまったんだと思う」
「……なんだか気持ち悪いな。私のことを知っている人がいるなんて。しかも王子って書いてる」
「俺の他にも王子の生まれ変わりがいるってことだね」
「でも……他の人と愛を誓った覚えなんかないし……」
「大丈夫だよ、久美さん。俺が守ってあげるから」
「……」
「なに、その信用できないって顔」
「だって、さっき私にキスしようとしたでしょ?」
「何がダメなの?」
「私、恋人にはなれないって言ったんだよ?」
「俺は諦めないよ」
「……はあ、もう帰る」
***
————翌日の放課後。
またもや私の教室に隣のクラスの王子様がやってきた。
「ノルン、帰るぞ」
まるで当然のように腕を組んで待ち構える友樹くんに、私はげんなりしてしまう。
こんな風に頻繁に来られると、目立って仕方ないし。
私的には静かな学校生活を送りたいのに……。
なんだか憂鬱な気持ちになっていると、そんな私の肩を真紀が叩く。
「久美! 私が言ったこと覚えてる?」
「生徒会長を紹介してほしいって話?」
「そうそう。お願いね」
「次いつ会えるかわからないけど、会った時に言っておくよ」
「ありがとう、久美。じゃあ、行ってらっしゃい」
「真紀も来てよ」
「いやだよ。久美たちの邪魔して、私が睨まれるの」
「邪魔じゃないよ」
「ほら、王子二人が待ってるよ。行っておいでよ」
気づくと、友樹くんの後ろから殿宮くんも頭をのぞかせる。
イケメン二人のお出迎えに、周りから冷やかすような声が聞こえた。
「……いったいなんでこんなことに」
「じゃ、また明日ね、久美」
「……」
それから当然のように寄り道することになった私は、市街地を歩く友樹くんと殿宮くんの後ろを歩いていたけど——なんとなく気が重くて進めずにいると、そのうち友樹くんが振り返る。
「——どうした? ノルン。さっさと行くぞ」
「今日はどこに行くんですか?」
「パンケーキの店だ」
「パンケーキ? 友樹くん、パンケーキ好きなの?」
「兄さんに勧められたんだ」
「へぇ」
「で、どこのお店に行くの?」
「ああ、確かあの店が……」
ふいに、友樹くんが近くのお店を指さしたその時だった。
————ガシャンと、大きな音がして、私は足元を見る。
すると友樹くんと私の間に、潰れた植木鉢があった。
「……なにこれ」
私たちはいっせいに近くの建物を見上げた。
私たちが歩いていた場所は、ちょうどテナントの入ったマンションの真横だった。
けど、事故なのか、故意なのか、見上げたところでわからなかった。
「この植木鉢……もうちょっとで友樹くんに当たるところだった」
私が不安な目を向けるもの、友樹くんは飄々とした様子で告げる。
「……まあ、こういうこともあるだろう」
「でも、窓から鉢植えなんて落とす?」
「じゃあお前は、故意に落とされたと言いたいのか?」
「わからないけど」
「なんにせよ、お前に当たらなくてよかった」
「友樹くん」
友樹くんの言葉に少しだけ感動する傍ら、殿宮くんは真剣な顔で空を見上げる。
偶然の出来事、その場ではそう納得した私たちだったけど。
それから恐ろしい偶然は続いた。
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