第7話 はじまりの手紙
「久美さんは待田先輩が怖くないの?」
殿宮くんの家で映画鑑賞をしていた私だけど——ふいに、斜め向かいに座っていた殿宮くんが小さく告げた。
大きなスクリーンには『猫耳物語』の続編が流れているので、リビングは静かなものだった。
私は周りの邪魔にならないよう、殿宮くんに顔を寄せて訊ねる。
「どうして?」
「だって、どう見たって待田先輩は、久美さんを火あぶりにした俺の兄さんにソックリで……」
「私も最初はそう思ったけど、友樹くんはあの王子とは全然違うよ?」
「でも、こんなに似てるなんて、絶対何かある」
「お前たち、なんの話をしているんだ? 火あぶり?」
私と殿宮くんがコソコソ話しているのが気になったらしい。
友樹くんが何事かという雰囲気で訊ねてくる。
すると、殿宮くんは少し考えて友樹くんに笑顔を向けた。
「ああ、昔見た映画の話です。待田先輩って、ヒロインを火あぶりにした王子様にそっくりだから」
「ヒロインを王子が火あぶりにするなんて、ひどい話だな。なんの映画だ」
「さあ、タイトルは忘れました」
「思い出したら教えてくれ」
「待田先輩はフレイシアという名前を知りませんか?」
「ちょっと、殿宮くん」
あまりに直球な殿宮くんに私が狼狽えていると、友樹くんは首を傾げる。
「フレイシア? なんだそれ」
やっぱり、友樹くんはあの——ガラン王子とは別人だよね?
なんだか少しホッとしていると、殿宮くんは残念そうに告げる。
「知らないなら、いいです」
けど、友樹くんは突然振られた話題が気になるようで、殿宮くんに怪訝な顔を向ける。
「もしかして、映画のタイトルか?」
「そんなところです」
殿宮くんがやれやれと息を吐く中、傍にいた生徒会長が複雑な笑みを浮かべていた。
***
「やっぱり友樹くんは違うよ。似てるけど、フレイシアを知らないみたいだし」
「単純に覚えてないだけじゃないですか? あんなにソックリなんですよ?」
「そうだけど……」
帰り道。自宅に近いベッドタウンはすっかり暗くなっていた。
殿宮くんが送ってくれるというので、素直に甘えてみたけど……話題は前世の話ばかりだった。
「どうして久美さんは否定するんですか? もしかして、待田先輩のことが好きなんですか?」
「そ、そんなわけないよ! 友樹くんとは、まだ会って二日だよ?」
「でも、フレイシアを火あぶりにした王子なんですよ? また何をするかわからないじゃないですか」
「そう思うなら、どうして友樹くんに近づいたの? 友達になりたいって言ったのは嘘だったの?」
「……フレイシアが待田先輩のそばにいるから、近づいたまでです。久美さんこそどうして友樹くんの友達になんて」
「それは……なりゆきで」
「久美さんはなりゆきで友達になるんですか?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、俺となりゆきで恋人になってくださいよ」
「なんでそうなるの?」
「俺、あまり長くは我慢できないです。ずっとフレイシアのことばかり考えてきたのに」
「そんなこと言われても……私は前世を忘れたいの」
「嫌なことは忘れても、俺との思い出まで忘れないでください」
「思い出って言われても……私の中では夢の中の出来事みたいなものだし」
「じゃあ、俺が思い出させてあげましょうか?」
ほんのり灯りに照らされた狭道で、殿宮くんがゆっくりと接近してくる。
けど、私は慌ててあとずさった。
「やめてよ、こんなところで」
「じゃあ、どんなところならいいんですか?」
「そうじゃないよ。私はあなたとは恋人になれないって言ったでしょ?」
たとえ、過去に大好きな人だったとしても。私にとっては前世そのものがトラウマだった。
「俺はこんなに好きなのに」
「それはきっと、思い込みだよ。今の私はフレイシアじゃない」
「久美さんは間違いなく魔女——フレイシアだよ」
そう言って、殿宮くんは私の腕を掴むと、ぐいっと側に引き寄せた。
「は……離して」
「いやだ。離したら逃げるでしょう?」
私の耳元でそう囁いた後、殿宮くんは唇を寄せてくる。
「ねぇ、覚えてる? 君と誓いあったことを。たとえ世界が絶望に飲まれ、草木が枯れ果てても、俺たちの愛は変わらないって言ったこと」
……覚えてる。
私は殿宮くんの言葉につられて、続きを告げる。
「たとえ明日を迎えられなくても、私は永遠にあなたを——」
息がかかるほど唇が近づく中、ふいに近くから別の声がした。
「そうか。ノルンは魔女なのか」
「……は?」
危ないところだった。過去の言葉に乗せられてキスするところだった。
私がホッとしていると、友樹くんの後ろから生徒会長も現れる。
「いいところで邪魔が入ったね」
クスクスとお上品に笑う生徒会長を、殿宮くんが睨みつける。
「どうして生徒会長が?」
邪魔だと言わんばかりに険しい顔をする殿宮くんだったけど、生徒会長は気にする風もなくマイペースに告げた。
「さっき面白い話を聞いたのでついてきたんだ」
「面白い話?」
「友樹に映画の話をしていただろう? ヒロインを火あぶりにする王子の話だっけ?」
「それがどうかしましたか?」
「フレイシアは映画のタイトルじゃなくて、ヒロインの名前じゃないのか? フレイシアといえば、とある国で民に恐怖をもたらした魔女のことだろう」
生徒会長が胡散臭い笑みで告げるのを見て、私は弾けたように顔を上げる。
「どうしてそれを……」
「いや、なに。俺もフレイシアを知っているだけだ」
「生徒会長が……前世の関係者? そういえば、生徒会長は国王陛下に似ていますね。フレイシアに火あぶりを命じた——父上に」
「そう思う?」
私が殿宮くんの背中に隠れると、生徒会長は声を上げて笑った。
「なーんてね」
「生徒会長?」
「そんな前世があったら、面白いけどね」
「はあ?」
「実は久美ちゃんに渡したいものがあるんだ」
「私に……?」
「ほらこれ」
生徒会長が差し出したのは、一通の封筒だった。
白くてそっけない封筒を手に取った私はそれをまじまじと見つめる。
「手紙?」
「実は下駄箱付近に落ちていたらしくてね。生徒会に届いていたんだよ」
「……これって私宛てなんですか?」
「ああ。フレイシアという人宛てだったから、どう対処すればいいのかわからなかったけど、見つかって良かった。フレイシアなんて名前の人間はこの学校にはいないからね」
「フレイシア……宛て?」
「じゃあ、さっきの生徒会長の話は……?」
殿宮くんが目を丸くして訊ねると、生徒会長は苦笑する。
「その手紙に書いてあったことを、言ったまでだよ」
「生徒会長は国王陛下じゃないんですか?」
「俺は生徒会は治めてるけど、国を治めた記憶はないな」
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