第5話 過去の私




 まだかろうじて明るい放課後。

 

 授業直後の賑やかな教室で、いっそう騒がしい声が上がる。

 

 どうしてかというと——それは、他クラスのイケメン二人が私の前に立っているからで、まるでお姫様を迎えにきた王子様のごとく待ち構える二人に、クラス中が注目していた。


 ちなみにその二人っていうのは——隣のクラスの王子様、待田まちだ友樹ゆうきくん。それに、下級生の殿宮とのみや匡孝まさたかくんのことで。


 彼らはそれぞれ、私が帰り支度をする横で、まるで待てを言われた犬のようにじっとしていた。


 何をせずとも目立つ彼らに、私が冷や汗をかく中、友樹ゆうきくんが殿宮とのみやくんより前に出て告げる。


「早く帰るぞ、ノルン」


 昨日に続き、まさか今日もやってくるとは思わなかった。


 それに、いつの間にか友樹くんと殿宮くんは仲良くなったみたいで、お昼休みに一緒にいるところも目撃していた。


 男の子ってそんなにすぐ仲良くなれるものなのだろうか。それともたまたま気があったのか。


 よそのクラスのイケメン二人に囲まれて注目を浴びる中、真紀が私の耳にヒソヒソと言葉を落とす。


「ちょっと久美、どうなってるの?」


「へ?」


待田まちだ王子の次は、下級生の王子まで……」


「下級生の王子? 殿宮とのみやくんも王子様って呼ばれてるの?」


「そうだよ! とんでもない人気なんだから」


「……なんだか胃が痛くなってきたかも」


 学校生活であまり目立ちたくない私は、深いため息をついた。


 前世で魔女として嫌な噂を立てられたこともあって、注目を浴びるのは苦手なのである。


「どうしよう……このままじゃ、王子様の取り巻きの人たちに目をつけられるんじゃ……」


 私は周囲の反応が気になって、クラスメイトの顔色をうかがった。


 今のところ、私に対する敵意とかは感じないけど……みんな、キラキラした目で王子様たちを見つめてるし、私だけアウェーなのは間違いなかった。


 ああ、居た堪れない。いっそ時を止めて逃げてしまおうか?


