第6話 映画鑑賞会
「……会いたかった」
骨董品などが散らばった物置部屋で、殿宮くんに後ろから抱きしめられた私は、瞠目するしかなかった。
……会いたかったってどういうこと?
何がなんだかわからず棒立ちしていると、殿宮くんはさらに強く私を抱きしめて言った。
「……君は俺を覚えていないの?」
「なんのこと?」
「その絵に反応したってことは、君がフレイシアなんでしょ?」
「それって……私の前世の名前……」
フレイシア——その名を聞いた瞬間、私の鼓動が大きく波打つ。
ちらりとスケッチブックに目をやると、確かにそれはフレイシアの姿だった。
————私のことを殿宮くんは知っているの……?
考えるなり、私の全身から血の気が引いていくのを感じる。
前世といえば、魔女として火あぶりにあった記憶ばかりが蘇って、汗が止まらなかった。
「……あの……人違いです」
震えながらもなんとか言葉を絞り出すと、殿宮くんは私の耳元でそっと囁く。
「怯えないで……ここには魔女狩りなんてものはないんだから」
「魔女狩り……」
「もう二度と君を火あぶりになんかさせない。俺たちは永遠に愛し合えるんだ」
その言葉を聞いた途端、前世の映像が脳裏をよぎった。
『俺たちは永遠に愛し合えるんだ』
街の時計塔で逢瀬を重ねた恋人。
彼はいつも私にそう言っていた。
「……もしかしてあなたは……ククルス王子?」
「そうだよ、フレイシア」
確かに最初見た時、前世の恋人に似ているとは思ったけど、まさか本人だとは思わなかった。
けど、たとえ前世で愛し合った仲だとしても、それはまるで夢の中の出来事のようで、私に実感はなかった。
そして殿宮くんは私の前に回り込んでくると、私の頬を手で包みながら告げる。
「愛してるよ、フレイシア」
ゆっくりと唇を近づけてくる殿宮くん。
私はそんな殿宮くんの胸を慌てて押し返す。
「ちょっと待って!」
「どうしたの?」
「あのね、殿宮くん。たとえあなたがククルスだったとしても、私たちが恋人だったのは過去の話なんだよ?」
「何を言うんだ、フレイシア。あんなに愛し合ったことを覚えていないのか?」
「そうじゃないんだよ。私はもうフレイシアじゃないの。久美なの。それに今はあなたの先輩だし」
「フレイシアのこと、どれだけ探したと思ったの? ようやく見つけたと思ったのに……ひどいよ」
「どうして私だってわかったの?」
「ずっと気づいていたよ。登校中の君からフレイシアの匂いがしたんだ」
「私の匂い?」
「そうだよ。直接匂いをかごうとした時は、避けられたけど」
「ちょっと、何してるのよ。それじゃあ、変質者じゃない」
「フレイシアだという確信があったから、近づいたまでだよ」
「……」
「でも力を使ったところを見て、ますます納得したよ。フレイシアは現世でも時間を止められるんだね」
「……」
「でなければ、あんな短時間で弟を助けられるわけがない……だからフレイシア、現世こそ結ばれよう……ね?」
「何を言い出すかと思えば……」
「愛してるよ、フレイシア……って、なんで離れるの?」
私が殿宮くんから距離をとると、彼は不服そうに眉間を寄せた。
「ごめんね、殿宮くん。私はもう前世を思い出したくないんだ。私は王家に火あぶりにされたんだから」
「それは俺のせいじゃ……」
「でも止めてくれなかったよね?」
「俺がその場にいれば、止めていたよ」
「それでも、私は王家の人を、誰一人として信用できないの」
「フレイシア」
「久美だよ」
「こんなに愛しいのに、俺に我慢しろと言うの?」
「私は別の人間だと思って、我慢してください」
「ひどいよ」
「とにかく、みんな待ってるから行こう、殿宮くん」
「せめてキスだけでも……」
「私に何かしたら、許さないから」
私が厳しい目を向けると、殿宮くんは気圧されたように後ずさる。そして戸惑いながらも、前向きに告げる。
「なら、現世でも振り向いてもらえるよう頑張るよ」
「……あと、私のこと、他の人には言わないでよ」
「もちろんだよ」
笑顔で答える殿宮くんだったけど、胡散臭さは半端なかった。
それから殿宮くんと二人でリビングに戻ると、友樹くんが腕を組んで待ち構えていた。
「長かったな」
友樹くんに真面目な顔で言われると、なんとなくドキッとしてしまう。
責められているわけじゃないけど、どうしてか罪悪感のようなものを感じていた。
「そう? ちょっと話しこんじゃって」
「本当に? 二人でイチャついてたんじゃないのか?」
冗談めかして訊いてくる生徒会長に、内心冷や汗が止まらなかった。
「ははは……そんなわけないですよ」
私が笑って誤魔化すと、友樹くんは何もなかったように話を変えた。
「それより、なんの映画を見るんだ?」
すると、生徒会長が手を挙げる。
「俺は『猫耳物語』がいい」
「そういえば生徒会長は『猫耳物語』の主人公に似てますね。猫耳をつけた青年が奔走する物語ですよね?」
「あれは名作だからな。百回は見たぞ」
鼻息を荒くして胸を張る生徒会長に、殿宮くんが笑顔で告げる。
「『猫耳物語』なら揃ってますよ。見ますか?」
殿宮くんがプロジェクターをスタンバイすると、友樹くんが誰よりも目を輝かせてソファに座った。
***
『おお、
吹雪の中、銀世界の中心で叫ぶ三つ編みの少女。
すると、正面で吹雪に埋もれつつある猫耳の青年も叫んだ。
『
『もちろん樹里越冬が苗字よ』
『え? そうなの? じゃあ、下の名前は?』
『私の名前を覚えていないなんてひどいわ』
『今思い出すからちょっと待つのだよ』
『富雄さんのバカぁ』
『待つのだ、樹里越冬。下の名前が気になるじゃないか。せめて教えていくのだよ』
殿宮くんの家で映画鑑賞会をしていた私たちだけど、映画は終盤に差し掛かり、音楽も状況も最高に盛り上がっていった。
そして富雄と樹里越冬が二人で見つめ合う中、私は少しだけソワソワし始める。
「あ、ラブシーンだ。このメンバーで見るのはちょっと恥ずかしいかも……って、友樹くんは口を開けてガン見してる。なんか可愛い」
「なんだ? ノルン」
「いえ、友樹くんって子供みたいだと思って」
隣に座る友樹くんに小さく告げると、どこからともなく刺すような視線を感じた。
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