第4話 今日からトモダチ
————どうしてこんなことに。
スタイリッシュで小洒落たカフェの、四人掛けテーブルに座る私、
待田くんは相変わらず不遜な態度で腕を組んでいたけど、先ほどのような剣呑な雰囲気はもうなかった。
比べて向かいに座る大人っぽい
さっきまでショッピングモールにいた私と待田くんが、なぜ知らないイケメンとお茶をしているのかというと——私にもよくわからなかった。
最初は待田くんと二人でショッピングモールに寄り道していたんだけど、そこで偶然、今朝車から助けた幼児のお兄さんに遭遇して、どうしてもお礼がしたいと言うので住所を教えたら、待田くんが怒って喧嘩を始めて……二人を仲裁するうちになぜか一緒にお茶をすることになったのである。
それから学校近くのカフェに移動したもの、四人掛けテーブルには異様な雰囲気が漂っていた。
なんとなく居た堪れない空気の中、私が気を利かせて喋ろうとすると——その前に待田くんが口を開く。
「へぇ……お前、学年が一つ下なのか。それにしては老けてるな」
待田くんは向かいに座るイケメンに向けて大きな声で言った。
イケメンというのは、車から助けた幼児のお兄さんのことだけど、確かに私も年上だと思っていた。
「老けてるなんて言われたことないですけど」
不服そうに眉間を寄せるイケメンを見て、私は慌てて口を挟む。
「えっと……
「大人っぽい? そうですか?」
「うん。落ち着いた雰囲気だし」
「久美先輩がそう言うなら、そうなのかな」
なぜか名前で呼ばれていることに違和感を覚えつつも、私は気にしないふりをして殿宮くんに告げる。
「でも顔はよく見ると可愛いね」
「そうですか?」
「うん。カッコいいけど、可愛い」
「なんだか恥ずかしいです」
「あ、ごめん……人の顔じろじろ見ちゃって」
私が苦笑していると、隣の待田くんがそんな私の顔を覗き込む。
「だったら、俺はどうだ?」
「へ?」
「俺の顔はどんなだ?」
「待田くんの顔ですか? カッコいいですよ」
「待田先輩、久美先輩に何を言わせてるんですか」
「俺には美醜というものがよくわからないからな。ノルンに聞いたまでだ」
「綺麗な人と一緒にいるくせに、美醜がわからないなんておかしなことを」
「綺麗な人間と一緒にいることと、美醜がわかるわからないは全く別の話だろ」
「綺麗な人間って認めてるじゃないですか」
「お前がそう言ったから、言ったまでだ」
相変わらず大きな態度の待田くんに、殿宮くんは諦めた様子で苦笑する。
「待田先輩は本当におかしな人ですね」
「私もそう思う」
「褒め言葉は大歓迎だ」
「褒めてないです」
仲が良いのか悪いのかよくわからないけど、二人は連絡先まで交換すると、なぜかこのままカラオケに行く流れになった。
「——次は『超絶ツナ缶』だ」
マイクを持った待田くんがそう言ってソファから立つと、タブレットを操作していた殿宮くんが不満そうな目を待田くんに向ける。
「あ、それは俺が入れようと」
けど、待田くんは気にしない様子だった。
「なら、入れればいい」
「前の人と同じ曲歌うの嫌なんですけど」
「なんでだ?」
「比べられるでしょう?」
殿宮くんがソファに並んで座る私にちらりと視線を送った。
「ノルンは比べたりしないと思うぞ」
珍しくまともなことを言う待田くんに、私も同意して頷く。
「うん、比べたりしないし、それに殿宮くん歌うまいよね。好きな曲入れなよ」
「久美先輩がそう言うなら……」
「なんだお前、ノルンが言うならなんでも聞くのか」
「久美先輩は大人ですから」
「俺だってノルンと同学年だぞ」
「でも待田先輩は子供ですよね」
「俺のどこが子供なんだ」
「そういうところです」
「私も大人なんかじゃないよ?」
私が慌てて否定すると、殿宮くんは優しい笑みを浮かべた。
「そうでしょうか。今朝だって、うちの弟が轢かれそうになった時、落ち着いた対応してたし」
「なんだか恥ずかしいな」
「ノルンは生徒会に入る気はないか?」
「いきなり話変わったね」
「生徒会メンバーが一人、留学したんだ。だから副会長の席が空いてるぞ」
「なんで私が副会長? もしかして、生徒会長に何か言われたんですか?」
私が目を丸くしていると、次の曲を歌いかけていた殿宮くんがマイクを持ったまま訊ねる。
「生徒会長?」
「あ、えっと……待田くんのお兄さん、生徒会長なんだ」
「……へぇ」
一瞬、殿宮くんの目が鋭くなった気がしたけど……気のせいかな?
「久美先輩は副会長になるんですか?」
「まさか。生徒会に入ったら、放課後の自由もなくなるし嫌だよ」
私が思ったままを告げると、待田くんがスマートフォンに入力を始めた。どうやら生徒会長とメッセージでやりとりしているらしい。
「わかった。兄貴にはそう言っておく」
「ちょっと、そのまま言わないで」
「なんでだ? 素直な気持ちだろう?」
「だって、生徒会の人たちは放課後遊ばずに頑張ってるわけじゃない?」
「生徒会のやつらが放課後仕事してることと、ノルンが自由を奪われたくないことは、また別の話だぞ」
「でも……」
「久美先輩は、みんなのために自分を犠牲にしている生徒会の人たちに対して、同じようにできないことを申し訳なく思っているんですよね?」
歌わずに話を聞いていた殿宮くんが、またもやマイクで告げる。
すると、待田くんは目を瞬かせる。
「そうなのか?」
「……えっと、そんな感じです」
「なら、兄貴にはそう伝えておく」
「生徒会長には余計なことを言わないでほしいんですけど……」
「ノルンはワガママだな」
「どこがですか!?」
なんだか待田くんに振り回されてるような気がして、げんなりしていると、殿宮くんが話を変えた。
「それはそうと、どうして待田先輩は久美先輩のことをノルンと呼んでいるんですか?」
「えっと、それは……」
「俺がそう呼びたいからだ」
「待田先輩が?」
「ああ、ノルンは俺が名付けた」
「どうして?」
「こいつはノルンだからだ」
「ちょっと、待田くん!?」
「よくわからないですが……俺もそう呼んでいいですか?」
「ダメだ。ノルンは俺だけだ」
「ずるいです、先輩だけなんて」
「何言ってるのよ」
「俺だって友達になったんだから、呼ばせてください」
「え」
————いつの間に友達に?
と思っていると、待田くんがツッコミを入れた。
「お前は、いつの間に友達になったんだ?」
「一緒にカラオケに行くなんて、もう友達でしょう」
「もしかして、お前も友達がいなかったくちか?」
「……そうですね」
「そうか。じゃあ仕方ない、俺が友達になってやろう」
「だから久美先輩のことはノルンと呼びたいです」
「それはダメだ」
「どうしてですか?」
「ノルンは俺だけのノルンだ」
「待田くん……ほんとに子供みたいなんだから」
「お前は
「……はあ」
「じゃあ、久美先輩のこと、久美さんと呼んでもいいですか?」
「うん、いいよ。ノルンよりそのほうが自然だよね」
私が笑うと、殿宮くんもつられたように笑った。
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