 なんて思っていると——そのうち真紀が、嬉しそうに手を合わせて告げる。


「生徒会長とも仲良くなれたら紹介してね」


「真紀……生徒会長とそう簡単に仲良くなれるわけがないよ」


「そうかな。待田王子や殿宮王子をはべらせてるし、そのうち生徒会長とも仲良くなるんじゃない?」


「まさか……ていうか、はべらせてないよ」




 ***




「———で、どうして生徒会長も一緒なんですか?」


 帰り道の市街地は、相変わらず人や車で溢れていた。


 流されるままに友樹くんや殿宮くんと帰っていた私だけど、なぜかそこに友樹くんのお兄さんも一緒にいて。


 サラサラの短髪に精悍な顔立ちの生徒会長は、友樹くんとはまた違った雰囲気の正統派イケメンだった。


「兄貴がどうしてもノルンに会ってみたいと言うから連れてきた」


「なんでイケメンばっかり……これじゃあ、いついじめられても仕方ないよ。終わったな……私の学校生活」


「はは、久美は面白い子だね」


 ていうか、生徒会長に呼び捨てにされてるし……さすが友樹くんのお兄さんだけある。


「私はちっとも面白くなんかないです。私のアオハルを返してください」


「俺がそばにいるだけで、じゅうぶんアオハルしていると思うが」


 生徒会長がドヤ顔で言うので、私は思わずツッコミを入れる。


「自信過剰なところも弟さんとソックリですね」


「久美さんは何をそんなに気にしているんですか?」


 不思議そうに首を傾げる殿宮くんに、私はため息を吐く。


「だって、学校が誇るイケメンが勢ぞろいしてるところにいるんだよ?  女子に目をつけられないわけないじゃん」


「それを言うなら、才色兼備な久美さんのそばにいたら、俺たちが男子に目をつけられると思います」


「何言ってるのよ」


「久美さんは最初からじゅうぶん目立っているということです」


「目立ってなんかないわよ。静かに生活したいだけなのに、なんでこんなことに」


「で、今日はどこに行くんだ? カラオケか? 『超絶ツナ缶』が歌いたいんだが」


 生徒会長にワクワクした顔で見つめられて、私が言葉を詰まらせていると、友樹くんが申し訳なさそうに告げる。


「すまない、兄さん。カラオケは昨日行ったんだ」


「じゃあ、釣りにでも行くか?」


「釣りなら一人で行ってくれ」


「友樹は相変わらず冷たいやつだな」


「兄さんは何しについてきたんだ?」


「たまには一緒に遊んでくれたっていいじゃないか」


「兄さんがいると、女の子が寄ってきてうるさいんですよ」


「何を言うか、女の子が寄ってきたら楽しいじゃないか」


「俺はノルンと殿宮の三人で遊びたいんだ」


「兄さんを仲間はずれにするつもりなのか」


「最初から仲間じゃないです」


「ひどい……そんな子に育てた覚えはないのに」


「兄さんに育てられた覚えもない」


 友樹くんにバッサリ切り捨てられて、生徒会長がめそめそする中、殿宮くんが私の方を向いた。


「久美さんはどこか行きたいところありますか?」


「え? 私? とくにないけど」


「なら、うちに来ますか?」


「へ? 殿宮くんの家?」


「うちで映画でも見ませんか?」


 殿宮くんの提案に、私は大きく見開く。


 ……どうしよう、男の子の家って行ったことないし……そんな気軽に行っていいものかな?


 すると、友樹くんが大袈裟に声をあげる。


「殿宮の家だと?」


「待田先輩は嫌ですか?」


「いいや、行ってみたい。友達の家には行ったことがないからな」


「俺も、友達を呼ぶのは初めてです」


「みんな行くなら、俺も行く」


 生徒会長は告げると、私の顔をじっと見つめる。


 なんだかノーとは言えない雰囲気だった。




 ***




「うわあ! すごい、ホテルのスイートルームみたい! (行ったことないけど)」


 結局、殿宮くんの家にやってきた私は、その豪華なマンションの部屋に入るなり、感嘆の声をあげた。


 ガラス窓に囲まれたリビングは、二十畳はあるんじゃないだろうか。真ん中にテーブルを据えた大きなソファは、何人でも座れそうだった。


「なかなか立派な部屋だな。で、どの部屋で映画を見るんだ?」


 広い部屋にも動じない友樹くんが訊ねると、殿宮くんは正面にあるテレビの上から白いロールスクリーンを下ろした。


「今プロジェクターを用意しますね」


「すごい、そんなのあるの?」


「少しだけ待っててください。それと久美さん」


「はい?」


「ちょっとだけ手伝ってくれませんか?」


「あ、うん。いいよ」


 それから私は、何を手伝うのかは知らないけど、殿宮くんに手招きされて、すぐ隣の部屋に足を踏み入れた。どうやら、物置部屋のようだった。

 

「へぇ、いろんなものがあるんだね」


 雑多に置かれた花瓶やレコード盤を見て、私は目を輝かせる。アンティークドールなんかもたくさんあって、まるで宝箱の中にいるようだった。


 けど、そんな時——。


「それで、プロジェクターはどこにあるの? ……って、この絵」


 物置のごちゃごちゃとした場所で、私は開いたスケッチブックを発見して大きく見開いた。


 なぜならそこには、中世の衣装ドレスをまとった女の人の絵があって——。


「こ、これって……」


 前世の私の絵?


 私がスケッチブックに釘付けになっていると、ふいに背中にぬくもりを感じる。


 どうやら抱きしめられているらしい。突然のことに驚いていると、そのうち耳元で殿宮くんの声が響いた。


「やっと見つけた……」


「……へ?」 


 私は何がなんだかわからず、殿宮くんに抱きしめられるがまま棒立ちしていた。


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